第2章 襲撃 ②

「あー、そこ曲がると駐車場があるっぽい」


「うっす」


 スマホで航空写真を確認しつつ、カズマくんに指示を出す。角を曲がったその先に駐車場が見えた。いわゆる青空駐車場だ。こんな時には立体駐車場はダメだ。逃走の際、脱出に手間がかかる。


 カズマくんが車を駐めている間に、グローブボックスをまさぐり目当てのものを取り出す。拳銃二丁に、予備マガジンがいくつか。バトルナイフにバトルグローブ。


 拳銃は米軍の横流し品を改造してフルオート化したもので、先日の件でカズマくんに使わせたもの同じだ。


 その一丁とマガジン半分をカズマくんに渡す。カズマくんはナイフを使わないし、グローブの方はサイズが合わない。まあ、グローブが必要な奴の相手は俺がすればいい話だ。


 拳銃を渡しながら告げる。


「職質されてこんなもん持ってたら一発で緊急逮捕されっからな。巡回の警官見たら即離脱。お互いに互いのことは考えない。俺は俺で魔眼使って全力で撒くから、カズマくんも透明化して勝手に逃げろな。完全に撒いたと思ったらスマホにワン切りな」


「了解っす」


 腹とベルトの間に改造グロックをねじ込みながらカズマくんが頷く。


「姉さんから奴らの情報、連絡あったすか?」


「うん――駅近くのいわゆるスナック街に、いかにもな連中が出入りするバーがあるんだって」


「あのハゲが言ってたことと合致するっすね――それで?」


「? 以上だけど?」


「え――店の名前とか、連中の上位層の風貌とかの情報はなしっすか?」


「あのなぁ……まだあれから一時間半だぞ? そんな時間で――しかもネットだけの情報収集でそこまで特定できるなら、とっくに異能犯罪課が検挙してんだろ」


「そりゃそうすね」


 車を降りながらカズマくんが頷く。


「でもそしたらスナック街の飲み屋総当たりっすか? ちょい骨が折れそうっすね」


「そんなことないよ。この時間だともうキャバクラなんかは営業してないでしょ。スナックも――風営法的に。でも連中は他に行く場所なんてないから溜まり場用にバーくらいは用意してんじゃないかな。バーだけなら全部あたってもそんなにきつくないんじゃない?」


「キャバとバーって営業時間違うんすか?」


「あのなぁ……あ、車の鍵閉めるなよ? いざってときに飛び乗れるようにしとこうぜ」


 俺が降りたのを確認して施錠しようとするカズマくんを止める。


「盗まれたらどうすんすか?」


「こんなボロ盗もうとする奴なんていないだろ。もし盗まれた他の車を盗めばいい」


「この界隈の人間にしちゃ兄さんまともそうに見えるすけど、やっぱネジ外れてますよね」


 微妙な顔を見せるカズマくんを黙殺して、続ける。


「組織のトップなんだから風営法ぐらい把握してなきゃダメだろ。そんなつまんねーことで別件逮捕なんて洒落にならないよ?」


「いやぁ……そこらへんは丹村さんが見てくれてるんで」


 スナック街の場所は事前に確認してある。歩き始めるとカズマくんが小走りで俺に並ぶ。


「土地勘ない場所だし、目立つ建物だとかどこ曲がったかとか頭入れとけよ」


「うっす」


「――で、だ。すげえざっくり説明すると、キャバクラやスナックみたく接待する店は基本0時までしか営業できないわけ。バーは接待ないだろ? 飲食店扱いで二十四時間営業可能なの」


「え、ウチのガールズバーとかどうなるんすか? 接待してくれますよ」


 そういやカズマくんにコスプレバーに連れてかれて、それバレてて夏姫が拗ねたっけなぁ。


「ガールズバーだって基本は店員が女の子ってだけで飲食店だよ。あれは俺とカズマくんがスカムのVIPだから。店員が退勤後に店の制服のまま俺らと一緒に呑んだだけ――って名目。他の客にあんなことしないだろ?」


「……スカムの三代目継いで一番良かったのは、ウチの系列の店に行くとタダで飲み食いできるようになったことっすよ。あと女の子いるとこだとめっちゃモテるようになったっす」


「あんまり悲しいこと言うなよ……」


「昼間はファミレスあるし、夜は飲み屋があるじゃないすか。もう飯に困んないっすよ!」


 そんな悲しいこと、嬉しそうに言わないでくれ。


「そりゃあ衰えたっつってもU市最大の異能犯罪組織のトップだからな。組織的にも飲み食いぐらいで困らせる訳にいかないだろうし、店で働く女の子には当然モテるだろうよ」


 多分店の女の子たちはカズマくんを誤解している。若くしてスカムの会長の座に就いた裏社会のゴールデンルーキーぐらいに思っているのだろうが、その実態は半分神輿。女の子たちが思っているほどカズマくんに実権はないしそれ以上に金もない。


 俺は二代目スカム会長だったことは表に出てないのでそういうネームバリューはないが、異能犯罪に片足突っ込んでるような女の子にはバトルアリーナの出場選手ということでそこそこモテる。コスプレバーで俺についたバトルアリーナの常連で、俺のファンなんだそうだ。


 まあ、それがわかったところで夏姫のチェックが入っているしもうあの子に手を出すのは無理そうだけど。


「兄さん、俺また時間作りますんで、あのバー一緒に行きましょうよ」


「駄目。次の日夏姫ちゃんにバレててすげえ面倒くさかったんだから。監視カメラにアクセスして俺が女の子に抱きつかれてる画像印刷してた」


「……もしかして姉さん、俺が店の子といちゃいちゃしてたのも知ってるんすか?」


「勿論。店のセレクトはカズマくんの趣味だってちゃんと説明しといた」


「うわー、結構凹むっす」


 がっくりと肩を落とすカズマくん。


「なんでよ。夏姫ちゃん狙ってたの?」


 尋ねると、カズマくんは慌てて俺の言葉を否定した。


「そんな、まさかっすよ! 俺なんか恐れ多い……ただ俺、あの子が日本に来たときから知ってるんで。なんつーか、近所のお兄さん気分っつーか。そういう店に行ってると思われたくないじゃないすか」


 夏姫は兼定氏の息子の娘だ。息子さん奥さんと共に現在アメリカにいると聞いている。その娘である夏姫も向こうで生まれて育ったのだが、数年前に親元を離れて祖父である兼定氏を頼り日本へとやってきた。


 そしてすぐに誘拐されかけ――その場にたまたま居合わせた俺と知り合った。


「夏姫ちゃん、スカム系列の店なら防犯カメラにアクセス出来るみたいよ。女遊びを知られたくないんなら自重しな。系列にだって硬派な店、あるだろ?」


「そんなー、たまにはモテて癒やされたいっす。なんかいい手考えてくださいよ。兄さんだって結構楽しんだっすよね?」


「俺は別にバニーに惹かれたわけじゃないもん。露出高いのが好きなだけだよ。結果として露出が高いバニーコスは嫌いじゃないだけ」


「結局好きなんじゃないすか」


「まぁね」


「じゃあ――」


「ヤダ。夏姫ちゃんの機嫌とるの大変だったんだからな。飯食ってアクセサリーの一つも買ってやってお茶濁そうと思ったのに、結局一日あっちだこっちだって連れ回されてよ」


「……なんかのろけを聞いてる気分になってきたっす」


「なんでだよ」


 そんなくだらない話をしつつも、目は巡回中の警官がいないか確認し、足はスナック街に向いていて――


 そして。


「――警官もいなかったっすし、ここまでは順調でしたね」


「そうだね。それじゃあ行こうか」


 俺たちは、目的のスナック街――その通りの入り口に着いた。




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