第3章 折衝 ③

「……まるで一斉検挙を止める方法があるみたいな言い方だな」


 反応を探りながら尋ねる。


「そう言っている。君を眠らせてまで『私たちは無能じゃない』と喚きに来たわけじゃないんだ。そんなに暇じゃないんだよ、私たちも」


「――はっ、それはそれは。自慰代わりに俺を殴りにきたのかと思ってたぜ」


「やめてよ。本当に我慢できなくなるじゃない」


 荊棘おどろはペロリと唇を舐めて――


「――実は私的にはともかく、公安のファイル上では《魔眼デビルアイズ》の市民に対する脅威度はそれほど高くない」


「へぇ?」


「不満かな? プライドが傷ついたりする?」


「まさか。あんたと一緒にするなよな」


「どうだか……《魔眼デビルアイズ》の手によるものと判明している事件において被害者と思しき人物のほとんどが死亡している。けれどその全てが異能犯罪者であること。加えて一般市民に対し犯罪に当たる行為に及んだことがないこと――そういった観点からの評価だよ。危険度そのものは最高評価さ」


 そこまで言うと荊棘おどろは態度を変え、試すように尋ねてくる。


「――ところで君と同じく危険度が最高評価で、加えて市民に対する脅威度も同じく最高評価の異能犯罪者がこの街に潜伏中だと思われる。心当たりはないかな?」


「そんな奴がいるなんておっかないな。早く捕まえてくださいよ、お巡りさん」


「……君は可愛い顔して本当に意地悪だね」


「親に捨てられて捻くれてんだ」


「本当にそうかな? 真崎タケル


 ――それは、あの日シオリから聞かされた俺の本名だった。もう失ってしまった、かつての名前。


「……どこまで知ってる」


「《魔眼デビルアイズ》の目撃情報から割り出した推定年齢と、出生記録からそれらしい聖痕スティグマの記録を照らし合わせただけさ。書類上君は二歳で認定死亡ということになっているね」


 荊棘おどろはそう言って――少しだけ態度を改めた。


「君のご両親は――公僕として謝るよ。力及ばずにすまなかった」


「あんただって当時は鼻水垂らしたガキだったろ。あんたに謝られる謂れはない」


「そこは訂正してほしいな。私は花を愛でる可憐な少女だったよ?」


「知らねえよ。どうせ花びら千切って感じてたんだろ」


「良くわかるね、その通りさ」


「ド変態が」


 そう吐き捨てた途端、後頭部に衝撃が走った。


 ――!?


 ダメージは致命的なものではない。能力者に強めに殴られたぐらいなものだ。だが――荊棘おどろは身じろぎ一つしていない。スーツの連中が何かしたわけでもないし、見えている以外の敵の気配もない。


 ――今のが荊棘おどろの能力か?


「アタルくん――あまり私を悦ばせないで」


 頬を紅くした荊棘おどろが舌なめずりをし、心底嬉しそうに言う。


「うっかり殺してしまうところだったじゃない」


「なじられても感じるのかよ。手に負えないな」


「……やられ足りないのかな?」


「大した威力じゃなかったからな」


「加減してるさ、当然でしょ? まだ君への用を済ませていない。君と対話する為に費やした労力を無駄にするほど私も馬鹿じゃないよ」


「馬鹿じゃない上に変態とは質が悪いな」


 しかし何より怖ろしいのは、荊棘おどろの攻撃を知覚できなかったことだ。攻撃の挙動は勿論、その気配さえも。


 ……《隻眼の魔女》なんて呼ばれるだけのことはある。かなりの強者だ。


「あんたの異能に興味が湧いてきた」


「光栄だね……だけどそろそろ話を詰めたいんだ。そろそろ彼らも目を覚ます頃だろうから。黒服連中はデータがないけど天龍寺兼定は念動能力者サイコキネシストだったよね。手足が縛られていても私たちに敵対行為をとれる。それに天龍寺夏姫は発火能力者パイロキネシスト――もしかしたら君は彼女がロープを焼き切って逃げるのを待ってるのかな? 悪いけど彼らに用はない――目が覚めたら死なない程度に痛めつけてもいいんだよ?」


「――手を出したら殺す」


 目一杯殺意を込めて睨みつけてやるが、


「おお、怖いなぁ。でもそんなルールは聞いてないよ。天龍寺夏姫を丁重に扱う――それ以上の条件を呑むつもりはない。これ以上引き延ばすつもりならお姫様以外の誰かに血を流してもらうことになるけれど?」


 荊棘おどろの濁った目から言葉の裏を読むことは出来ない。逆に口にする言葉は全て本気のように思える。こいつはやると言ったらやるだろう。だとすれば――夏姫以外の誰かが危険だ。


「――……用件はなんだ」


「やれやれ、やっと本題に入れるよ」


 言いながら、荊棘おどろはさっと片手を上げた。するとスーツの一人がこちらに寄ってきて、俺の目の前に一枚の写真を置く。


「見覚えは? 君のオトモダチだったりしない?」


 荊棘おどろに尋ねられ、写真に目を落とす。写真には男が一人写っていた。防犯カメラの一コマなのか画素は荒く、ギリギリ風貌が確認できる程度だ。


「……見覚えはないな」


「素敵な返事をありがとう。見覚えはないけれど、この男の正体には覚えがある――そんな感じだね。教えてくれるかな?」


「……蛇と呼ばれている異能犯罪者だと思う」


 そう。写真に写っていた男は数時間前に銀髪から聞いた蛇の風貌そのものだった。ツーブロック風のモヒカンに痩せ細った不健康な体躯。首や露出した腕に巻き付いた蛇のような聖痕スティグマ。ぎょろっとした目がギラギラしている。


「――よくできました。この男が通称蛇――君と同じく危険度が課内の評価で最高値、加えて脅威度も最高値という危険極まりない男だ。彼は現在とある異能犯罪組織に所属している。君はこの男のことをどこで?」


 わざとらしくにこやかに言う荊棘おどろ


「わかってて言ってんだろ。俺たちが帰ってきたところに麻酔ガス――タイミングが良すぎる。張ってたんだろ? だったら予想がついてんじゃないのか?」


「まあ、ね――じゃあずばり聞こうか。スカムの会長と二人でT市に行ってきたんでしょう? 成果は?」


「T駅近くのスナック街に行って地下バーに踏み込んでみろ。大惨事になってるぜ」


「……へえ? 君たちがやったのかい?」


「まさか。連中のボスがヤク中でぶっ飛んでてな。仲間を皆殺しにしてハイになってたぜ。あの様子じゃ今頃急性中毒で死んでるだろ」


「……そういうことにしてきたんだね?」


「……その連中のボスが飛んじまうに聞いたんだよ、蛇のことをな」


「ふぅん。それは結構。さて、アタルくん――」


 俺の言葉に荊棘おどろは満足げに頷いて。


「君はこの蛇を殺せるかな?」


 まるで明日の天気でも尋ねるように何気なくそんなことを言った。




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