第4章 リアル ①
この街の異能犯罪者の頂点に立つのは、間違いなく兼定氏――天龍寺兼定その人だ。
自身が若い頃に当時の異能犯罪者たちをまとめあげ、異能犯罪組織スカムを新興。現在もその会長の座に留まっている。
実質的にこの街を制したスカム――その会長である兼定氏は政治力やカリスマだけでなく、能力者の象徴たる異能も強大だ。還暦を過ぎた今でもなお強力な念動能力(サイコキネシス)を操り、必要があればその力も示してきた。
アンタッチャブルと呼ぶに吝かでない――そんな人物。
確認の為、もう一度夏姫に問いかける。
「……夏姫ちゃん、悪いんだけどもう一度話してくれるかな」
電話では埒が明かないと判断した俺は、カズマくんが殺った男を車のトランクに詰め込み、スーツくんはふん縛って後部座席に叩き込んだ。そのままじゃ逃げられてしまう可能性もあるので、カズマくんはスーツくんの隣で彼を見張り、俺の運転でマンションに急行。
カズマくんにそのままスーツくんを見張らせて自室へ戻ると、夏姫は玄関先でスマホを抱いて泣いていた。その肩を抱いて、夏姫の頭を撫でてやる。
「うん……お祖父ちゃんが何者かに襲われたって。能力者の生命力なら即死するような怪我じゃないみたいなんだけど……」
まだヒステリー状態なのか、夏姫はすすり声で辿々しく話す。
「出血が酷くて循環性ショックだとかで病院に運ばれたって……」
続けられた言葉に俺の鼓動も僅かに跳ねる。
俺も含めて能力者はしぶとい。一般人なら耐え難いような怪我でも、能力者の体力・生命力なら乗り越えることがある。さっきのスーツくんもそうだ。俺の一撃で肝臓に甚大なダメージがある筈だ。一般人なら即死もあり得た。
兼定氏も名を馳せた能力者だ。よほどの怪我でも耐えるのではないか――そう思わせる傑物である。が、循環性ショックはマズい。出血のせいで血圧が下がり瀕死状態に陥ったのだろう。スカムにも異能で傷を癒やす治癒能力者(ヒーラー)がいるが、奴らの能力は基本的に自己治癒の助長だ。欠損した部位や失われた血液の補填などはできない。
「誰から聞いた? 電話で?」
「うん、そう……名前はわからないけど声に覚えがあった。多分、幹部の誰か……」
しゃくり上げる夏姫の背中を撫でながら、
「そう。運ばれた病院はどこか聞いた?」
「○○病院だって。スカム系列が運営してるところ……」
あそこか。表向きは一般的な私立総合病院だが、その元を辿れば巡り巡って兼定氏に行き着く。いわば自分の城の一角というわけだ。あそこなら一応危険はない、のか……?
スマホを取り出して、車中で待つカズマくんに電話をかける。マンションへ戻る最中簡単に夏姫からの話を説明しておいた。カズマくんにはスーツくんの見張りをさせながら、裏を取らせていたのだが――
数コールも待たずに、カズマくんが応答する。
『はい、カズマっす』
「俺。裏は取れた?」
『はい。会長が襲われたのも緊急入院したのも丹村さんに確認取れました。何処の誰だか知らないっすけど、ウチの会長を襲うなんてやってくれましたね』
「そうな。その話は後でゆっくりしようぜ。で、兼定氏の容態はわかる?」
『手術は一応無事に済んで、命の危険は無いそうです。ただ……』
サブが口ごもる。言いにくい事なんだろう。
「ただ、どうした?」
『左腕が肩からスパッとやられたみたいっす。ご丁寧に腕も潰してくれやがったみたいで縫合も無理らしくて……』
「……それでも死んじまうより全然マシだ。そうだろ?」
『はい。そうっすね』
「とりあえず俺は夏姫ちゃんを連れて病院に行く。カズマくんは――」
『俺も行くっす!』
「――連れていきたいけどさ、スーツくんとそのお友達をそのままにはしておけないだろ?」
『う……そうっすね』
食い気味にアピールするサブを切り捨てる。どっちが大きな問題なのかは明らかだが、だからといってこのままスーツくんを放置するわけにもいかない。サブがこさえた死体もだ。
「とりあえず、だ。カズマくんにも舎弟いるだろ? そいつら呼んで先にそっちをなんとかしてくれ。入院先はわかってんだから後からおっつけな」
『わかったっす。兄さん、会長と夏姫姐さんのことよろしくお願いします』
「あいよ」
そう言って通話を締めくくった俺は、夏姫に向き直る。
「夏姫ちゃん、病院行ってみようか。心配でしょ?」
「でも、私に電話くれた人が危ないかもしれないから私は来るなって……」
確かに、と胸中で頷く。兼定氏が狙われたのだ。兼定氏の孫娘で、スカムの次の旗本の候補に名前が挙がる夏姫も標的になる可能性は十分にある。事実過去に夏姫は敵対組織に誘拐されかけた。
けれど。
「大丈夫だよ」
と、夏姫に言ってあやすように背中を叩いてやる。そして手を取って立たせ、
「俺の目の前で夏姫ちゃんを危ない目になんか遭わせないさ」
「あっくん……」
夏姫が呟く。儚げに揺れていた瞳に少しずつ熱が戻る。そっぽを向いて目元を手の甲でぐいっと拭うと、夏姫はまっすぐに俺を見つめ、切実に――
「お願い。連れてって」
「ああ、任せてよ」
俺は強く頷いた。それでいい。夏姫のような女の子が泣いているのは気持ちのいいものじゃない。
兼定氏を襲い、夏姫を泣かせた襲撃者はどんな奴だろうか。念入りに礼をしてやらなきゃならないな。
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