第2章 襲撃 ⑧

 市街地の移動は気を使ったが、高速に乗ってしまえばもう警察の目を怖れることはない。スピード違反で覆面に咎められない限り地元まで帰れる。


「……カズマくん、あんまり飛ばしすぎるなよ。オービスで写真撮られてナンバー照会されたら面倒なことになる。覆面に捕まったらもっと面倒だ」


 何しろ銀髪のせいで濡れ鼠というほどではないがアルコールを浴びている。自分じゃもう麻痺してしまって感じないが、俺もカズマくんも相当酒臭いはずだ。カズマくんはアルコール検知ぐらいで済むかも知れないが、未成年の俺は相当詰められるはず。偽造の免許はあるが、ただの照会ならまだしも細かく調べられたらどこかでボロがでるはずだ。


「わかってるんすけど」


 ハンドルを握るカズマくんはそう言うが、アクセルペダルを踏み込む足にどうしても力が入ってしまうらしい。


「百キロ厳守。帰るまでが遠足って言うだろ」


 一度も遠足なんてものを経験したことがない俺が言うのもなんだが。かつて冗談のつもりで夏姫に言ったらすごく微妙そうな顔をされた。その日の夕飯はやたらゴージャスだった。


「……でも、楽観できる状況でもないじゃないすか。相談役を狙ってる連中が地元にいるんすよね? 早く戻らねえと」


「それはそうだけど――焦って捕まるようなことがあれば余計遅れるぜ。昼間ならまだ覆面パトカーも見分けつくけど、こう暗くちゃちょっと難しい」


 俺たち能力者の視力なら車の特徴から覆面パトカーを見分けることはさほど難しいことじゃない。しかしそれは視界が効いてのことだ。現在はまだ4時を回った頃で、まだ日の出前――山間の向こうに見える空が僅かに白み始めたばかりだ。しばらくすれば明るくなるだろうが、今の状況では覆面の見分けはつかない。


「そう――すね」


「あの銀髪のスマホが見つかれば良かったんだけどな」


 襲撃時にテーブルの上にでも置いていたのか銀髪はスマホを身につけていなかった。そして即席火炎瓶で壊れたのか、動かなくなったスマホは何台か見つかった。今思えば幹部と準幹部が集まっていたのだ、他の連中のものでも活きているスマホを持ち帰れば夏姫がどうにかハックしたかもしれないが、早く引き上げることに気がいって頭から抜けていた。


「連中のことなんすけど」


「うん?」


「兄さん、講釈はあとでって言ったじゃないすか? 変身能力トランスフォームって兄さんが警戒するような能力なんすか?」


 カズマくんがそんな疑問を口にする。


「カズマくんは変身能力トランスフォーム、知らない?」


「いや、知ってはいますよ。ただスカムにはいないんで、詳しくはないっす」


「……広義の意味なら警戒しない能力なんてないよ。俺の異能なら発火能力パイロキネシス水流操作アクアキネシスは躱し易いってだけで、どんな異能でも使い方と能力強度次第じゃ怖ろしい力になる。極端な話、その比較的御しやすい発火能力パイロキネシスだって使い方次第じゃ脅威だ。俺の周りで延々と何かを燃やし続けられたら酸欠で死ぬだろうし」


「はぁ……そりゃそうすね」


「けど変身能力トランスフォーム……それも体の一部をって言ってたろ? 舐めてかかっていい相手じゃない」


「……そうっすか」


 カズマくんの目に力がこもる。


「ああ。普通の変身能力トランスフォームなら大抵別の動物に全身まるごと変身する。例えば――そうだな、確か大きめの雄の豹が成人男性と体重同じぐらいなんだよ。カズマくん、豹と喧嘩して勝てる?」


 カズマくんはしばし黙考して、


「……豹って、ライオンとか虎とかよりガタイ小さいっすよね?」


「一回りか二回り小さいんじゃね? ライオンや虎は二百キロ超えるって言うし」


「ん――……タイマンなら勝てなくはないんじゃないすかね」


「そうだね。俺たち能力者の身体能力なら勝てない相手じゃないよな。じゃあその豹が普通の豹に比べて能力者なみに身体強化されていたとしたら?」


「……超怖いっす」


「だろ? そういうことだよ。でもまあ実際そこまで変身能力トランスフォームで能力者の身体能力が強化されるわけでもないし、身体的特徴は無視できない。戦いようはある」


「身体的特徴?」


「豹はハイキック打ってこないだろ? 大抵の動物は人間ほど攻撃方法多彩じゃないよ。道具もほとんど使えなくなるし。豹なら爪と牙を警戒だな」


「……なるほど」


 納得した様子でカズマくんが頷く。


「じゃあ熊とか象に変身する変身能力者トランスフォーマーは超ヤベえってことすね?」


「言い方……まあそうな。それで話を戻すけど……体の一部をネコ科に変身させるっていうのは、考え方によっちゃ熊や象より脅威だと思う」


「そうすか? 俺、話聞いててネコのコスプレ思い浮かんだんすけど。ちょいエロい感じの」


「そういうのはスカムの系列店でキャストにやってもらいな。夏姫ちゃんに見られると思うけど。真面目に考えろよ……そんな特殊な風俗でしか効果発揮しないような女を敵本陣に乗り込ませるわけないでしょ?」


「……確かに!」


「確かにじゃねえよ……まあそんな可愛いもんじゃなくて、人間とネコのハイブリッドぐらいに考えときな。人間の身体的特徴とネコ科のそれのいいとこ取り……変身能力トランスフォームっていうより、身体能力強化エンハンスの上位互換だと思って間違いないんじゃない?」


 戦闘力で言えば間違いなく一級品だろう。能力者としては並程度だったあの銀髪よりよほど手強い相手だ。銀髪は純粋な力でなく、別の何かで組織を統率していたのだろう。


「……ヤバい相手っすね」


「ああ。それにナイフの達人はともかく、蛇とか言う奴の時間停止能力……」


「それはフカシじゃないすか? そんな話聞いたことないすよ」


「……まあ、俺も時間を止める能力なんて信じられないんだけど」


 カズマくんの言葉に頷く。


 俺の異能は世界の時間の流れを遅滞させる。だがそれはあくまで主観で、実際に俺と世界に訪れる一秒は同じ長さだ。思考速度、反射神経、神経伝達速度、それらに応える身体能力――その全てがブーストされて擬似的な加速を実現している。


 おそらく蛇の《蛇の呪いバジリスク》も似たようなものだろう。何らかの方法で対象に擬似的な時間停止を与えるもののはずだ。


 そう考えなければ宇宙全体に流れる時の流れを止めているということになる。それはあまりに馬鹿げている。


 それができるなら――それは能力者は勿論、超越者の枠に留まらない力だと思う。神の力だ。


 ……そんなものがいるとは思えない。


「けど、能力の効果として実質的に時間を止められるなら――」


 正面から戦っては俺の力では勝算は低い。それを飲み込み、別の言葉を口にする。


「――けど、蛇とやらも絶対じゃないはずだ」


「……そうなんすか?」


「使用の制限や弱点があるはずだ。じゃなけりゃそんなトンデモ異能を持ってるやつがあの銀髪程度とつるんでる理由がわからない。日本の裏社会ぐらいさくっと掌握できるでしょ」


「時間停止からの銃ぶっぱで確実に喧嘩相手殺せますもんね。そうか、弱点があるんだ……」


「そうじゃなきゃやってらんない」


「兄さん……そこは最期まで格好つけててくださいよ……」


「無理。だって制限や弱点なんてあるかわからないもん。本当に時間停止させることができる可能性も全くのゼロじゃないし」


 ――それでも負けてやるつもりはないが。夏姫がいる街で好き勝手はやらせない。


「ま、カズマくんは百キロ厳守で安全運転頑張って。後はシオリや爺さんと話してみるよ」


「うっす」


「連中と戦うことになったらカズマくんにも頑張ってもらうつもりだから、向こう着いたらすぐ休んでよ。難しい話は俺らでするから」


「ってことはもう策があるんすか?」


「策ってほどでもないけど――まあ、一応な」


「さすが兄さんす!」


「――ということで、俺は少し寝る。なんかあったらすぐに起こして」


 シートを倒してそう言うとカズマくんは「任せてくださいっす!」と元気よく頷いた。


 タフだなぁ……頼れる男だ。

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