第3章 裏通り ①

「……とまあそんな感じ」


「リアル、ねえ……私も聞いたことないな」


 俺の報告を受け、夏姫が首を捻る。


 辰さんほどでないにしろ、夏姫も情報通だ。その夏姫にも聞き覚えがないとなると、かなりフレッシュな情報なのだろう。


「と言う訳で、現地に行って怪しい連中でも見繕ってこようかなと思うんだけど」


「んー、下調べしてからの方が良くない?」


「そうしろって言うなら従うけど、いくら栞ちゃんに命の危険はなさそうでも、急ぐに越した

ことはないと思うんだよね」


「そりゃそうだけど……その心は?」


「完全に私見だけどさ」


 夏姫の疑問に答えてやる。


「相手は栞ちゃんを利用したいわけじゃん? でも栞ちゃん、今はまだ抗ってると思うんだよね、多分」


「なんで?」


「俺が犯人なら、完全に屈服したら一旦解放する。一回親元に返して、栞ちゃんの意思で改めて家を出るように仕向ける。そういう形とったほうが後腐れないでしょ」


「半裸の写真、相馬さんに送ってるじゃん。それはどうするの?」


「そんなの口八丁でどうにでもすればいいじゃん。ストーカーでっち上げて示談の形をとってもいい。そのくらいの金は用意するだろうさ」


「……なるほど」


「そうじゃなくても、ストックホルム症候群もある。被害者が犯人に肩入れしちゃう奴な。相手だって馬鹿じゃないだろうし、アメ役とムチ役で硬軟織り交ぜて揺さぶるくらいはすると思うんだ。万が一栞ちゃんが向こう側に傾いたら、奪還は相当難しくなるよ」


 なんせ栞ちゃんが覚醒しかけている能力は精神観測(サイコメトリー)だ。覚醒したてで使いこなせる能力じゃないが、助ける段階でこちらの意図を察知される――なんてこともある。その時、栞ちゃんの意志が犯人側だったら、結果は……推して知るべしという奴だ。


「そっか……でもあっくん一人で敵地に乗り込むなんて危なくない?」


「カズマくんが暇してたら連れてくよ。飯かなんかで釣ればついてくるでしょ」


「いいのかなあ……」


「あいつスカムってより天龍寺さんちの小間使いって感じじゃん。平気平気」


 渋る夏姫を他所に、俺はスマホを取り出して電話帳を開く。目的の名前を見つけ、通話ボタンをタップ。


 待つことしばし。


『うっす、カズマっす』


 電話口から元気な声が聞こえてきた。


「おー、カズマくん。元気?」


『兄さん酷いっすよー。いくらなんでもやりすぎっす。俺、昨日怒られたんすから』


 唐突に浴びせられる非難の声。白人をシメた件かな?


「おー、ごめんな。お詫びに回らない寿司食わせてやるよ。今、暇?」


『まじっすか! 暇っす! ゴチになります!』


「んじゃ行くか。今どこ?」


『街にいますよ。白人さん引きこもっちゃって、仕事なくなったんでプラプラしてたっす』


 よしよし、なんて都合のいい奴なんだ。


「そんじゃウチの事務所まで来てよ。表で待ってるからさ」


『了解っす!』


 返事を聞いて、通話を終える。


「カズマくん、暇だってさ」


「んもう、強引だなぁ」


 そう言って夏姫は財布を取り出し、諭吉さんのブロマイドを何枚か抜き出す。


「はい、これ。ちゃんとカズマくんに美味しいもの食べさせてあげて。回らないお寿司なんて言って、コンビニのいなり寿司かなんかで済ます気だったんでしょう?」


 鋭い。何でわかったんだ?


 俺は有り難く諭吉さんのブロマイドを受け取る。うん、完全にヒモの所業だなぁ。


「ありがとう、夏姫ちゃん」


「バイクで行くの?」


「いや、カズマくんいるし、車出してもらうよ」


「そ。気をつけてね?」


 道中を、ではない。現地での活動を、だ。


「はいよー。夏姫ちゃんも頑張ってね。ネット上やパソコンから手がかり見つかれば捜索楽になるからさ」


 事務所のパソコンの横に、相馬邸から持ち帰った栞ちゃんのノートパソコンが並んでいた。俺が留守にしていた間も、何が手がかりを得ようと格闘していたのが伺える。


「うん、ありがと。頑張るね。それじゃあ行ってらっしゃい」


「行ってきます」


 そう言葉を交わし、俺は座っていたソファから腰を上げた。




 寿司より肉がいいと言うカズマくんブのリクエストで、俺たちは国道沿いのステーキ屋で早めの夕食を採った。先にサブを外に出し、会計を済ませて表へ出る。すると、気を利かせたカズマくんが店の出入り口に車を回していた。古い型で、スポーツモデルのセダン。車高が低く、峠でタイヤを鳴かせていそうな奴だ。その厳つい車の助手席へするりと乗り込む。


 車中では、カズマくんが満面の笑みを浮かべていた。


「ご馳走さまでした! マジ美味かったっす!」


「おー、そりゃ良かったな」


「いやー、あんな分厚い肉久しぶりに食ったっすよー」


 なにげに悲しいことを言う奴だ。


「お前だってまがりなりにもスカムの一員だろ。そんなに金ないの?」


「俺下っ端ですし。会長に可愛がってもらってるんでそれは有り難いっすけど、金回りとなると、どうも……基本会長のパシリなんで、たまにもらう小遣いが生命線なんすよ」


「今度兼定氏に会ったら、もっと小遣いやれって言っとくよ」


「まじすか、有り難いっす! でもやんわりにしといて下さい。がっついてるって思われてもアレですし」


 そう言ってカズマくんは笑う。抜け目のない奴だ。


「それで、兄さん。この後どうしますか? 飲みにでも行きますか……って、兄さんは酒飲まないんでしたっけ?」


「うん。俺未成年よ?」


「重犯罪者の割に変なとこモラルあるっすね。じゃあ女の子のいる店でも行きますか?」


 未成年をどこに誘ってるんだ、こいつは。こうみえてこいつもやっぱ真っ当じゃないんだよなぁ……


「女が欲しい時は一人で行くよ」


「じゃあお帰りっすか。事務所すか? マンションすか?」


「どっちでもない。川向うの裏側を見に行くぞ」


「え……?」


 俺の答えに、カズマくんが固まる。


「裏側って、つまり」


「そ、俺たちみたいなのがうろうろしてそうな所。カズマくんなら俺よか詳しいでしょ。案内してよ」


「勘弁して下さいよー」


 と、カズマくんが顔をしかめる。川向うもスカムの影響下なのは間違いない。スカムが経営する店もあれば、スカムの構成員が出入りする店が何件もある。しかし、街の中心はあくまでこちら側――東側なのだ。言い換えれば、西側にはこちらに比べ、スカムの目を逃れられる隙間が多い。つまり、西側は東側よりスカム以外の異能犯罪者が多くいる、という訳だ。


「カズマくん。肉、美味かった?」


「超美味かったっす……」


「カズマくんと飯食うって言ったらさ、夏姫ちゃんがお金出してくれたんだ。優しいよね、夏姫ちゃん」


「金の出処、夏姫姐さんの財布だったんすか……」


「肉、美味かったな。カズマくんどれくらい食ったっけ?」


「……三百グラムを二枚いただきました……」


 しかも無駄にブランドの牛をな。俺は二百グラム一枚だったのに、二人で諭吉ブロマイドが三枚トレードに出された。ギリで一葉ブロマイド返ってきたけど。小遣いをくれた夏姫に感謝が尽きない。


 でもまあ値段に見合う味ではあった。また日をあらためて夏姫と食べに来るのもいいかもしれない。栞ちゃんの奪還の打ち上げでもいいな。


「……兄さんの飯の誘い、これからは断っていいすか」


 悲しげにカズマくん。


「そんなこと言わないでよ。俺、カズマくんぐらいしか友達いないのに」


「兄さん友達いなくても全然平気なタイプじゃないっすか……」


 カズマくんは色々と諦めたようで、ようやっと車を発進させた。


「ずばりここだって目的地はあるんすか?」


「ない。適当な店に入ろう。そこに車停めておいて、あとは歩く。ひたすら歩く」


「了解っす。長い夜になりそうですね……」


 口をとがらせるカズマくんをなだめようと、


「まあまあ。帰りにファミレスにでも寄ろうぜ。奢るからさ」


 そんな言葉を投げかけるが、カズマくんは深い溜め息をつくだけだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る