第2章 襲撃 ③

 夜の店が並ぶ通りを歩く。


 そのほとんどがピンクだ黄色だと言った派手なネオン管の看板だったり、黒と金のゴージャスな色使いの看板だったり、あるいは単色に白で店名らしい女性の名前が抜かれたクラシックなものだったり――とにかく一目でどんな店かわかるものだったが、電源が落とされて営業時間外であることを告げていた。


 つまり、ぽつぽつと点在する灯りがついた店が候補だ。


「さ、歩きながらそれっぽい店探そうぜ」


「それっぽいってどうやって見分けるんすか?」


 歩き始めると、そんなことを言いながらカズマくんが着いてくる。


「勘。それしかないじゃん。知らない街だし」


「ええー……」


「俺の勘を舐めんなよ、カズマくん。前回だって一発で当たり引いたでしょ?」


 前の時もこうしてカズマくんと二人で繁華街を歩き、異能犯罪者が訪れる店を探し当てた。


「そうだったっすね、そう言えば」


 話ながら通りを歩く。


 そして――


「兄さん、あそこなんてどうすか」


 カズマくんが指さしたのは、前方の通り沿いの店だった。電柱に隠れるように光量を絞った置き看板が設置されている。店の雰囲気も以前カズマくんと言ったあの店にそっくりだ。


 だが。


「ん、ここも相当妖しいけど第二候補にしとこうぜ」


 言いながら俺が目星をつけた店を指し示す。しばらく先に更に小さい――電灯が切れかけているのか、時折明滅する置き看板があった。BARの三文字はこちらもあちらも同じだが、向こうはその三文字に加え、斜め下に向く矢印が記されている。


「地下の店とか隠れ家にするにはもってこいじゃない? 構造的に秘密の部屋とか作りやすそうだし」


「さすが兄さん、目端が利くっすね。言われてみればあっちのが断然妖しいっすわ」


「そんじゃ向こうの店に入ってみようか。外れだったらこっちに戻ってこよう」


「うっす」


 話ながらその明滅する置き看板に近づくと、ビルと脇から地下へ続く階段――そして、客を歓迎する気がなさそうな古く重厚に見える扉。


「うわー。いかにもっすね」


「じゃあ行ってみようか」


 階段を下り、扉を押し開ける。中から仄暗い灯りとともにむわっとしたアルコールとタバコの煙が混ざった臭気が漏れ出した。


 ざっと店内を見回す。店の中は予想より広かった。カウンター、テーブルともに十脚前後といった所か。スチームパンク風と言えば聞こえはいいが、そんないいもんじゃない。雑で、汚い――そんな風に断じたくなる内装。


 そんな店だが、客席は半数以上が埋まっていた。そのほとんどの視線が新たに訪れた客――俺に向かう。どいつもこいつも濁った目で俺を威嚇するように俺を睨む。


 しかしそれは一瞬だった。出入り口近くのテーブルにいた若い男が二人、即座に立ち上がると俺の入店を阻むように立ちはだかる。


「ここは会員制だよ、帰りな」


「つーかてめえガキじゃねえか。こんなとこに来るのは十年早えよ」


 ぎゃはは、と目の前の男二人が笑う。


 俺も思わず口角が上がってしまった。別に彼らに釣られた訳じゃない。当りだ。


 店の奥――壁にスプレーでVERMIN害獣と記されている。


 だらしない――夏姫のだらしないと言った所感は確かだ。スカムの構成員ならこんなマーキングのような暴走族の真似事をしたりしない。自分で自分のヤサをバラしてどうすんだ。間抜けすぎる。


「聞こえてんのかてめえ。帰れって」


 俺を押し戻すように片割れが前に出る。その瞬間、そいつのつま先を踏んでどん、と突き飛ばした。たたらも踏めずその場で男が尻餅をつく。


 そいつの顔面を膝から下が抜けて飛んでってしまうのではないかと思うほど全力で蹴り抜いてやる。怖ろしいくらいの手応え――足応えか? をつま先に感じた。


 断末魔をあげることさえなく男はそのまま後ろに倒れる。店内の人間はそれを呆気に取られて眺めていた。ごんっとそいつの後頭部が床を打つ音で隣の男が我に返る。


「て、てめえ――」


 慌てて俺に掴みかかる片割れ――そいつを俺の脇から店内に入ったカズマくんが迎撃する。横から喧嘩キックで蹴り飛ばした後、壁に打ち付けられた男に更に追撃。カズマくんの拳と壁に頭をサンドイッチにされた男は白目を剥いてずるずると崩れ落ちた。


 カズマくんのその姿を見て、店の最奥――唯一のソファ席に座っていた連中が顔を青くして叫ぶ。


「――っ、てめえ、スカムの会長――」


「なんでここに――」


「てめえらバーミンだな? まさかウチの賭場荒らしといてタダで済むとは思っちゃいねえよなぁ!?」


 カズマくんの怒号に店内の連中が色めき立つ。


 俺は連中が動き出す前にとカズマくんに耳打ち。


「――あのソファ席の連中がトップと取り巻きだろ。まとめて相手にするのは面倒になるかもしれない。不意打ちで一人殺しちゃって」


 ぱっと目で相手は二十人強。やりきれないとは思わないが、さすがに数が多い。こういう連中は最初に頭をガツンと叩いてやるに限る。それでだいぶ連中の士気を削げるはずだ。情報通りなら、こいつらは仲間の仇――と士気が上がるタイプじゃない。


「了解っす」


 言い終わるやいなや、カズマくんは異能を発動させた。まるで大がかりな手品のようにカズマくんの姿が消える。


「――!」


 騒然とする店内。そして銃声。さすがに能力者といえども銃口が見えずトリガータイミングもわからないとあってはその凶弾を避ける術がない。ソファ席にいた連中の一人の頭が弾け、血煙が舞う。


「なっ――」


 動揺する連中。


「おお、ヘッショ」


「取りあえず一番偉そうな奴の隣、狙ってみました」


「わかってんじゃん」


 俺の言葉に、姿を現わしたカズマくんが得意げに笑う。


「取り逃すなよ、カズマくん。一番偉そうな奴は殺さないように」


「うっす」


 頷くカズマくん。さあ始めようか、ゴミ掃除虐殺を。


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