第3章 折衝 ⑤

「……あーあ、高いんだよ? これ」


 視線を逸らし、ほつれたブラウスの袖を弄って、荊棘おどろ


「訂正するよ。君には口にしたことを実行する力があるみたいだ。君の言い分は可能な限り尊重するよ。スカムには手を出さない。言っておくけど恒久的にではないよ。さすがにそんな約束はできない。この街を平和にできないなら君たちはいないほうがいいからね――スカムは一般市民に貢献できる。それを証明する時間を与えるということでどうかな?」


「ああ、それでいい」


 頷くと、荊棘おどろは手錠のキーを差し出してきた。それを受け取り、無骨なブレスレットと化した手錠だったものを外す。


「君を捕まえるときは手錠を二重にするべきかな?」


「そうしろ。二つ同時はさすがに自信がない――なあ、縄を解けとは言わないが、さすがに銃はしまわせろよ」


「そうだね。火薬の匂いがしたんじゃ建設的な話もできない――拘束は私たちが帰ったあとに君が解いてあげてくれ」


 荊棘おどろがそう言うとスーツたちはそれぞれ銃をしまった。それでいい――それを見届けたところで荊棘おどろが口を開く。


「じゃあ取引は成立ということで――具体的な話をしようか」


「――蛇を確認したと言っていたよな。居場所はわかってるのか? 奴ももう組織と連絡が取れなくなってることには気付いてるだろ。この街から出ているなら追いようがないぞ」


「地元の異能犯罪課に協力してもらって監視しているよ。この街にいる」


「へえ? 話を聞く限りボスの敵討ちなんてものに興味があるように思えないんだけどな」


「それはアタルくん――君があのリングで聖痕スティグマを見せたからだろうね。この界隈じゃ《魔眼デビルアイズ》はレジェンドだ。仕留めて名前を上げたい異能犯罪者は大勢いる。特に蛇はその脅威度に対して知名度が低い。異能犯罪者界隈で地位を築きたいなら君を殺したという実績は欲しいだろう」


「――それが疑問なんだよな」


「うん? 君がレジェンドということがかい? それは謙遜が過ぎるんじゃないかなぁ。数年前にごく短期間活動していた凄腕の殺し屋――当時公安がマークしていた裏社会の要人を幾人も暗殺し、正体も能力も明らかにならないまま雲隠れ。判明しているのは瞳が金色に輝く聖痕スティグマだけ――正直、潜入していた捜査官から昨夜報告を受けたときは耳を疑ってしまったよ。今頃になって《魔眼デビルアイズ》を発見することになるとはね」


「――俺のことじゃない。蛇の方だ。奴の知名度が低いのは符に落ちない。奴の能力が時間停止なら殺しも盗みも思いのままだろ? もっとのし上がってていいはずだ」


「――君と取引をしてでも蛇を抹殺したいのは、彼が最も危険な異能犯罪者の一人であるということの他にも理由がある。奴は逃走にもその能力を上手く使う。ここ数年はバーミンに所属していたことはわかっているんだけど、その潜伏先が掴めない。T市にいるのがわかっているのにだ。姿を現わした今、確実に消してしまいたい」


「物騒だな――捕まえたい、じゃないのか?」


「抹殺だよ。奴の存在は国民にとって害悪でしかない。どうせ裁判にかけるまでもなく死刑なんだ。私たちでその手間と費用を省いてやろう」


「――あんたらにとっては潜伏が上手い犯罪者って認識かもしれないが、異能犯罪者俺たちには俺たちのネットワークがある。そんなにデキる奴なら噂になるんだよ――けど、俺は聞いたことがない。奴の知名度の低さはその能力に見合わない」


 特別俺のアンテナが低すぎるということもないはずだ。じゃなければ夏姫かシオリが知っているはず。


「そのあたりに奴の能力の秘密がある?」


「多分な――俺が殺すと断言できる理由がそれだ。時間を止める――そんな大仰な能力を持っているのにこそこそしなきゃいけない理由があるんだ。それを突き止めたら勝てる」


「その秘密は君の能力で暴けるのかな」


「取引はしたが、俺の能力まで明かすとは言ってないぜ」


「――残念。身体能力強化エンハンス系だとは思うんだけどなー……」


「……かもな。ともかく奴の居場所が掴めているならそれでいい。実行は夜でいいのか?」


「うん。場合によっては銃撃戦になるだろう? そうじゃなくてもなるべく人の目がない方がいい。これを――」


 言いながら荊棘おどろが取り出したのは、スマホと注射器のようなものだった。


「Sに持たせている端末だよ。私の番号が登録されている。どうせ私と連絡先の交換なんてしてもらえないだろうからね。これで連絡を取り合おう」


「――こいつは?」


「マイクロチップさ。針の中に極細のチップがある。それを君の体に注射の要領で埋め込むのさ。すると端末がチップを検知して位置情報を私の端末に送信する。端末の電源は切らずに、五メートル以上離れないようにしてね――位置情報の送信が途切れたら裏切ったと判断するよ」


「は、なるほどな――」


 首輪もつけずに野放しにするわけがない。俺はそのマイクロチップの注入器を手にして左手の親指――その付け根に針を刺し、シリンダーを押し込む。


 痛みと共に、異物感。注入器を抜いて左手を握ってみる。異物感はあるが邪魔にはならない――戦闘に影響はなさそうだ。


 注入器を刺した痕に血の玉が浮く。


「――痛むかい? 舐めてあげようか?」


「まさかだろ。お断りだ」


「ふん、つれないね」


 言って荊棘おどろは手を挙げる。するとスーツの一人が歩み寄ってきた。


「彼は治癒能力者ヒーラーだ。傷を治してもらうといい」


「必要ない。放っておけよ」


「言い方を変えるよ。君には万全な状態で夜を迎えてもらいたいんだ。処置をしなければ二、三日は疼くよ」


 そう言われては仕方ない――傍らに立ったスーツに手を差し出すと、彼は無言のまま俺の左手に手をかざした。それだけでたちまち鈍い痛みが引いていく。


「――他にも足枷があるなら先に言えよ」


「そうだね――アタルくんが裏切らないように人質が欲しいかな」



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