第2章 彼女は誰に ①

 さて。


「普通のお家だねー」


 丑三つ時に差し掛かった頃、俺と夏姫は住宅街に足を運んだ。


 相馬氏の家を――娘さんの部屋を調べ、手がかりになりそうなものを探すためである。


「中小企業の営業職だろ? 堅実的に頑張った感じじゃないか?」


 そう言って相馬邸を見上げる。邸と言っても、中流階級の一般的な戸建てだ。車庫と庭付きの二階建てで、外からざっと見た感じ、一階は四室、二階は三室ってとこだろう。


 さて、正面から尋ねてはご近所さんが寝静まるまで待った意味が無い。敷地を囲う塀を乗り越えて裏手に回る。勝手口はすぐに見つかった。ノブを回す――鍵はかかっていない。


 素早く中へ入ると、相馬氏が出迎えてくれた。


「……やあ、待っていたよ」


「よう、おじさん。邪魔するぜ」


 ささやき声で挨拶を交わす。相馬氏と共に女性が立っていた。相馬氏の妻として釣り合っている容姿――まあ普通に考えて奥さんだろう。相馬氏が娘の捜索の依頼をしておいて自宅に愛人を招くような男だったら、逆に面白い。


「奥さんすね? どうも、何でも屋です。娘さんの捜索を依頼されましてね。ちょいとお邪魔させてもらいますよ」


「愛想がないなぁ……はじめまして、奥さん。仕事柄名刺なんかはお渡しできませんが、私の事は夏姫、彼のことはアタルと呼んでください」


「娘を、お願いします……」


 蚊の泣くような声でそう言う奥方は、気丈に振る舞っている相馬氏と違い、かなり憔悴しているように見える。今にも心労で寝込みそうだ。


「誘拐されて日数が経ってる。今も無事かはわからない……が、犯人は必ず見つけ出すし、娘さんも無事ならちゃんと連れ戻すさ」


「うう……」


 俺の言葉に、奥方は泣き崩れてしまう。


「ちょっとあっくん、言い方考えてよ!」


 夏姫に怒られてしまった。


「娘さんは無事だよなんつって、そうじゃなかったらより辛いじゃん。そっちの方が無責任でしょ」


「そうじゃなくて、オブラートって言うか……」


「そこは彼の誠実さと受け取っておくよ」


 しかめっ面の夏姫に相馬氏が口を開く。


「物わかりが良くて助かるよ。そういう訳で、時間が経てば経つほど娘さんが危険だ。早速仕事をさせてもらうぜ」


「手がかりを探すと言っていたね」


「ああ、盗聴器の類だとか、娘さんの部屋だとかな。つっても盗聴器の方は一応調べがついてる。少なくとも電波発信型の盗聴器はない。後は録音型がどうかってとこだけど」


「いつの間に……」


「おじさんが帰ってすぐに、盗聴のプロに調査を依頼したよ。おじさんが帰宅する前には調査も終わってたんじゃないかな」


「家内が家に居たはずだが」


 そう言って奥方の顔を見る相馬氏。奥方もこくこくと頷いている。


「そりゃあただのプロじゃない。その道に長けた能力者だもんよ。素人一人くらいの目は誤魔化すだろうさ。もっとも、奥さんがいたせいで録音型の有無までは調べられなかったらしいけど。なあ、奥さん。あんた普段はしょっちゅう家を空ける方か?」


「いえ、私は専業主婦なので……せいぜい買い物ぐらいで」


「娘さんがいなくなる前の日は家を空けたか? その前の日は?」


「……家に居たと思います」


「はぁん、じゃあ録音型の盗聴器もないだろうな」


 と、俺は結論付ける。


 電波発信型の盗聴器はその電波の有無で存在を調べられる。その辺りはプロに任せたし、そのプロが無いと言うのなら無いのだろう。


 対して録音型は電波を発しない。なので盗聴内容を確認するには録音機を回収する必要がある。設置した録音機を回収する作業は、電波の有無を調べるのとは違い家人のいる家でこっそりと出来るようなことじゃない。誘拐される前日前々日に家を空けていないのなら、録音機の回収は不可能――つまり録音型の盗聴器はない、もしくはあっても誘拐とは関係ない。


「そんじゃあ本命――娘さんの部屋と私物を見せてもらいたい。上がっても?」


「あ――ああ、娘の部屋は二階だ」


「邪魔するぜ」


 相馬氏に促されて階段を登ると、予想通り三つのドアがあった。右手に一室、正面に廊下が伸びて、左手に廊下に面して二室。


 その右手のドアに、ハート型のプレートに丸っこい文字で『栞』と記されていた。


「栞ちゃん、か。詩的な名前だな」


「可愛い名前だよね」


「家内も私も読書が好きで、二人の娘ならこの名前がいいんじゃないかと思ったんだ」


 俺と夏姫に続き、階段を上がってきた相馬氏が言う。


「ふぅん。いい名前じゃないの。俺の名前とは大違いだ」


 冗談のつもりだったが、夏姫も相馬氏も顔をしかめただけだった。肩を竦めてドアノブを回し、開ける。途端、ふわりと爽やかな香りが鼻孔をくすぐった。


 ……夏姫の部屋もそうだけど、なんで女の子の部屋ってちょっといい匂いするんだろうな。俺の部屋はこんないい匂いはしない。いやこんな匂いの部屋で四六時中過ごせなんて言われても、落ち着かなくて嫌だけど。


 灯りのない暗い部屋に視線を走らせる。八畳ほどの洋室。ざっと見えるのはベッド、クローゼット、テレビ、本棚、勉強机に、丸いガラステーブル……こんなところか。ところどころにぬいぐるみがあったり、コルクボードに写真がピンどめされていたり……大事にされている女の子の部屋って感じだ。


「どう? 何か怪しい感じ、する?」


「まあ待てよ、夏姫ちゃん。まだぱっと見ただけだぜ」


 急かす夏姫に待ったをかけ、ポケットからスマホを取り出す。夏姫の名義で契約して持たされているものだ。ライト機能をオンにして、室内を見て回る。


 ふむ、整頓された机だ。机上の棚には参考書や教科書、辞書などが並び、散乱している様子はない。普段から綺麗に使おうと心がけているのだろう。


 ベッドも荒れた様子はない。掛け布団が捲られているが、それだけだ。っていうか昼寝したとは言え、バトルアリーナの翌日――日付が変わっているからもう翌々日か。こんな時間まで仕事とは。布団を見ていると眠くなるな。次。


 ガラステーブルにはノートパソコンと本が置いてある。勉強は机で、こちらはくつろぐ時にという使い分けかな。ノートパソコンには何か手がかりが残されている可能性が高い。後で夏姫に精査してもらおう。


 次は本棚だ。こちらもきちんと整理されている。両親に似て読書家なのだろう。見た感じ新書本に文庫本、単行本がサイズ別に並べられて――


 ……おや?


 ざっと本棚を眺めていると、一つ違和感に気づいた。綺麗に揃った背表紙の中に、二冊だけ飛び出した本がある。新書本、文庫本、単行本。どれともサイズが合わなかったその二冊が、そのサイズで存在を主張している。


 気になって近づき、背表紙にスマホのライトを当ててみる。『幻覚と精神心理学』『死後の世界と霊の存在』。装丁から察するに読み物ではなく実用書、研究本の類だ。他の本のタイトルを追ってみると、他は少女漫画や一般小説にライトノベル。明らかにこの二冊だけが異彩を放っている。


 テーブルに戻り卓上の本を確認すると、こちらも二冊と同じサイズで、タイトルは『能力者の異能』。


 ……これは。


「夏姫ちゃん」


「ん、何かわかった?」


「まぁね。確実じゃないけど。ぴんときた」


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