第4章 激突 ②

 陽が傾いた頃に事務所に戻った俺たちは、夜が訪れるのを待っていた。


 ちなみに俺が寝ている間に夏姫が気を利かせ、兼定氏経由でスカムのメンバーに連絡、機材を持ち込ませて盗聴器の有無を調べたらしい。電池式のものが仕掛けてあったようだ。当然破棄――こちらの会話を聞かせてやるなんて約束をした憶えはない。


 そして約束の二十二時より少し早めに端末が鳴動した。


 応答すると、こちらが何かを言うより早く荊棘おどろの逼迫した声が聞こえてくる。


『――アタルくん、状況が変わった』


「――あ?」


『三人の潜伏先を監視中、殺人鬼のみが外出した。今はチームを二つに分けてそれぞれを監視している。アタルくん――ちょっと予定と違うけど敵を減らすチャンスだよ』


「殺人鬼が、一人――良かったな、あんた相手が蛇じゃなければ戦うんだろ?」


『本気で言っているのなら笑えないよ』


「――どこに行けばいいんだ?」


瞬間移動能力者テレポーターを迎えに行かせる。準備して待機していてくれ』


「わかった」


 告げて電話を切る。そのままスマホを床に叩きつけたい気分だった。


「くそ、早えよ」


 愚痴るが、どうしようもない。カズマくんは仕込みの為に出かけている――準備ができているのは俺だけだ。


 念のために夏姫に位置情報の件を頼んでおいて本当に良かった。


「あっくん、行くの?」


「ああ、連中の一人が出歩いてるらしい。最悪三人まとめて相手しなきゃならないところだったから、それそのものはいいんだけど」


 尋ねる夏姫に答えながら装備のチェックをする。バトルナイフに、グロック。予備のマガジンに特殊グローブ。いつもの装備と言えばそれまでだが――


「カズマくんと詰めの話できなかったな。仕方ない――夏姫ちゃん、カズマくんに連絡して位置情報で俺を追うように伝えて。やることは昼間話した通り――判断に困ったら俺よりも自分の安全優先。なるべく公安の連中に気取られないように」


 口早に告げる。


「うん、わかった」


 頷く夏姫の頭を撫でて――


「シオリ、二人を頼む。万が一の時は二人を連れて逃げてくれ」


「オーライ。行き先は?」


「どこでもいい。お互い生きてりゃそのうち合流できる」


「はいよ」


 大急ぎで指示を出したところで、スーツに身を包んだ男が事務所に無遠慮な態度で入ってくる。こいつが瞬間移動能力者テレポーターなのだろう。


「――山田アタル、来い」


「ああ――じゃあ夏姫ちゃん、行ってくるね」


「うん、行ってらっしゃい――無事に帰ってきてね」


 夏姫に見送られ、男に続いて事務所の外へ。屋外に出た途端、乱暴に腕を掴まれ――


 見える景色が変わる。同時に落下感に襲われた。しかしそれもほんの刹那のことで、足はすぐさま地面についた。直前までの視界とのギャップと相まって軽い目眩を覚える――俗にテレポート・ショックと呼ばれている現象だ。二度、三度くらいならなんでもないが、何度も繰り返すと俺たち能力者でも酔うことがある。気にしないのは瞬間移動能力者テレポーター本人ぐらいだ。


 景色から察するに、雑居ビルの屋上らしい。


「急だな……警告もなしかよ」


「もう一度飛ぶ。目を閉じろ」


「最初から言えよ」


 文句を言いながら目を閉じると、再び落下感――それをやり過ごしてから目を開けるとまた景色が変わっていた。駅から少し離れ人通りがない裏路地だ。やはり雑居ビルの屋上で、しかし今度は目の前に荊棘おどろがいた。


「やあ、アタルくん。テレポート酔いは平気?」


「快適な旅だったよ。部下に要人はもっと丁寧に扱えって言っておけよな」


 荊棘おどろの言葉に皮肉を返すと、彼女は俺に向けてボディバッグを差し出した。


「ご所望のものだよ」


 言われて中を見ると、鞘に収まったナイフと――箱?


「なんだよ、これ」


 鞘からナイフを抜いてみると注文通りのものだった。丸い柄にレバーが着いている。しかし箱の方は頼んだ憶えがない。


 開けてみると中には金属の薄いケースのようなものが入っていた。その一辺から伸びるアームの形状を見てぴんとくる。


「……サプレッサーか」


 独特のアームは、俺が使うグロックのアンダーレイルに装着するためのものだ。


「街中だからね。銃を使うならそれを使って欲しい」


「よくこんなもん持ってたな……スペツナズナイフも」


「どちらも押収品だよ。動作は確認済みだから安心してくれ」


「……それを聞いて安心したよ」


 言いながらナイフを吊り、サプレッサーをポケットにねじ込む。


「で、殺人鬼は?」


「……こっち。気配に敏感な奴だよ。もしかしたら君と同じで敵意や殺気を読むタイプかも。あまり注視しないでね」


 荊棘おどろはそう言って俺をビル屋上の縁に招き、地上を示す。


「暗視ゴーグルはいるかい?」


「夜目は利くよ。商売柄な」


 屋上に伏せ、そっと地上に目を向ける。男が一人歩いていた。なんの変哲もない、新社会人のような男。


 だが、何気なく歩いているようで体幹がブレない。手にはビニール袋を提げている。


「どうやら買い出しに出たようなんだ。ここから奴らが潜伏してる潰れたバーまで三百メートルほどだ。あまり悠長に観察している余裕はないよ」


「潰れたバー、ね……あいつら好きだな、バー」


「君が原因なんじゃないか? 元はスカムの系列店なんだけど?」


「俺のせいではないだろ……殺していいんだな?」


 尋ねる。即答が返ってきた。


「勿論」


「それじゃあ下に降ろしてくれ」


「彼は戦闘力に難があるんだ。危険に晒したくない。君なら飛び降りられる高さだよね?」


「公安が甘えたこと言ってんじゃねえよ。税金払ってる国民に申し訳ないと思わねえのか」


「そう言うなよ。戸籍のない君は払っていないだろう?」


「まあな」


 言いながら、目視で地上までの距離を測る。十五メートルってとこか。無傷で飛び降りることができる範囲だ。


「援護はいる?」


「いらない。背中まで警戒したくねえよ」


 荊棘おどろにそう言い残し、俺は屋上から飛び降りた。




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