第1章 火種 ⑦

「はぁ? あっくん、なに言ってるの?」


「向こうがスカムに喧嘩売ってきてるわけじゃん? 向こうの組織の性格的にもう激突は避けられない。それとも夏姫ちゃんの読みじゃバーミンはこっちの本拠地――それも資金源のバトルアリーナに刺客送って、失敗したから手を引くような組織なの?」


「……そうは思わないけど」


「向こうも賭場荒らしがどうなったか観測する監視役ぐらい観客に紛れ込ませてるんじゃない? もう賭場荒らしは失敗したって伝わってるでしょ。動くのは早いほうが良い」


「……アタル、簡単に言うがな。言いたくはないが今のスカムにバーミンと真っ向からやり合う力はないぞ」


「だからって向こうに潰されるのを待ってる訳には行かないだろ?」


「それはそうだが――」


「話を聞く限りそこまでまとまった組織じゃないよ。正面切って総力戦をする必要なんてないんだ。トップの連中を消せば空中分解するんじゃないかな」


「それだって簡単なことじゃないぞ」


 兼定氏が眉をしかめる。その爺さんに俺は言った。


「俺が行く。多分このままならすぐにでも仕掛けてくるだろ。奴らが攻めてくる前にこっちから打って出る」


「――口しか出せないんじゃなかったのか? 夏姫はどうする」


「状況が変わっただろ。夏姫ちゃんが狙われるかも、じゃない。そんな連中なら確実に狙ってくる。身内は狙わないって矜持があるような連中とは思えないし。シオリ――爺さん共々夏姫ちゃんのガード、頼めるか?」


 尋ねると、電話を終えたシオリが頷く。


「あんたがそうしろって言うならアタシは構わないよ。けどそういうことならカズマにガードさせてアタシが一緒に行った方がいいんじゃない? ――あ、連絡役むこうには連絡ついたよ。細かい詰めはまだだけど、今夜なら丁度向こうへ行く便があるってさ。三時には出るっていうから、それまでに現地に行けば」


 瀧浪を国外に逃がせるというわけか。時計に目をやる。今の時刻は深夜一時前――二時間もあれば瞬間移動能力者テレポーターを雇って現地に向かわせることはできるだろう。


「そいつは僥倖。その線で手配しちゃって。ガードの件だけど――カズマくんは駄目だよ。俺と一緒に現地に乗り込むから」


「え――?」


 丁度電話を終えたカズマくんが驚いた様子で俺を見る。


「――んだよ、その顔。運びポーターは確保できた?」


「え? うっす、瞬間移動能力者テレポーターを確保できたっす。ちょ、俺も連れてってくれるんすか?」


「嫌なら俺一人で行くけど?」


「嫌じゃないっすよ! 前ん時は渋ってたし、今はシオリさんがいるっすから俺はてっきり留守番かと」


「シオリの異能は万能だし、暗殺にも向いてるけどさ。初見殺しはカズマくんが最強でしょ。連れてかない理由がないよ」


 シオリとカズマくんは俺と同じく超越者だ。シオリの異能は《夜鷹の縄張り《ホークアイ》》。自身を中心にした一定範囲を俯瞰で捉える第三の目で常に範囲内を観測できる。本人の卓越した射撃能力もあって、攻めるも守るも応用が利く怖ろしい能力だ。


 対してカズマくんの異能は《忍び隠れる《ハイド・アンド・シーク》》。身につけたものと自分自身を数秒間不可視にする能力だ。言葉にすると大したことがないように思えるが、戦闘においてこれほど役に立つ異能も珍しい。特に奇襲では無類の強さを発揮する能力だ。打って出る戦いでカズマくんを使わない手はない。


「――夏姫ちゃん。そういうつもりで動きたいんだけど、いいかな?」


「なんで私に聞くの?」


「だって――」


 ――だって、だってさ。夏姫だけが、俺の――


 口ごもると、何か察したのか夏姫が微笑む。


「あっくんはそれが最善だと思うんだよね?」


「え? ああ、うん――観客に見張りが紛れ込んでいたとして、もう失敗したって連絡は行ってると思うんだよね。そしたら連中、今夜にはもう準備して明日には攻めてくるでしょ。だったら先手を打つためにも今夜中に向こうに乗り込むべきだと思う」


「……相手のヤサもわからないのに?」


「それは夏姫ちゃんに期待してる」


「んもう、調子いいんだから……いいよ。今のスカムを動かしてるお爺ちゃんとカズマくんがいいならそれでいい」


「だってよ、爺さん。構わないよな?」


「お前とカズマが向こうに攻め入るというのはそれでいい。こちらの守りはどうする?」


「それは爺さんが指揮とってくれ。まあでもウチの事務所に立てこもるのが妥当かな」


「うん? 儂の家じゃ不味いのか?」


「天龍寺家なんて向こうにも割れてるだろ。夏姫ちゃんと俺の何でも屋の事務所の方が知られてない可能性が高い。シオリもいるし、スカムの腕利き何人か連れて立てこもってりゃそうは崩せない」


「ふむ――なるほど。そうしよう」


「爺さん、いいってさ」


「カズマくんに聞いてないじゃん」


「カズマくんは俺が白だって言えばカラスも白いって言うもん」


 視界の端でカズマくんが微妙な顔をしているが、無視。


「もう、あっくんは本当に……カズマくん、あっくんに無理言われたら私かお爺ちゃんに言うんだよ?」


「はいっす――いえ、兄さんの言うことに間違いないんで平気っす」


 平気ってなんだよ、この野郎。


「決まりだな――まとめるぞ。カズマくんはすぐに運びポーターをここに呼んで。そんでそのスキンヘッド――瀧浪をシオリが話をつけた相手に確実に届けるガードを手配。ここに集めな。運びポーターが来たらまず夏姫ちゃんとシオリ、爺さんをウチの事務所に。その後は俺とカズマくんを夏姫ちゃんのマンションに。最後に瀧浪とガードを現地に運ぶように手配。その後は俺と一緒に車でG県入り。運転頼むぞ」


「うっす、了解っす!」


「シオリは向こうの連絡役と話詰めて、ガード役に引き継ぎ。あとは夏姫ちゃんと爺さんを頼む」


「はいよ、任せな」


「爺さんは向こうの襲撃があったらスカム動かして。能力弱化してんだから自分で前に出ようとすんなよ。後運びポーターの支払いよろしく」


「うむ、任された」


「夏姫ちゃんは事務所に戻ったらバーミンのヤサ洗って教えて。わからなければ奴らのフロント企業とかでもいい。電話だと出られないかもしれないからメッセで送って」


「はいはーい。敵も多い組織だからね、多少は情報拾えると思うよ」


「頼りにしてる」


「んー。そういうのは二人の時に言って欲しいかなー」


 何故だか場の人間の視線が俺に集まる。いや、そんな甘い言葉を言ったわけでもないだろ。


「……なに見てんだ。なんか文句でもあんのか」


 マジで瀧浪だけにはそんな目で見られる謂れがないので絡んでやる。


「いや、そんなことはないが……」


「つうかあんたが接触した人間はどうせ仲介屋か下っ端だろうからアレだけど、あんたが知ってるバーミンのこと、吐けよ。本来救われねえ命をこっちの身銭切って救ってやろうってんだ、そんぐらい役に立てよ」


「あ、ああ、勿論だ。あんたたちが話していた通り客席に確認役がいたはずだが、誰がそうかはわからない。接触したのは多分下っ端だ。少なくとも幹部クラスの人間じゃないだろう。仲介屋じゃなかったことは確かだ。構成員と名乗っていた」


「……だろうな。接触はどこでした? まさか電話で仕事の中身まで打ち合わせしたとか言わないよな?」


「場所は駅近くの路地裏だ。そう言えば構成員が問題を起こすから、面が割れている人間は都市部の飲み屋を使えないと言っていたな。幹部は自分たちで経営するバーを利用するが、平の構成員はなかなか使えないとも」


 だから路地裏で、というわけか。


「黙ってりゃあいいものをペラが回る馬鹿がいたもんだ。夏姫ちゃん――」


「――オッケイ。そっちの線からも当たってみるね」


 グッっと親指を立てる夏姫。頼もしいぜ。


 しかしこんなに規模がでかくなりそうな喧嘩は久しぶりだな。出来れば今夜中にバーミンのトップを殺して瓦解させてやりたいところだが――


 ――と。


「あっくん」


 夏姫が真剣なトーンで話しかけてくる。


「うん?」


「あっくんのことだから大丈夫だとは思うけど」


「うん」


「無理しないでね。ちゃんと帰ってきてね?」


「はいよ。夏姫ちゃんはいつも通り、待っててくれればいい」


「うん」


 夏姫とそんな話をしていると、にわかに部屋の外が騒がしくなる。手配したガードや運びポーターが到着したかな。


 ――さて、抗争だ。馬鹿と喧嘩して命を落とすのはご免だ、さっと終わらせていつもの暮らしに戻ろうか。



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