第3章 折衝 ④

「……どういう意味だ?」


「そのままだよ。わざわざ県外まで行ったんだ、彼の能力も聞いているだろ? その上で聞きたいんだ。君は蛇を殺せるかな?」


「それはあんたら異能犯罪課の仕事だろ?」


 そう言うと荊棘おどろは大きく息を吐いた。そして苦い顔で――


「……二十三名」


「……あん?」


「バーミン、及び蛇の捜査中に殉職した警察官の人数だよ。特に蛇と相対して生還した捜査官はいない。単独で警察官を殺害した異能犯罪者として近年ではダントツのスコアだ。更に警察官が殉職した事件で犯人が判明していないもののうち、数件は彼の手のものによると考えられる。実数はもっと上だろう」


「はぁん、そんな大物がなんであんな木っ葉の下についてたんだか」


「……私たちの捜査でわかったのは、彼はスリル型のシリアルキラーであるということだよ。揉め事が多かったバーミンは彼にとってとても充実した環境だったろう」


「……奴がそういう理由で連中の仲間になっていたとして、それが俺に殺せるかっていうのはどういうことなんだよ」


「わかっているでしょ? 昨夜バトルアリーナの観客席で蛇を確認した――そしてバトルアリーナのあの事件。君とスカム会長の行動――君たちとバーミンは抗争状態にあって、残すは蛇との決戦――違うかな?」


「……まあ、そんなところだ」


「勝てそう?」


「なんであんたがそんなこと気にするんだよ――奴がこの街にいることを掴んでいるならあんたたちで捕まえろよ。あんたと蛇、気が合いそうじゃないか」


「一緒にしないでほしいな。私はまだ分別がある――だからこの仕事をしているんだ」


「合法的に殺せるもんな?」


「それは勘違いだよ、アタルくん。私が殺すのは不可抗力であり、結果だ。殺しに興味はないんだよ、結果的にそうなってしまうだけで――その過程、暴力が好きなんだ」


「……もうあんたを罵る言葉が出てこないぜ」


 言ってやると荊棘おどろはにっこりと笑った。瞳孔が開いた瞳と歪んだ唇の禍々しい微笑。


「……彼の能力が厄介だ。私が出張ってもいいんだけれど、万が一にも殉職するわけにはいかない。アタルくん――君を殺せる捜査官がいなくなってしまうからね」


「俺を高く評価してるんだな?」


「当然でしょう? 能力が全く不明なんだ。一応は判明しているとされている蛇と違ってね」


「……時間停止能力か」


 呟くと、荊棘おどろはしかりと頷いた。


「君はどう考える?」


 俺と同じことが気になるのか荊棘おどろが試すように言う。


「――時間に干渉するって……有り得るか? そんなこと」


「有り得ないことを有り得ることにしてしまうのが私たち能力者だよ。人間は本来意思の力だけで火を起こせるようにできてない」


「それでも時間停止なんてできるはずがない」


「世界の法則をねじ曲げるという意味では元素型の超能力とそう変わらないと思うけれど?」


「馬鹿げてる。そもそもだ、時間を止めているなら現象的にはあらゆる状態変化が停止するはず――蛇本人も。蛇本人が停止していて、誰がそれを解除するんだ?」


「当然本人は動けるでしょう。でなければ最初に奴が時間を止めたときに時間が止まり――世界が終わっているはず」


「……随分と肯定的じゃないか。あんたは奴が本当に時間を止めていると思っているのか?」


 尋ねると、荊棘おどろはゆっくり首を横に振った。


「私たち公安は概ね君が口にしたのと同じ理由で奴の時間停止能力に懐疑的だよ」


「……この問答に意味があったのか?」


「勿論。戦う前から勝ち目ナシと諸手を挙げるようじゃお話しにならないからね。合格だよ、アタルくん」


 合格――その言葉で荊棘おどろの用件とやらに察しがつく。正解だと言わんばかりに荊棘おどろはそれを口にした。


「――君に蛇の殺害を依頼したい」


「……司法取引ってやつだな?」


「ああ、見返りはこの場で君を――君たちを殺さないであげる。スカム構成員の検挙についても考慮しよう。どうかな?」


「公僕が殺しなんて口にしていいのかよ」


「誰も聞いていないよ、私が不利になるような証言をする人間はね――君たちスカム一派は捜査官の降伏勧告を無視して激しく抵抗した。私たちは自分の身を守るためにそれに抗い、激しい戦闘になり――結果君たちは死に至った。そういうことさ」


 荊棘おどろが嗤う。実際大ピンチだ。最悪俺はこの場から逃げることはできるだろう――しかし夏姫やシオリたちは当然逮捕――最悪荊棘おどろが口にしたように殺されることもある。この状況では奴らを出し抜く手段がない。


「……考えることかな? 断る理由がないよね?」


「断って仲良く心中してもいいんだぜ」


「心にもないことを言うなよ。君の目は死んでない――私を出し抜くことができないか必死に考えているんだろう? ないよ、そんな隙は――頷いちゃいなよ」


「――即答しかねるな。条件が曖昧だ。考慮した上逮捕しますじゃうま味がなさ過ぎる。それで時間停止能力なんて異能を持った大物を相手にしろっていうのは無理が過ぎないか?」


「だったら仲良く死んでもらうだけさ」


「やってみろ。夏姫に手を出したらあんたらの血縁を根絶やしにした上で殺してくださいと言わせてやるからな。必ずだ」


「――は、言うだけなら誰にでもできるよね?」


 そう言った荊棘おどろがすっと手を挙げかける。その瞬間、俺はきつく目を閉じて――目を閉じたまま魔眼を開いた。遅滞する世界の中、ブーストされた筋力で後ろ手にかけられた手錠を引き千切る。


 続けてあらかじめ記憶しておいたテーブル上のフォークに手を伸ばし、荊棘おどろの肩口を狙って――勿論当てないように――投げた。


 目を開けると、荊棘おどろの肩を掠めてソファの背もたれに突き刺さるフォーク――そして目を見開く荊棘おどろ


 ブラウスの袖が僅かに裂け、その下から白い肌が覗く。荊棘おどろは挙げかけた手を下ろした。


「……驚いた。身体能力強化者エンハンサーでも千切れない設計のはずなんだけど、それ」


「粗悪品が混ざってたんじゃないか? 装備はきちんと管理しておけよ」


 言いながら、攻撃の意思がないと一度手を挙げてからパンツのポケットに手を入れる。


「蛇を殺す。この街の悪党どもも統制してやる。一般市民に貢献できると証明してやる。スカムには手を出すな」


「この街の巨悪を見逃せって? 君が条件を出せる立場じゃないと思うけど」


「だったらてめえで蛇と殺し合ってこい」


「……どのみち君たちは既に奴と敵対関係にある。その条件は盛りすぎじゃない?」


「組織そのものはもう潰した。奴との交戦を避けて和解の道を探る手もある。奴がシリアルキラーで俺を殺したがったとしても、後ろ盾がなくなったとなればもっと楽な標的を探すかも知れないぜ」


 荊棘おどろを睨む。奴も正面から見返してきて――


 ――先に折れたのは荊棘おどろだった。



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