第2章 襲撃 ⑦

「一人目は坂場悟。精神感応者テレパスだが、それそのものは大したことねえ。本人曰く、自分に敵意を持つ人間の顔が黒く見えるんだってよ」


 俺に固め技で拘束され、腕にはカズマくんに注射器を刺されたまま銀髪が言う。


「そのものは――って、大したことあるもんがあるんだな?」


「――ああ、坂場はナイフの達人だ。見た目は普通の好青年だが、ナイフだけで今まで何十人と殺してきた殺人鬼だ」


 精神感応者テレパスで、好青年の殺人鬼。情報を頭にたたき込む。


「次」


「二人目はルイだ。名字は知らねえ」


「ルイ――女か?」


 尋ねると銀髪が頷く。


「ああ。元々ルイが組織していた売春グループを俺らで吸収した形だ。ルイは俺の直属の部下になる代わりに、売春グループの稼ぎの多くを懐に入れてる。そういう条件で吸収したんだが」


「そんな事情どうでもいいよ、能力はなんだ」


「……ルイの能力は変身能力トランスフォーマーだ。体の一部をネコ科の動物に変身させることができる」


「ネコぉ? ネコ娘ってか。そりゃずいぶん可愛いじゃねえの」


 カズマくんが軽口を叩くが――


「……体の一部を、だろ。カズマくんが言うほど可愛いもんじゃないよ、多分」


「……そうなんすか?」


「講釈はあとでな。次――最後は?」


 促すと、もう銀髪は抵抗する気がないのかすぐさま答えた。


「三人目は蛇だ。そう呼ばれてるし、俺たちもそう呼んでいる」


「……名前がない異能犯罪者なんて珍しくもないが、そこまでぶっ飛んだ名前を名乗る奴は珍しいな」


聖痕スティグマからそう名乗り始めたって言ってたぜ。全身に巻き付いた蛇みたいな聖痕スティグマがある」


聖痕スティグマ……超越者か」


 思わず呟くと、銀髪が僅かに頷いた。


「能力は《蛇の呪いバジリスク》……自分でそう言っていた」


「バジリスク……確か見る者を石にする能力を持つ蛇の王――そんな魔物だったな」


「……だが、蛇の《蛇の呪いバジリスク》はそんなちゃちなもんじゃねえ」


 ちゃち? 他人を石化させるなど脅威としか思えないが。


「奴の異能は、時を止める」


「時を止める、だぁ? そんな能力聞いたことねえよ、適当言ってんじゃねえぞ」


 カズマくんが俺の疑問より先に声を荒げ、シリンダーを持つ手に力を込める。


「う、嘘じゃねえよ! 奴がそう言ってるんだ!」


 嘘を言っているようには思えない――少なくとも銀髪は《蛇の呪いバジリスク》を時間停止能力だと信じている――そんな反応だ。


「……その《蛇の呪いバジリスク》の効果は? 永続? 範囲は? 発動条件は?」


「知らねえな。無敵だって自分じゃ言ってたぜ」


「――知らない? そいつが能力を使うところを見たことがないのか?」


「ねえよ。あっても時間を止めてんだ、確認出来ねえよ」


「そんなもん自称してる奴を幹部にしてんのか?」


「実際強えんだよ――どういうわけかあいつは殺しの仕事をしくじらないんだ。多分マジに時間を止めてるんだろうぜ」


 ……少なくとも超越者だ、強い弱いで言えば弱いわけがないってことか。


「――兄さん、そんな能力なんて有り得るんすか?」


「……わかんない。要検証ってとこだな。爺さんかシオリならなにか知ってるかも」


 思いもしなかった能力に戦くカズマくんにそう告げて、最後の質問をする。


「――三人の風貌は?」


「……坂場は普通の好青年って感じだよ、見た目はな。背格好はあんたに似てる。ルイは明るい髪を軽く巻いたロングだ。基本的に手足が出てる格好をしてる。妙にエロい女がいると思ったらルイの可能性が高いかもな」


「蛇は?」


「金髪のハードモヒカンで、ガリガリの気持ち悪い奴がいたらそいつが蛇だ」


「……名前のイメージぴったりじゃんよ」


 思わず所感を呟くと、銀髪が非難めいた声をあげる。


「……なあ、もういいだろ? 治癒能力者ヒーラー連れてきてくれよ。ウチにいた治癒能力者ヒーラーはあんたが殺しちまったからよ」


「ああ、もういいな――聞くことは聞いた。カズマくん、やっちゃって」


「うす」


 カズマくんは頷くと、シリンダーを押し込んだ。中身の薬液が銀髪の血管に注入される。


「お――おい! てめえ話が違うじゃねえか! 三人の情報は話したぞ!」


「最初に痛い思いをする前に吐いた方がいいとは言ったけど、話したら殺さないと言った憶えは一度もないよ」


 俺がそう告げると銀髪は顔を青くした。カズマくんは注射器を抜き、再び薬液を充填する。


「ま、吐いたからあっという間に死ねるようにおかわりしてやるよ。言っとくけど覚せい剤だってタダじゃねえんだからな、ちゃんと楽しめよ」


「てめえら――地獄に落ちろ!」


 それが銀髪の最期の言葉だった。後半は呂律が回っていなかったし、体中に大量の汗をかき始めた。もう長くはないだろう。


 ぐったりとした銀髪の体を放りだし、念のために動けないよう膝関節を踏み抜く。銀髪はもう痛みを感じないのか呻き声さえ上げなかった。


 ――さて。


「――お疲れさまっした、兄さん」


 カズマくんは注射器の指紋を拭いて銀髪に握らせると、一段落したと俺に頭を下げる。


「おう、カズマくんも。とは言え終わりじゃないぜ。今ならまだ朝には帰れるでしょ。夏姫ちゃんや爺さんに合流したい。休みなしだけど運転できる?」


「うっす、全然平気っす」


「そう、じゃあ任せるから。さ、死亡確認しようぜ」


「……あんまり好きじゃないすけどね、この作業」


「集まってるの主要メンバーだって言ってたじゃん? 生き残らせて報復されたら抗争なんて一生終わんないよ」


「そうすよねぇ」


 俺がそう言うと、カズマくんは諦めたように伏した連中の息があるか確かめ始めた。


 息があったら止めを刺すために。


「組織の元トップと現トップが一番面倒な仕事をするなんて、スカムってホワイトな組織だよなぁ」


「笑えない冗談止めてくださいよ……」


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