第2章 襲撃 ⑥

「俺を子分にしねえか?」


「……ああ?」


「降参だよ、降参。ここまで見事にやられちゃあぐうの音も出ねえ。俺と、俺が仕切れる人間全部あんたの子分にしねえか? 怪我も殺された連中のことも水に流してやる。戦争だからな、それは仕方ねえ――G県の半分を握ってた男だぜ、俺は。子分にすりゃああんたにもいい目を見せてやれる。落ち目のスカムなんかよりな」


「……取引のつもりか? あんたの言う落ち目のスカムに蹂躙されてんのはそっちの方に見えるけど?」


「俺はあんたに負けたんだよ、スカムに負けたつもりはねえな――その会長が兄貴扱い……あんたスカムまるごと舎弟にでもしてんのか?」


「カズマくんは俺の友達だよ」


「その程度の関係で組織同士の抗争に首突っ込むのか? 金か? 俺を子分にしたらいくらでも稼がせてやれるぜ」


「……お前がバトルアリーナに送り込んだスキンヘッドな」


「……あん?」


「対戦相手、俺。殺されかけたんだぜ。そりゃあんたらに報復したくもなる」


「――そりゃあ偶然だ、狙ったわけじゃねえ。ここまで痛めつけりゃあケジメになるだろ?」


「あとお前、前会長を見張ってるとか言ってたよな。天龍寺兼定のことか?」


「他に誰がいるってんだよ」


「天龍寺兼定は前々会長。前会長は俺。スカムは俺の組織でもあったんだよ。報復にも益々力が入るってもんだよな」


 言いながら銀髪の薬指を捻ってやる。ぐぎりと嫌な音を立てて指先が明後日の方に向いた。


「――ぐうっ……」


「てめえの組織の構成員も把握できてねえ間抜けの面倒なんて見たかねえよ。いいから吐け。三人の風貌は? 能力は?」


「へっ、吐くかよ。吐いたら殺されるのが見え見えじゃねえか。子分になって命の保証はしてもらわねえとな」


「てめえ立場わかってんのかコラァ!」


 銀髪の態度にカズマくんが声を荒げるが、俺はそれを視線で制する。手っ取り早く口を割らせようと、三本目――中指に手をかける。


「……無駄だぜ。痛い苦しいじゃ俺は口割んねえよ」


「ふぅん」


 嘯く銀髪に俺は相づちを打つ。なるほど? その言葉、どこまで本気か試してみようか。


 俺は中指から手を放し、既に折った小指を掴んだ。さっきは指の根元から折った。今度は小指の関節を両方とも逆に曲げてやる。


「――ぎゃあっ!」


「……あんたと問答してる暇はねえんだよ。話さないなら話す気になるまで体中の関節を逆に曲げてやる」


 続けて薬指へ。こちらも小指同様第一、第二関節を逆に曲げてやる。間を置かずに中指も。


 店内に、銀髪の悲鳴が響く。


「……兄さん」


 ――と、カズマくんから声がかかる。


「うん?」


「脅しで関節逆に曲げるって言う人はたまに見るっすけど、俺、ホントにやってる人初めて見たっす」


 呆れた様子で、カズマくん。


「やると言ったらやる男だよ、俺は」


「兄さんほど見た目と中身が比例しない人間はいないっすよ。見た目は普通の高校生みたいにしか見えないのに」


「そういうの、ギャップ萌えとか言うらしいぜ」


「多分違うっすよ、それ……」


 無駄口を叩きながら、銀髪の人差し指に手をかけた時――


「――いい加減にしろよ、てめえらぁっ!」


 連中の中で唯一無傷だった三人組の最後の一人が怒号を上げる。体中から迸る殺気が氷柱となって俺目がけて飛来する。凍結能力クリオキネシスによる一般的な遠隔攻撃だ。


 俺は一瞬だけ魔眼を開き、飛来するそれを拳で叩き、砕く。ほぼ同時に銀髪の人差し指も圧し折った。


「っ――」


 奴は何かを言おうとしたが、その言葉は紡がれなかった。カズマくんが咄嗟に発砲し、その凶弾に倒れたからだ。


「――カズマくーん? もしかしてがあるから銃は撃つなっつったよね?」


「あ……すんません、咄嗟に」


「咄嗟にじゃないよ、もう……まあ、こいつが衝撃波ばかすか撃ってたから、その余波で攪拌されて薄まってただろうし大丈夫だとは思ってたけど」


「クソが……」


 銀髪が吐き捨てるように言う。


「あん?」


「……アレはそんな簡単に叩き割れるもんじゃねえだろ……なんだよそのグローブ、絶対普通のレザーじゃねえだろ」


「まあな。素手だったら触れた瞬間凍傷するぐらいの力はあったかもな――っていうかそんな余計なこと気にしてないで三人の情報吐けよな」


 言いながら右手の最後の指――親指をへし折ってやる。しかし痛みに慣れてきてしまったか、銀髪は苦悶に顔を歪めたものの、声は出さない。


 ……こいつ、本当に痛みじゃ吐きそうにないな。


「……だめだ、カズマくん。こいつ口割りそうにないよ」


「そんな感じっすねぇ……拉致って幾島さんに任せますか?」


 確かに、時間をかければ口を割らせることもできるだろうが。


「そんな時間はかけたくないし、連れて帰るのもリスキーでしょ」


 さすがにそろそろ引き上げたい。これだけ大暴れしたのだ、近所から通報が行ってもいてもおかしくない。サイレンが聞こえないのでまだその心配はないが時間の問題と言っていい。


 カズマくんに目線で指示を出して、改めて銀髪をがっちり拘束する。肩が外れて動かせないだろう右腕は放置――左腕を固定して上に向ける。


「さ、カズマくん。やっちゃって」


「うっす」


 言いながらカズマくんはポケットから小箱を取り出した。取り出したのは薬液と注射器。さすがに何をされるのかわかったのか、銀髪がひっと悲鳴を上げる。


 その銀髪に追い打ちをかける。


「さすがにこんな惨状じゃ異能犯罪組織同士の抗争でも異能犯罪課が動くかもしれないじゃん? あんたには容疑者になってもらうぜ」


 カズマくんは注射器に薬液を吸い上げる。充填される量を見て銀髪が震えた。


「お、おい――それ明らかに致死量超えてんだろ! 能力者でも保たねえよ、それは! 俺が死んだら送り込んだ三人の情報、聞き出せないだろ?」


「あんたを手早く片付けて、急いで帰って自分で調べるわ」


「ちょ、待て――」


「吐かなかったあんたが悪い。あんたは覚せい剤の過剰摂取で錯乱、仲間を皆殺しにして急性中毒で死亡――ま、外傷に不自然なとこがあるけど、異能犯罪課もあんたを犯人にする材料が整ってれば納得するだろ」


 告げる。話の途中でカズマくんが銀髪の肘の裏側を探り、当りをつけて針を刺した。シリンダーを押し出してゆっくりとその中身を無理矢理銀髪に摂取させる。


「――待ってくれ! 話す、話すから――」


「――カズマくん、ストップ」


 俺の声にカズマくんはシリンダーを止める。


「三人の風貌、能力、名前――弱点なんかもあったら吐け」



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