第3章 折衝 ⑥

 荊棘おどろのそんな要求。飲めるわけがない。


「そこで寝ている黒服なら誰でもいいぜ」


「そう言える相手に人質の価値はないよね」


「言っておくが――」


「――わかってる、お姫様は選ばないよ。私も君の逆鱗に触れようとは思わない」


 荊棘おどろはそう言って――


「……そうだね、天龍寺兼定はどうだい?」


 ――なるほど、スカムにとって現会長のカズマくんよりも重要で、隻腕のため能力が弱化している兼定氏は連中にとって御しやすく、また価値の高い人物だろう。


 だからこそ――荊棘おどろが裏切ることを考えたら渡せない。


「――……俺が裏切らない為の予防線ばかりだよな? あんたが裏切らない保証はあるのか?」


「そこはほら、信用してくれないと」


「あんたみたいなサイコパスのセリフじゃなきゃ信じたんだけどな」


「……天龍寺兼定を事務所に軟禁。拘束はしないが出入り口と裏口に監視の捜査官を立たせる――これでどうかな」


「――それでいい」


 返答の言葉は俺のものじゃない。兼定氏本人の言葉だった。


「……起きてたのか、爺さん」


「少し前にな――話の筋は概ね理解した。人質は儂でいい」


「――と本人は言っているけど?」


 荊棘おどろが尋ねてくる。人質とは言え、兼定氏は室内で監視は外。これなら何かあっても即射殺ということもないだろう。爺さん本人も抵抗する余地があるし、なんなら黒服をつけておけばいい。夏姫はマンションに帰らせて、シオリにガードさせられる。


「いいのか、爺さん」


「構わん。万が一そいつらが裏切って儂が捕まってもカズマがいる。お前もな。組織はどうにでもなる」


 実際のところはそうでもない。カズマくんに反目する奴がいるわけじゃないが、カズマくん含めて皆兼定氏を慕っているのだ。兼定氏はスカムにとってなくてはならない存在だが――


「……わかった」


 蛇どもをどうにかしないとスカムそのものが危うい。


「うん、話がスムーズに済んで良かったよ。じゃあ蛇を消す段取りだけど――」


「――消すのは蛇だけでいいのか?」


「どのみち三人とも殺すつもりでしょう?」


 尋ねると荊棘おどろはそう答える。


「やっぱ仲間のことも掴んでたか。三人とも居場所は掴めてるんだな?」


「当然」


「わかった。蛇は最後だ。先に変身能力者トランスフォーマーと殺人鬼を片付けるのが理想だな」


「妥当かな――状況次第じゃその二人の始末は私が手伝えるよ。私が対峙したくないのは蛇だけだからね」


「頼もしい援護だ――背中を撃たれないか心配だよ」


「安心していいよ。そんなチャンスがあればこの手で殴りにいく――銃は手応えがないからね」


「やってみろ。その時は連中より先にあんたを消してやる」


 ノータイムで答えると、荊棘おどろは何が可笑しいのかくすくすと笑い、


「――随分と自信があるみたいだけど、アタルくん――わかっているかな? 状況次第じゃ君は一人で三人と交戦することになるんだけど?」


「わかってるよ」


「……手練れの捜査官を何人も殺している凶悪犯にこれから立ち向かおうっていう態度に見えないな」


「頼りになるツレがいるんでね」


「会長を連れ出すかい? まあそれもいいさ――好きにしたらいいよ」


 言って荊棘おどろは締めにかかる。


「零時頃を目処に実行だ。二十二時頃に一度連絡するよ。状況に変化があればその都度連絡する――君も何かあったら連絡をくれ」


「ああ、わかった」


「――おっと、伝え忘れていた。市外に出るつもりならそのときも連絡をしてほしい。予告なしに市外に出たら逃亡とみなすよ。その時は天龍寺兼定をそのまま逮捕するからね」


「それは面白くないな。従おう。市外に出るときは連絡をいれる」


「いい返事だね――私的には君が話もできないほど抗ってこの場で殺し合う展開に少しだけ期待していたんだけれど」


「人質を取られて一対五――さすがにそこまで馬鹿じゃない」


「《魔眼デビルアイズ》なんて禍々しい名前だ、破滅型の悪魔のような人間だと思っていた」


「……あんまりその名前を連呼するなよ。黒歴史なんだ」


 突き放すように言うと、瞳孔が開きっぱなしの目で笑う荊棘おどろ


「ようやく少年らしい反応を見せてくれたね?」


「……馴れ合うつもりはないぜ」


「残念だよ」


 立ち上がって、荊棘おどろ


「さて、話も済んだし私たちはそろそろお暇するよ。君も休むなり準備をするなり――夜に備えてくれ。失敗したら取り決めは全てなかったものになると考えて欲しい」


「わかってる」


 答えると、荊棘おどろは満足げに頷いて事務所を後にしようとし――


「一つ、聞かせてくれ」


 その背中に待ったをかける。


「――ん、なにかな?」


「……俺に待ち伏せや不意打ちは効かない。殺気や敵意を読めるからな――だが、あんたらが張っていることに気づけなかった。どうやった?」


「ああ。能力者、一般人を問わず死線を何度か潜った人はそういうスキルを持っているよね」


 荊棘おどろが振り返って――


「君はそういうタイプだと思ったから私がやった。簡単なカラクリだよ――私は君に一切敵意を持っていない。君ほど私の欲求を満たしてくれる人はいないだろうから。君に恋焦がれていると言ってもいい――そんな情愛を込めてガスを流した」


「……イカレてるよ、あんた」


 告げると荊棘おどろは不気味な目で笑い、今度こそ事務所を後にした。それに続くスーツたち。出入り口――勿論外だ――に一人を残し、そのまま去って行く。


 押し寄せる疲労感に身を委ねたくなるが、そうは行かない。夏姫たちの拘束を解かなければ。




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