第4章 激突 ①

 マンションに着いた俺たちは、まずカズマくんと交代でシャワーを浴び、リビングで夏姫が改めて用意してくれた軽食を前にしていた。


 玉子のサンドイッチに齧り付くと、カズマくんが口を開く。


「あの、兄さん」


「うん?」


「今更すけど、俺たちの体に発信機とか盗聴器仕掛けられたりしてないすかね? 麻酔で寝てたときなら兄さんが埋め込まれたマイクロチップみたいなものを仕掛けられてても気付かないんじゃ」


「……なるほど。カズマくんにしては賢いな」


「……褒められてる気がしないっす」


「地味に褒めてるよ。けど、まずないと見ていいんじゃないかな。盗聴器なら録音型か発信型――録音型なら録音媒体回収しなきゃならないし、発信型は電源がない。あるとしたら発信機だけど……俺たちの情報割れてるんだし、俺が位置情報を向こうに送ってる。今更だな」


「……私たちがあっくんと別れてバラバラに逃亡した時の為に、なら考えられないかな?」


 これは夏姫だ。


「連中、治癒能力者ヒーラーを連れてきてたしなくはないかもね。けど今の時点じゃ確認出来ないし、この事件が済むまでは俺が発信してるから気にしなくていい。乗り切ったら病院行ってレントゲン撮ってみればわかるよ」


「……あっくんが事務所を離れて私たちに話したかったのはこれ?」


「違うよ。もっと大事なこと」


 サンドイッチを置いて、荊棘おどろに持たされたスマホを取り出す。


「……改めてだけど。今俺の左手にマイクロチップが埋め込まれてる。それをこの端末で検知して、連中に位置情報を送ってる」


「うん」


「これ、多分アプリで位置情報送ってるよね?」


「そうだね。端末がオリジナルのOSで動いてたらちょっとわかんないけど――そんなものを用意するのは手間だろうし、普通のスマホにアプリをインストールして制御してると思う――ちょっと貸してね?」


 言ってスマホを手にする夏姫。それを何やら操作して――


「うん、スマホは普通にアンドロイドだね。あっくんに埋め込まれてるチップを検知して――これはオリジナルかな? アプリで位置情報を送信してるみたい。チップに電源はないだろうからパッシブタグだと思う」


「――……パッシブタグ?」


「ICタグの種類だよ。アクティブ・パッシブ・セミアクティブがあって、パッシブは電波を電源にしてメモリにアクセスするの。ICカードとかに使われるタグだね」


「……よくわかんないけど、夏姫ちゃんはこのアプリの解析できたりする?」


「apkをデコンパイルすればいけると思うけど、ちょっと時間がかかるかも。何が知りたいの? 仕組みは単純だから解析しなくてもわかることはあると思うよ」


「知りたいというか、したい――なんだけど。これ、俺のスマホから夏姫ちゃんやカズマくんに位置情報送れるようにできないかな?」


 尋ねると、


「公安がチップを使ったのはあっくんが自発的に位置情報を提供しないだろうからで、あっくんのスマホに普通に出回ってるアプリを入れるだけで位置情報は取得できるよ」


「そうなの?」


「そうだよ。浮気防止アプリとか」


「その浮気防止アプリ? それ、俺のスマホに入ってるの?」


 俺の言葉に夏姫は無言で微笑んだ。ああ、はい。入ってるんですね。俺が女遊びをすると確実にバレるのは監視カメラのハックとこのアプリのせいか……


 ……まあいいや。


「それなら公安もスマホから直接位置情報取得すればよかったんじゃないの?」


「それは多分偽装対策。あっくんの体の中のチップを検知するってことが重要なんだと思う」


「そういうことか――ともかく夏姫ちゃん、カズマくんのスマホで俺の位置情報見れるようにしてくれないかな。もしかしたら必要になるかも」


「わかった――あっくんのスマホでカズマくんの位置がわかるようにしておく?」


「そうだね、お願い。基本俺とカズマくん、別行動になるから」


「え、そうなんすか?」


 話の流れから自分のスマホを取り出したカズマくんが目を丸くする。


「少なくとも、蛇と戦うときはそうなる」


「ってことはなんか策でもあるんすか?」


「策ってほどのものでもないけど。俺が蛇の注意を引ければ勝てる」


「まじすか!」


「――はず」


「はず、かぁ」


 夏姫が早速俺とカズマくんのスマホを弄りながら苦笑いを浮かべる。


「蛇の能力がネックなんだよ。時間停止――無策で立ち会ったら勝ち目がない。だけど本当に時間を停止させているわけじゃないはずなんだ。そのトリックを暴ければ、勝てる」


「そのトリックをどうやって暴くか――それが問題なんだよね?」


「ところが実はそうでもない」


 夏姫の言葉にそう言ってその方法を口にする。


「――……それは、確かにトリックがあるなら暴けるだろうけど」


「でしょ?」


「そもそも、そんなことができるの?」


「できるんだなぁ、これが。試したことがある。な、カズマくん」


「うっす。できるにはできるっすけど――自信ないすよ、俺。兄さんが正面からやり合う自信がない相手っすよね?」


「俺が厳しいと思うのは時間停止のトリックがわからないまま戦うことだよ。カズマくんが暴いてくれれば後は俺がなんとかする」


「……私はあんまり賛成できないんだけど」


 そう言うのは夏姫だ。わかっていた。多分夏姫は反対するだろうと。


 だが。


「向こうで時間停止の話を聞いてから、蛇の能力は時間停止じゃなくて結果的にそれに似た状況を作ってるだけだと思ってた。けどそのトリックがわからないと戦いようがない。他に方法がないんだ――一度体感してみれば理解できると思うけど、結果的にそれで時間停止状態になれば二度目のチャレンジができない」


「……それなら、公安に協力者を出して貰うようにお願いしてみたら?」


「それだと蛇と戦うのが俺じゃなくてもよくなるだろ? となれば俺の利用価値がなくなる。司法取引も必要無くなるから――」


「……そっか、みんな捕まっちゃうのか」


 肩を落とす夏姫。


「……大丈夫なの?」


「俺以外は血の一滴も流させないよ。少なくとも最初に死ぬのは俺だ。それは約束する」


「あっくんが死ぬのはもっとやだよ」


「じゃあ、ちゃんと勝ってくる。そのために必要なんだ」


「……わかった」


 不承不承といった様子で頷く夏姫。こればっかりは仕方ない。


 ……さて。


「詳しい話は後で詰めよう。カズマくんは夕方まで寝てな」


「うっす」


 夏姫の料理を頬張りながらカズマくん。


「夏姫ちゃんはスマホの設定終わったら好きにしてて」


「あっくんは?」


「もう一件用がある。それが済んだら夕方まで寝るよ。一応なにかあったらすぐ起こせるように俺の傍にいてね」


 そう伝えながら、荊棘おどろに渡された方の端末を操作し、ただ一件登録してある連絡先をタップ。数コールも待たずに相手が応答した。


『――やあ、アタルくん。どうしたのかな?』


「用意してもらいたい物がある」


『おいおい、確かにどうしたのと聞いたけどいきなり用件を言うの? つれないなぁ』


 荊棘おどろが戯けた調子で言うが、冗談じゃない。


「馴れ合うような関係じゃないだろ。夜までにスペツナズナイフを用意してくれ」


スペツナズナイフ弾道ナイフ? それはまた趣味性の高いものを――銃じゃ駄目なの?』


「それでいいなら頼んでねえよ」


『確約はしかねる。ないと勝てないとは言わないよね?』


「言わないが、なんとかしろ。面白いものを見せてやる」


 告げると、荊棘おどろは興味を持ったようだ。


『へぇ、それは楽しみだ――模倣品でもいいのかな?』


「実用に耐えればいい。替え刃はいらない。初見殺しの手品だし、装填するには手間がかかるしな」


『了解した――なんとか手を尽くしてみるよ。いや、実に楽しみだ。あの《魔眼デビルアイズ》が言う面白いものとは――』


 荊棘おどろがなにか言っていた気がするが、用件を済ませたので通話を終える。


「――スペツナズナイフ? 使ったことないよね?」


「夏姫ちゃんと組んでからはね。昔、ちょっとした手品を練習したことがあるんだ。あんまり手に入るもんじゃないけど、一度だけ必殺技が使える」


「必殺技! そんなんあるんすか、俺に教えてくださいよ」


「カズマくんには無理かなぁ。これありきだからさ」


 言って自分の目を指し示す。能力使用が条件だが、タイミング良く使えれば一人は確実に潰せる。殺人鬼か変身能力者トランスフォーマーはこれでクリアしたいところだ。おそらく殺人鬼の方は安パイ――能力が聞いた通りの精神感応テレパシーなら警戒するのは本人のスキルだけでいい。こいつは地力で押し潰してスペツナズナイフは変身能力者トランスフォーマーに使うのがベストか。


 そんな風に各個撃破が出来れば楽だが、そう上手く行くかどうか――


「……残念す」


「カズマくんは能力がもう必殺技だろ――……夏姫ちゃん、ご馳走様。このままリビングここで休むから、何かあったら起こしてね」


 そう告げると、夏姫は自分も緊張しているのに俺の気分を解そうと健気に笑ってみせる。


「お粗末様。リラックス系のアロマ焚くから、ゆっくり休んで」


「ありがとう」


 礼を言って目を閉じる。車で少し寝たがあれだけでは夕べからの疲れは取れない。


 夜に備えて俺は眠りについた。

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