第2章 襲撃 ④
最初に我に返ったのはカウンターの中にいたバーテン風の男だ。かけ声と共に腕を振ると、包丁やナイフ、フォークが弾幕となって俺とカズマくんに襲いかかる。
――しかし俺には特殊グローブがある。耐熱、耐電のみならず防弾、耐刃、耐衝撃の優れもの――能力者を中心とした戦争で歩兵が使う装備だ。こいつは中東から流れてきたビンテージだが、その効果は折り紙付。
拳を握り、装備済みのグローブの感触を確かめ――飛来する鋼の弾幕を全て叩き落とす。
「な――」
目を丸くするバーテン。そいつの額に第三の目のような孔が穿たれる。カズマくんの銃撃だ。ナイスアシスト――カズマくんも俺と中々息が合ってきた。スカムが力を落としたことでスカム上等を憚らなくなったチンピラどもを二人でシメて回った成果が出てきたな。
そのカズマくんの死角から彼に襲いかかる男がいた。今度は俺がアシストする番だ――素早くナイフを抜いて、肉薄。刃先をこするようにして頸動脈をかっさばく。吹き出る血飛沫を酒ながら別の標的へ向かう。
「おい――武器持ってこい!」
「元素系の能力は使うなよ――屋内じゃ同士討ちになる!」
奥にいる連中が声を上げる。冷静な奴もいるようだ――
冷静になられたら多勢に無勢だ。もう少し慌ててもらおうか。
俺は目の端で目的のものを探し――見つける。
俺は酒を呑まないが、ガキの頃にシオリから教え込まれた銘柄が幾つかある。勿論飲むためじゃない、ロケ次第じゃ使えるアイテムとしてだ。
カウンターの奥に見つけたのはドーバースピリッツとスピリタス――どちらもアルコール度数が高く、火気厳禁って代物だ。
バタフライナイフを手に飛びかかってきた男をいなし、うなじの辺りを斬りつける。そのままカウンターに向かう。立ち塞がる二人――殴りかかってくる片割れを間合いの外から蹴り飛ばし、もう片方にはナイフを突きつける。怯んだところをミドルキック――と見せかけた縦蹴り。釣られて中段をカバーした間抜けのこめかみをつま先で打ち抜く。
昏倒しかける男を突き飛ばして他の連中の追撃を遅滞。俺はカウンターを跳び越えて目当てのボトルをタバコの煙が濃い辺りを狙って投げつけた。
射線に近い連中は俺の行動を苦し紛れのものとでも思ったか、冷笑さえ浮かべて大袈裟に躱す。馬鹿だな、それは悪手だぜ――キャッチする、が正解だ。
目の端に推定トップ連中の奴らが慌てる様子が映る――が、遅い。床に叩きつけられた二つのボトルは割れ――火炎瓶の如く火の手が上がる。
スプリンクラーは壊れているのか作動しない。だがそれでいい――この状況でスプリンクラーが動いたら大変なことになる。
――と。
「なに――」
「おい、
連中のうちの誰かが叫び、消火を促す。俺は慌ててカウンターから身を乗り出し、俺をカバーしようと近くに寄ってきていたカズマくんの首根っこを掴んでカウンター内へ引きずり込んだ。そのまま頭を押さえて伏せさせる。
同時に爆発めいた音と熱波が店内を蹂躙した。
熱波が収まったところで立ち上がると、同じく立ち上がったカズマくんが一瞬で地獄と化した店内を眺めて呟いた。
「兄さん、いつの間に爆弾なんか――」
「そんなもん用意してないよ。天ぷら火災に水かけると延焼するだろ。あれだよ」
火炎は店内を焼き尽くすほどのものではないが、周囲の連中は深手を負ったようだ。テーブルや椅子にも引火している。
「ああ、なるほど――するってえと投げつけたのはスピリタスすか」
「そ。覚えとけよ、俺は酒呑まないからスピリタスとドーバースピリッツぐらいしかわかんないけど、カズマくんはお酒の知識あるし、他にも度数高い銘柄知ってるだろ? 飲み屋の殺し合いならこういうこともできる」
「さすがっす。覚えときます」
カズマくんが感心して頷いた頃――店内を竜巻の様に風が吹き荒れ、燃え上がる炎がかき消える。これは――
「クソが――好き放題はしゃぎやがって」
声はソファ席からだった。銀髪を逆立てた男が忌々しげに俺を睨む。その周りにも無事な奴が数人――あの爆発の如き延焼を風を操作して防いだのか。
……なかなかの手練れのようだ。
「好きにはしゃいでくれたのはそっちだろうがよ。ウチの庭に乗り込んで賭場荒らし――もう割れてんだよ。それとも報復されねえとでも思ってたのか、ああ!?」
「ちっ――ざけんなよ、たった二人で乗り込んで来やがって。生かして返さねえからな」
「そのたった二人にもうほとんど潰されたわけだけど?」
「クソが!」
銀髪が腕を振り上げる。反射的にカズマくんともども頭を下げると、壁の棚に並べられた酒のボトルが音を立てて割れた。真空の衝撃波でも叩きつけられたのだろう。ガラス片と零れた酒が頭から降り注いだ。アルコールの臭気が鼻につく。
がしゃん、がしゃんとボトルが割れる音が続く。
「おい、連中の頭ぁ抑えとくから早く武器とってこい!」
銀髪の怒号。口ぶりからして奴がトップか? ともかく衝撃波による波状攻撃は面倒だ。余波でアルコールの臭気が飛んでいくのは助かるが――射線から威力の程まで視認できないのは厄介極まりない。
この上銃火器を揃えられたさらに面倒になる。打って出ないわけにはいかない。
第二ラウンドの開始だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます