第3章 裏通り ②
「着いたっすよ。一応ウチの経営の一つで、まあ普通の飲み屋っすね、ここは。客層も一般人からこっち側まで様々っす。中、覗いていきますか?」
とある居酒屋の駐車場に車を停め、カズマくんは簡単に説明をしてくれる。
「ん、後回しでいいかな。一番クサそうな所に行こう。暗くて、ヤバイのがいそうな感じの」
車を降りてそう言うと、カズマくんは露骨に嫌そうな顔をする。
「なんで楽しそうなんすか」
「楽しいでしょ?」
「俺は兄さんほど肝座ってないんで、普通に怖いっすよ。っていうか目的を聞いてないんすけど。裏側を見に行くって言ってたっすけど、何が知りたいんすか」
「そのまんま。様子を見たい」
目的はリアルの存在の確認だ。構成員を確認できれば好都合。可能なら栞ちゃんを誘拐したのがリアルかどうかも確認したい。しかしそれを正直に話してやることもない。というかカズマくんの立場上、知らないまま俺に連れ回されていたって形のほうがいいだろう。
「さ、行こうか。カズマくん、先導して」
言いながら、半袖パーカーのフードを目深に被る。バトルアリーナに出ている俺の顔を知っている奴がいないとも限らない。
「マジで気が進まないんすけど」
「肉……夏姫ちゃんの金で食った肉……俺の三倍食った肉……」
「兄さんは酷い男っすよ。叶うならいつかぶん殴ってやりたいっす」
「いつでも来い。今からでもいいぞ」
「すんません自分ちょっと調子乗りました」
カズマくんはそれ以上ごねることもなく、タバコを咥えて人通りの少ない方へと歩き出した。飲み屋が並ぶ通りから、一本、また一本と裏へ入り、細い路地へと踏み入っていく。電灯はなく、需要があるのか疑問になる自販機や、建物から漏れる灯りだけが頼りの薄暗い通り。
雰囲気は十分。そこらの角から殺し屋でも出てきそうだ。
「おー、こんなスラムみたいな通りあったんだ。ここって日本だよね?」
「飛行機にも船にも乗った覚えはないっすねぇ。この辺りはスカムの管轄外っすよ。他の組織は勿論、うちからはじかれた奴らとか、群れない奴とか、ガチに身を隠してる奴とかのテリトリーっす」
「ふぅん。いいね」
小声で尋ねると、同じく小声で返ってくる。足を止めて周囲の建物を見回す。
「……うーん、どっかから見られてるなー」
「まじっすか。勘弁して欲しいっす」
――と、近くの物陰からぬっと人影が現れた。若い男だ。昼間のスーツくんとは違う、チャラチャラした感じのチンピラに見える。見た感じ、敵意は感じられない。
その男がヘラヘラと、
「見ない顔だな。なんか探してんのかい? ガンジャとアイスならあるよ。どう?」
ガンジャにアイス。大麻と覚せい剤の隠語だ。売人か。
「いや、そういうのは……」
「あーあー、ガンジャ貰おうかな。コークはねえの?」
俺の言葉を遮って、サブが売人に笑いかける。
「お、話せるね。そっちは扱ってねえよ。系列が違くてね」
「ここらで買える人知らない?」
「知ってっけど、商売敵だしよ。この辺うろついてりゃそのうち会えるかもな?」
談笑しながら、サブは紙幣をいくらか渡し、代わりにタバコの箱をいくつか受け取った。あの箱の中に、紙で巻いたアレが入ってるってことだろう。
「じゃあな。早めに帰れよ。そんなもん持ってて職質受けても知らねえぞ」
「オッケーオッケー」
用は済んだとばかりに去っていく売人を、カズマくんは笑顔で見送った。
「……カズマくん、そんなもんやってんの? 不良だなぁ…… 犯罪だよ? 麻薬ダメ、絶対。売るだけにしときな」
「兄さんらしい言葉っすね……いや、俺はやらないすよ。市場調査って奴っす」
「市場調査?」
不可解な事を言うカズマくんに、俺は疑問を投げかける。
「ウチも大麻と覚せい剤は扱ってますからね。ちょっと怪しかったんで、ウチのものかどうか確認っすよ。コカイン扱ってたらウチの下じゃないの確定だったんすけど」
再び歩き始めながら、雑談を続ける。
「スカム絡みじゃなかったらどうすんの?」
「顔覚えたんで、密輸ルートまで遡って根こそぎ潰します。違う薬だってんならまだしも、商品丸かぶりじゃ見逃せないっすもん」
「なにそれ怖い。ヤクザみたい」
「ヤクザすよ。構成員がほぼ百パー能力者のスペシャルな感じの」
「おお、おっかねえ」
そう嘯くと、カズマくんはジト目で見返してきた。
「そのおっかないのをたった一人で震え上がらせるのは誰なんすかねぇ」
「いや、俺なんてまだまだ。今日もスカムの新顔に胸倉掴まれたもん」
「ええ? 誰すか? その怖いもの知らず」
「えっと……丹村のおっちゃんの下の、羽柴とか言ったっけ?」
「ああ、あいつっすか。羽柴が兄さんに失礼を? シメときますか?」
「だめだめ。ありゃあ相当俺に本気だよ。泳がせときな。俺を指名してんだから、奴の相手は俺がするよ」
「もう、手加減してくださいよ、マジで。いくら兄さんでもスカムの人間殺したら洒落にならないすからね?」
「わかってるって。俺も兼定氏と敵対したくない」
そんな話をしながら裏路地を練り歩いていると、ふと目に止まるものがあった。小さい、本当に小さい電飾の置き看板だ。光量を絞っているのか、それとも年代物なのか――その明かりはぼんやりとしていて、この暗い裏路地でもうっかりすれば見逃してしまいそうなものだ。書かれている文字はBARの三文字だけ。
――いいね。
「カズマくん、この店知ってる? スカムの系列かな?」
「いや、知らないっす。明らかに堅気の人間が出入りする雰囲気じゃないっすよね」
「だよね」
その置き看板を出している店舗らしき建物を見る。隙間に無理やりねじ込んだようなコンクリートむき出しのその店は、周りの建物に比べればマシに見えるが、それでも相当くすんで見える。生活感も薄く、まっとうな営業をしているようには見えない。
「入ってみるか」
「……一応聞くっすけど、断る権利あります? 気が進まないんすけど」
「俺は入るよ。カズマくんが嫌ならここで待っててもいいけど」
「そっちの方が嫌ですよ。着いてきます」
まあそうだろうな。こんなところで一人で待たされるとか、いくらカズマくんが能力者――いや、超越者だといっても、あまり良い気はしないだろう。
俺はその店のドアに手をかけ――
「よーし、行くぞー」
「もめたりしないで下さいよぉ」
なにげに人をならず者扱いするカズマくんを黙殺し、ドアを押し開けて中に入った。
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