第2章 彼女は誰に ②
一度、言葉を区切って相馬夫妻に尋ねる。
「娘さん、何かに悩んでいる様子はなかったか?」
「いや、気づかなかったな……お前は?」
相馬氏の問に、奥方は首を横に振る。
「そうか。でも悩んでいたはずなんだ。幻覚や幻聴に悩まされて、表向きは笑顔でも、かなりストレスを溜め込んでいたと思う」
そう言って、部屋から持ち出した三冊の本をテーブルに置く。
「『幻覚と精神心理学』、『死後の世界と霊の存在』、『能力者の異能』……部屋に不釣り合いなこの三冊。ノートパソコンを調べてみれば、そういったことを調べた履歴や、SNSかなんかで相談した形跡も見つかるかもな」
「……話が見えない。どういうことか説明してくれるかい?」
「――娘さんは能力者じゃないと言ったな。それはある意味正しい。正確には、今までは能力者じゃなかったってことだ」
「――なんだって?」
顔色を変える夫妻を押し留め、説明を続ける。
「異能を持たずに生まれた個体が、後天的に能力を発現させて能力者として覚醒することがある。本当に稀なことなんだけどな。幻聴や幻覚に悩まされるってのは精神に作用する能力に目覚めつつある個体に見られる特徴だ」
「娘が、異能を……?」
「多分な。『幻覚と精神心理学』、『死後の世界と霊の存在』……『幻覚』や『霊』は、精神観測(サイコメトリー)に覚醒しつつある個体に見られる典型的な症状だと聞いたことがある。おじさん、精精神観測(サイコメトリー)はわかるかい?」
「名前だけは……」
曖昧な返事の相馬氏に説明してやる。
「精神観測(サイコメトリー)は触れた人や物の記憶を読み取る能力だ。その能力が暴走してなんでもかんでも記憶を読んじまって、それを『幻覚』や『霊』と勘違いするんだ。超能力系の異能だが、かなりレアな能力だな。頻繁に見かけるような能力じゃない」
「……栞ちゃんが精神観測(サイコメトリー)に覚醒しつつあるというのはわかったよ。でもそれって栞ちゃんが誘拐されたことと関係あるの?」
確認できた状況と、事件の関連について夏姫が疑問を口にする。
「あるさ。精神観測(サイコメトリー)に覚醒しかけの一般人だよ? そんなタイミングで誘拐されて、身代金の要求もない。目的が栞ちゃん本人だからだ。だから犯人たちは、栞ちゃんの失踪を大事にするなっておじさんに警告したんだ。本人さえ確保できれば他に用はないからね。娘の半裸の写真なんて、父親にしてみればそれ以上の脅しはないでしょ?」
「あ、そういうことか……そうだね、確かに」
どうやら俺の言葉で夏姫は犯人に見当がついたらしい。
俺は改めて夫妻に向き直り、
「おじさん、奥さん。娘さんは異能犯罪者、もしくは異能犯罪組織に誘拐された。多分この線で間違いない」
その言葉で奥方はわっと泣き崩れ、相馬氏は額を抑え、俯いて呻く。
「……なぜ、家の娘がそんなことに……」
「精神観測(サイコメトリー)ってのはやばい能力なんだよ。何がやばいって万能過ぎる。初めて触る道具でも、道具そのものの記憶を読んでベテランの練度で操るし、乗り物だって同様だ。警察に入れば取り調べや操作で絶大な成果を出すし、公安なら前線から潜入工作まで何でもこなすスーパーエージェントになれる。知ってるか? 能力者の受け入れをしてる私大なんかだとな、精神観測者(サイコメトラー)ってだけで入学から卒業まで保証されんだぜ。社会貢献が約束されてるからな」
「それが、どう誘拐と……」
「まあ聞けよ。つまり希少な精神観測者(サイコメトラー)ってのは生まれたときから成功が約束されているエリートなんだ。成功するのがわかっていれば、道を外れることもないだろ? でも、その絶大な効果を悪用すれば……まあ、わかるよな」
「栞を、栞の異能を悪用しようと……」
「そういうこと。普通に生きていれば成功が約束されている精神観測者(サイコメトラー)は、道を外れて犯罪に手を染めることはない。皆無だ。そこで、まだ不覚な娘さんって訳。完全に覚醒する前に手なづけて手駒にしようって算段だと思うぜ。普通に生きてきた女子学生に言うことを聞かせる方法なんていくらでもある。登下校中や遊びに出た先で暴走してる能力をキャッチされたか、じゃなけりゃネットで悩み相談でもして嗅ぎつけられたのか……そのあたりで目をつけられたんだろうな」
「そんな……」
「……逆に言えば、これは朗報だと言えるぜ」
「どこがっ、朗報なんですかっ……?」
「すみません、あまり大声は……」
泣き喚く奥方を夏姫がなだめ、責めるような視線を俺に向ける。
「ちょっとあっくん? 異能犯罪者に拐われたなんて絶望的じゃない。どこが朗報なのよ?」
「現状でこれ以上の朗報はないでしょ? 娘さんが殺される心配はなくなった。殺しちゃったら拐った意味もなくなるじゃん?」
そう答える。そして相馬氏に向けて、
「なあ、おじさん」
「……なんだい」
「良かったな、おじさんの依頼は完遂できそうだ。娘さんは必ず取り戻す。そして犯人には娘さんを拐ったことを心の底から後悔させてやるぜ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます