第2章 襲撃 ⑤

 カズマくんに耳打ちする。


「カズマくん、姿消してそっちから出て」


「や、それ俺狙い撃ちされないすか?」


「なんの為の異能だよ。《忍び隠れるハイド・アンド・シーク》で姿消せるだろ」


 そんな単純な話じゃないが――今は時間がない。後でちゃんと説明してあげるから勘弁な、カズマくん。


 俺がそう言うと、カズマくんは意を決したように頷く。


「――わかりました」


「飛び出たら音でも立てて奴の気を引いてくれ。回避最優先。もし狙われても相手の手の直線上から大きく避ければ躱せるはずだから。無力化は俺がやる」


「了解っす」


「武器取りに行った連中が戻る前に片をつけるぞ。行って」


「うっす」


 言葉と共にカズマくんがカウンターの中を這うようにして端まで行く。そして姿を消した。集中する。俺の読み通りなら、勝負は一瞬――


「――見えなくても読めてんだよ、そんな手で出し抜けると思うなよ!」


 ――銀髪の声――読み勝った!


 奴が衝撃波を放ち続けたのはおそらく俺たちをカウンター内に留めるためだけではない。念入りに破壊した酒瓶とぶちまけたその中身――それを店内にばら撒きたかったのだ。


 それはカズマくんの透明化対策。服や銃ごと透明になったカズマくんを奴は見ている。ではその身から離れたものはどうか――それを考えたはずだ。


 俺はその答えを知っている――可視化する、だ。カウンターから飛び出たカズマくん――その身に浴びたガラス片や靴の底から滴るアルコール――それらで不可視化したカズマくんを見分けようと考えたのだろう。


 そして結果――奴は姿を消したままのカズマくんを捉えた。捉えた以上、奴の意識はこっちからカズマくんへと向いているだろう。


 その一瞬があればいい。その一瞬は俺にとっての必勝機。


 魔眼を開いて世界を遅滞させる。立ち上がってカズマくんがいるであろう方に腕を向ける銀髪が俺に気づいたが、もう遅い。バックルから引き抜いた隠しナイフを投擲する。


深淵を覗く瞳アイズ・オブ・ジ・アビス》により強化された力で投げたナイフは弾丸のように空を裂き、銀髪の頬の辺りに突き刺さった。


「ぎゃあっ!」


 顔を押さえて蹲る銀髪。その隙にカウンターを跳び越えて銀髪に肉薄。蹲るそいつの腕を取って脇固め――そのまま肩を外す。鈍い音が奴の体を通して響いた。


 もう能力は必要ない――魔眼を閉じると、それと同時にどたどたと乱暴な足音。武器を取りに行った連中が戻ってきたらしい。更に奥へと続く扉が乱暴に開かれる。


「くそが! ぶっ殺して――や、る」


「おっと、撃つなよ? 撃ってもいいけどこいつを盾にするからな?」


 痛みに喘ぐ銀髪を無理矢理立たせてそいつらに向けてやると、銃を手に勇ましく戻ってきた三人はそれぞれ力なく銃を下ろす。


「銃を捨てろ」


「ぐ……」


 告げるが、連中は押し黙ったまま。仕方なく銀髪の外れた肩――その腕を捻ってやると、喉の奥から漏れ出る銀髪の苦悶に連中は銃を床に落とした。


「カズマくん。銃の回収」


「うっす」


 返事と共に姿を現せるカズマくん。連中に向けていた銃を下ろすと、歩み寄って奴らの銃を回収する。


「――あ、カズマくん、撃つなよ。こいつがバカみたいに酒撒き散らしたから、度数高い銘柄があればさっきみたいになるかも。まあ薄まってるだろうし大丈夫だと思うけど、一応ね」


「了解っす。つかこいつ、的確に姿消した俺を捉えてた気がするんですけど」


 カズマくんが回収した銃を慣れた手で分解しつつ、忌々しげに俺が拘束している銀髪を睨む。


「捉えてたはずだよ。念入りにボトル壊してたろ? カズマくんの体についたガラス片が落ちたり、床に溜まったアルコール踏んだり、それが靴から垂れたりってのを見るために壊してたんだよ」


「……俺は囮だったわけすね?」


「まぁね」


「先に言ってくださいよ、そう言うことは」


「そんな暇なかったろ……それに万が一こいつの攻撃食らっても致命傷にはならなかったはずだよ。じゃなきゃ武器とってこいなんて言わないでしょ……なぁ?」


 最後は銀髪への問いかけだが――銀髪は悔しそうな表情を見せるだけ。再び肩を捻ってやると、苦しそうな声を上げた。


「てめえ――」


 銃を取り上げた三人組の一人がいきり立つ。俺は一瞬だけ魔眼を開き、銀髪の頬からナイフを抜いてそいつに投げた。ナイフはそいつの右目に深々と刺さり、そのまま物言わぬ骸になる。


「あんたらは動くな、喋るな。そうだな――言いたい事があったら手を挙げろ」


 言ってやると、残った二人の片割れが律儀に手を挙げる。するとカズマくんがそいつの腹に背筋が寒くなるような強烈な蹴りを入れた。能力者と言えども無防備なところにあんなものを食らってはただじゃ済まないだろう。内臓が痛んだのか、そいつは腹を抱えてのたうち回る。


「動くなって兄さんが言ったろうが。聞いてねえのか」


 理不尽なことを言うカズマくん。いいぞ――脅し方ってのがわかってるじゃないか。さすがだぜ。


「……よう、素直に喋る気になったか?」


 銀髪に問いかけるが、反応なし。カズマくんに目配せをすると、頷いて店内を見回した。制圧は完了したが、全員を殺した訳じゃない。爆炎に巻き込まれ苦しそうに呻いている連中もまだ何人かいる。


 カズマくんはそんな奴の一人に容赦ない蹴りを見舞った。鈍い音と苦しげなあえぎ声が店内に響く。


「……さて、あんたがバーミンのボスなのかな?」


 今度は銀髪も答える気になったらしい。僅かに頷く。


「スカムの賭場を荒らすなんて面白い事考えたね。報復されないとでも思った?」


「……テメエ」


「うん?」


「……さっきの目の聖痕スティグマ、聞いたことがあるぞ……テメエ《魔眼デビルアイズ》とかって奴だろ」


「あんたの質問を許した憶えはないよ」


 そう告げた頃に、カズマくんが死体から俺が投げたナイフを回収してきてくれた。丁寧にそこら辺に転がっている奴の服で刀身の汚れを拭き取ってくれて、だ。


 ナイフを受け取り、しまいつつ――銀髪の右の小指を折ってやる。


「ぐっ――」


「あんたは聞かれたことに答えればいいんだよ」


「……そうだ、俺がバーミンを仕切ってる」


「スカムの賭場を荒らした理由は?」


「……スカムを潰してシマ掠め取ってやろうと思ったんだよ……にしても報復が早えだろ。失敗の連絡受けてまだ何時間も経ってねえぞ……こっちはテメエらの街に攻め入る準備してたトコだっつうのによ」


「アホすぎ。賭場荒らしなんてするなら最初から戦争の準備くらいしとけよ。馬鹿じゃないの?」


 だらしないにも程がある。


「バーミンの構成員は何人だ? G県全域に影響力があるって聞いてるぜ。まさかここにいたのが全員ってわけじゃないだろ?」


「……末端まで数えたら何人いるかなんてわかんねえよ……百か二百はいるんじゃねえの? 幹部と下っ端をある程度管理してる準幹部はこれでほぼ全部だ。くそったれ……」


「百と二百はだいぶ差があるだろ。ガキの遊びじゃねえんだぞ、暴走族みたいな杜撰なメンバーの増やし方してんじゃねえよ」


 だからこそ末端から幹部まで辿れず、ここまでだらしなくとも大きな力をつけたのだろうが。


 ともあれ、こんな組織だ。幹部連中を潰せたのなら組織としてはもう機能しないだろう。バーミンを潰したと考えてよさそうだ。


 ……あっけない気もするが。


「で? 失敗の連絡受けたっつったよな。その様子じゃ尖兵なんて上等なもんじゃないだろ。見張りは何人送ってあるの?」


 再び沈黙。銀髪の薬指に手をかけると、渋々といった様子で口を割った。


「三人だ、幹部を三人送ってある……」


 幹部、ね――てことはこの連中の中でもそこそこ使える奴ということか。こいつも機転は利くみたいだし、侮りすぎるのは良くないかも知れない。


 自分でアルコールをばら撒いといて、銃を取りに行かせる馬鹿でもあるが。


「で、そいつらにはどんな指示をだしてある?」


「……会長と前会長の暗殺だ。賭場に入る前から見張らせてたんだ。会場のビルから出てきたなんて報告受けてねえぞ。どうしてそいつがここにいる……」


 カズマくんを睨んで、銀髪。


 前会長というのは俺ではなく兼定氏のことだろう。俺の二代目は一晩限りの形骸的なものだ、表には出ていないはず。こんな連中にそんな情報が掴めると思えない。


「そりゃ建物の中から瞬間移動能力者テレポーター手配して移動してるもんよ。抗争慣れしてるって情報だったけど、まさか組織未満のアマチュアばっか相手にしてたのか? 心構えがなっちゃいねえよ――カズマくん、シオリに連絡――おい、その三人の風貌は? 能力は? 痛い思いをする前に吐いた方が得だと思うぜ」


 俺の言葉に電話をかけ始めるカズマくん。それを確認しつつ、更に銀髪に問い詰める。


「――……なあ、《魔眼デビルアイズ》さんよぉ」


「……あん?」


 口調が変わる銀髪。問い返すと、奴は意外と言えば意外、ありきたりと言えばありきたりなことを宣った。



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