第3章 折衝 ②
「――さて、山田アタルくん。君と話をするのを楽しみにしてたんだけど、こうしていざ本人を前にするとなんだか緊張しちゃうね」
「――あんたがそんなタマかよ」
「あれ? もしかして私のことを知ってるのかな」
俺の言葉に女が目を丸くする。
「噂だけはな――あんた、《隻眼の魔女》と呼ばれてる捜査官だろ? 三度の飯より暴行が好きで、合法的に人を殴る為に警察になったサイコパスだって聞いたことがあるぜ」
そう言うと、女――《隻眼の魔女》は微笑む。
「なあ、あんた殴り合いで感じるド変態って聞いたけど本当か?」
「大体合ってる」
「あっそう……あんたを捕まえりゃあ警察勲功章が貰えるんじゃないか?」
「はっはっは。弁えているよ、自分のことはね。私が殴るのは異能犯罪者だけだよ」
女が笑う。その姿は優れた容姿もあって大変見目麗しい――が、眼帯のない左目の瞳孔が開きっぱなしだ。
凶人。そう呼ぶに相応しい。そんな女。
「その割には殴られた様子がないな。寝ている間に殴ったら反応がなくて楽しめないか?」
「いや? 相手が寝てようが起きてようが関係ないよ。それぞれの良さがあると言うものさ」
「……変態め」
「あんまり私の性癖に触れてないでほしいなぁ。我慢が利かなくなるだろ? 今日はアタルくんと話をしにきたんだ。そんなことをしたら話を聞いてもらえないかもしれないじゃない?」
「すでに楽しく話をする気分じゃないけどな……ところであんたは俺の名前を知っているのに、俺はあんたの名前を知らない。不公平だと思わないか?」
「そうだね。自己紹介といこう――私は
「そいつは残念だ。その眼帯の下がどうなってるのか見たかったんだけどな」
「そんなもの――見せろと言われればいくらでも見せてあげるよ」
言って
思わず息を飲む。
「……視力は普通にあるんだよ? だけどこれを見るものは大抵今の君のような顔をするんでね――必要がないときは隠しているんだ。それに自分で言うのも何だけど、隠していた方が美人に見えるだろう? ちょっと物々しいものね、私の右目は。だから眼帯で隠すことにストレスはないよ」
言いながら
「……能力を使う時に
「……なんのことかな?」
「
とぼける
「ああ――その通りさ。とにかくそういうわけで仕事中は大抵眼帯をしている。お陰で《隻眼の魔女》なんて大層なあだ名を頂戴してしまった」
「ついでにどんな異能か教えてくれないか?」
「それは君次第かな――《
「……なんのことだ?」
「とぼけなくていいよ――昨夜のバトルアリーナで君は異能を使ったね? 瞳が金色に輝く実に珍しい
「……なんのことかわからないな」
「腹を割って話そうじゃないか」
「あんたの異能を教えてくれたら考えてもいい」
「それは先に君の異能を教えてくれたら、かな。《
「あんたが能力を明かすのが先だ。あんたの能力を教えてくれなきゃ話す気になれないな」
告げると、
「当然バトルアリーナには定期的に異能犯罪課の刑事が潜入しているよ。昨日も潜入していたのは偶然だけど――お陰でアタルくん、君という人物の調べはある程度済んでいる。君の大事なお姫様もね。バトルアリーナの性質上リングで異能が使われることがないから山田アタルが《
「バトルアリーナに潜入していた……? 俺のことを知っている経緯はなんでもいいが、それが本当ならスカムを取り締まればいいだろう」
「我々異能犯罪課は――県警も公安も君たちが思っているほど無能じゃないよ。スカムのことも当然掴んでいる」
「無能じゃないなら証明してみたらどうだ?」
「私たちも暇じゃないんでね。優先順位というものがあるんだよ。こう言ってはなんだが――スカムは一般市民への被害を極力抑え、この街の異能犯罪者を統率しようとしていただろう? ある意味で一般市民に貢献していたわけだ。実際、この街ほど異能犯罪による一般市民の被害者が少ない街はそうないしね」
「――だが、最近は以前ほど街に秩序がない。一月前――スカム関係者が経営していたと思われる飲食店がいくつか閉店し、また違法薬物の密売人が減った頃からだ。スカムが代替わりした時期と一致するね?」
「……スカムが代替わりしたなんて驚きだぜ」
「この後に及んで嘘を吐く意味、ある? 白状するとスカムに内偵はいないよ。けど街には公安の
……なるほど。現構成員はともかく、元構成員が――辰神のシンパが口を割ることは十分に有り得る。
「……それで?」
「スカムのことは敢えて放っておいたんだよ。わかるかな? 異能犯罪は一般市民にとって脅威だ。毒を以て毒を制すという言葉もある。異能犯罪者を統制して犯罪を抑制できるなら番犬代わりに泳がせてやってもいい――私たちの手が空けばそれだけ他に手を回せるからね」
「だが君たちはそれができなくなりつつある。君が是非無能でないことを証明して見せろというのなら、私たちはスカムの一斉検挙に踏み切ってもいいんだよ?」
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