第2章 襲撃 ①

 高速道路を走るセダン――そのスピードは制限速度を少し超えていたが、この程度の速度なら覆面パトと行き会っても取り締まられることはないだろう。


 取りあえずバーミンの本拠であるT市の中心――T駅を目指している俺とカズマくんは、例によって夏姫がいざという時の為に押さえてある潰していい車に乗って目的地に向かっていた。今し方駅最寄りのインターチェンジまで後五キロという看板を見た。ここまで約一時間――あと三十分もかからずに駅に到着するだろう。


 ここまで夏姫からの連絡はなし。この時間ならまだぎりぎり営業しているバーもあるだろう。そういう店に入って異能犯罪者こっち側の匂いがする奴に話を聞いてみるか――そんな算段をつけていると社内にパンキッシュなメロディが響いた。カズマくんのスマホだ。


 運転中のカズマくんに代りスマホを手にする。発信者はシオリだ。そのまま応答する。


「――シオリ? アタルだけど」


『あれ、カズマにかけたつもりだったんだけど』


「ああ、今カズマくんは運転中。街中ならまだしも高速だから代りにね」


『ああ、なるほど――瀧浪の件、引き渡しが済んだって連絡がきた』


「ああ、了解。サンキューな。奴には新天地で頑張って生きてもらいたいね」


『――本当にこれで良かったのかい? 連中に頼んで魚の餌にしてもらうこともできたのに』


「無駄無駄。金がかかるだけだよ。これで日本に戻ってくるような馬鹿なら知らないけど、もう二度と会うことはないでしょ」


『そうかい。アタシはてっきり――』


「――ヌルくなった、なんて言うなよ。効率を優先しただけだ。あいつ拷問して口割らせようと思ったらこんなに早く動けてなかったでしょ。本当に必要があったんならきっちり処分したさ」


『そうかい? ならいいんだけど――』


「こないだだってちゃんと辰神殺っただろ? 必要ならやる。心配すんな」


『ああ、わかった』


「こっちはもうじきT駅に着く。夏姫ちゃんと爺さん、頼んだぜ」


『はいよ』


 通話を終え――溜息を吐く。まったく、心配性だな。俺に言わせればクスリが抜けたばかりのシオリの方が心配なんだけどな。


「電話、シオリだった。瀧浪の引き渡しが済んだってさ」


 カズマくんに電話の内容を告げてやると、そうですかとカズマくんが頷く。


「あの、兄さん――聞いてもいいすか」


「なに、カズマくんまであいつ殺さなくて良かったのかとか言うわけ? 勘弁してよ、俺は殺人鬼じゃないよ。必要なら殺すけど、それより優先順位高いものを優先してるだけ」


「や、そうじゃなくて――今回の件、随分協力的だなって。兄さんにしては好戦的なくらいに」


「そうかな? 自分じゃそんなつもりないんだけど」


「そうすよ。兄さんて面倒くさがりなトコあるじゃないすか。それが他の組織との抗争に手貸してくれるなんて……やや、有り難いんすよ? 兄さんがいれば百人力っす。けど兄さんらしくはないかなって」


「ああ、そういうことか」


 カズマくんが言いたいことがおぼろげに見えてきて納得がいく。


「最初は俺も口だけだすつもりだったけど。っていうか最初はそう言ったよね?」


「はい」


「でも――これも爺さんに言ったはずだけど、明らかに相手がヤバイでしょ。そんな見境がない奴らが元会長で現相談役の孫娘――しかも一般人とそう変わらない程度の能力者だなんてのがいるとわかったら狙わないわけがない。夏姫ちゃんに危ない目に遭って欲しくないだけ」


 夏姫も能力者で、異能は発火能力パイロキネシス――発火能力者パイロキネシストだ。しかしその能力はライターの代わりになる程度のもので、身体能力も一般人よりマシな程度。だからこそスカムの敵対組織に狙われるようなことがあれば危険だ。夏姫一人で異能犯罪者に抗うことは難しい。


「――っていうかカズマくん。俺のことなんか気にする前に、この件済んだらバトルアリーナの運営スタッフちゃんとシメとけよ。瀧浪――他の異能犯罪組織の息がかかった選手が紛れ込むなんて明らかにスタッフのミスだろ。下調べが足んねえよ」


「その件すか……返す言葉もないっす」


「今は誰がバトルアリーナ回してるの? 俺が知ってる人?」


「はい、遊興部は丹村さんが仕切ってます。その下にそれぞれ専任スタッフが」


「丹村のおっちゃんかぁ。あの人この界隈にいるのが不思議なくらい人がいいからなぁ」


「一応別筋で、情報部が新選手の調査はしてるんですけど――さすがに以前とは精度が違うっつうか」


 それは仕方ない。以前のスカム情報部を仕切っていたのはスカムを割った辰神だ。奴の異能は過去知覚リトロコグニション――情報を知るという意味ではこれ以上はないというものだ。


「情報部、今は誰が仕切ってるの?」



「幾島さんです」


「……誰?」


「あれ? 面識なかったすか? 頬にでかい傷跡がある厳つい人っす」


「ああ――あの人か」


 カズマくんに人相を言われて思い出す。かつて夏姫と兼定氏の病室を訪ねた際、出迎えてくれた人だ。


「元々荒事や汚れ仕事を担当してた人なんすけど」


「畑違いもいいとこじゃんよ」


「情報部はほとんど辰神の息がかかってて、あの件で情報部にいた人間は全員スカムから離れました。他に情報に強い人材がいなくて」


 溜息混じりにカズマくん。スカムが割れて小さくなったことにより現メンバーの結束は固くなったが――こういう点で不自由があるというわけだ。


「で、なんでその幾島さん? が情報部仕切ってんの? まさかの精神観測者サイコメトラーとか? それとも催眠能力者ヒュプノシストとか?」


催眠能力者ヒュプノシストはともかく、ウチに精神観測者サイコメトラーがいればこんなことになってないすよ」


「そりゃそうか」


 精神観測者サイコメトラーは異能犯罪者界隈ではほぼいない。まともに生きていれば成功を約束された能力だからだ。成功するのがわかっていて道を踏み外す奴はいない。日本中くまなく探せば裏の仕事を請け負う輩もいないではないのだろうが――


「情報に強い能力じゃないなら、なんで?」


「あの人、ウチの今のメンバーで一番拷問が上手いんすよ」


 思ってたよりひどい理由だった。


「情報部はスカムのストロングポイントだったからな。ちゃんと補わないとまたどこぞの馬鹿につけこまれるぞ」


「俺としちゃあ兄さんと姉さんに任せたいと思ってるんすけどねぇ」


「俺と夏姫ちゃんに? ――ダメダメ、夏姫ちゃんには犯罪から足洗って欲しいんだよ、俺は。異能犯罪組織こっち側になんて引き込めるか」


「じゃあ兄さんだけでも」


「夏姫ちゃんを添え物みたいに言うなよ、ぶっ飛ばすぞ」


「いやいや、兄さんがスカムに協力的なら姉さんも協力してくれるじゃないすか、今日みたいに」


「言っとくけど爺さんも夏姫ちゃんにはまっとうな道歩かせたいと思ってるんだからな。舐めたこと言ってるとシメられるぞ」


「ええ? だって前の時、姉さんにスカム継がせるって――」


「あれは俺を動かすためのブラフだよ。カズマくんもちゃんと覚えとけ。夏姫ちゃんには異能犯罪には関わらせない。今回みたいな件でもし捕まるようなことがあっても、夏姫ちゃんについては断固黙秘だ。死んでも吐くなよ」


「了解っす」


 カズマくんが頷いたところで、前方にインターチェンジへの分岐路が見える。


「ほら、着いたぜ。下道に出たら連中の本拠地だ。気ぃ抜くなよ」


「うっす」


 頷きながらカズマくんはハンドルを操作する。


 さて、駅に着く頃には夏姫ちゃんからの連絡があるといいんだけど。



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