第1章 超越者 ⑨

   ◇ ◇ ◇


 ゆっくりと目を開ける。その俺の両目を見て、大男の動きが固まった。


「……《魔眼(デビルアイズ)》……」


「なんだ、俺のこと知ってんの?」


《魔眼(デビルアイズ)》。俺の昔の裏社会での通り名だ。その由来は能力開放時、まるで魔眼のように発光する俺の両目――この聖痕(スティグマ)だ。能力を開放した今、金色に輝く俺の瞳はまさに悪鬼のそれだろう。


「カズマくん、俺ってそんな有名なのかな?」


「どうっすかね、知る人ぞ知る、って感じじゃないっすか? 兄さんが天龍寺家の食客になってからは、業界的には過去の人になってるっすから」


 まあ、そんなもんだよな。俺が一人で活動していた期間って短いし。


「噂で聞いたことがあるぜ……アジア人のガキで、凄腕のケンカ屋がいるってな。そうか、てめえがそうだったのか……」


 呟く大男。


「カズマくん、俺外国人にまで知られてたみたい。凄くない?」


「さすが兄さんっす。この界隈には密入国者もいっぱいいるっすから、そっちのルートから流れたんですかね」


 はしゃぐ俺たちを見て、大男がニヤリと笑う。


「つまり、てめえをぶっ殺せば俺は魔眼殺し(デビルイーター)ってわけだ。こんなクソみてえなみみっちい島国に呼ばれて面倒だと思ってたけどよ、こいつは労せずのし上がるチャンスだ。ラッキーだぜ」


 男の目が狂気に染まる。


「できるならやってみたら?」


「てめえみてえなチビに負けるかよ!」


 叫び、男は掲げた手に力を込める。いや、込めようとした。


 残念ながら、それをさせるつもりはない。


 男の口上と共に一歩踏み込み、無造作に腹を蹴り上げる。


「がはっ……」


 呻き、血反吐を吐く男。驚愕の表情で俺を見上げる――が、俺は既にそこにはいない。蹴った次の瞬間男の背中に回り込み、その膝裏を踏み抜いて男を地面に跪かせる。


「遅いよ。寝てんの?」


「てめえっ……!」


 男の怒気が膨れ上がり、同時に背中から熱波が放たれる。これは発火能力者(パイロキネシスト)がその能力を発現させる予兆だ。それを感じ取った俺は、ひょいひょいっとバックステップ。飛び退った瞬間、男の体が火を吹いた。おおすげえ、夏姫も発火能力者(パイロキネシスト)だが、夏姫の能力よりも遥かに高い火力だ。まともに受けたらひとたまりもないぞ、これは。


 とは言え、当たらなければなんの意味もない。迫力のある手品ってだけだ。


 必殺の一撃を難なく躱されたことを知った男は、立ち上がって俺を睨む。その瞳の奥には恐怖の色が浮かんでいた。その証拠に、立ち上がったというのにその場を動かない。反撃を試みるでもなく、口を開くだけだ。


「チビ……てめえ昨日は三味線引いてやがったのか!」


「外国人のくせに妙な言い回し知ってるな」


 日本語堪能過ぎるだろ。


「昨日は昨日で全力だぜ。けど、ノールールを望んだのはあんただろ?」


 俺の能力――《深淵を覗く瞳(アイズ・オブ・ジ・アビス)》、その効果は時間制限はあるものの、絶大にして絶対。何がどう作用しているのかは定かではないが、反射神経や反応速度、思考速度までが飛躍的に高まり、身体能力まで引き上げる。


 結果、どうなるか。能力が発動している間――魔眼が開いている間は、俺の目には世界がスローモーションに見える。普通ならいくら能力者でも相手の能力の発動を見切ることなんて不可能だが、今の俺はご覧の通りだ。発火能力(パイロキネシス)の発動前、その予兆である熱波を感じ、放たれる火炎を躱すことができる。


 時間制限については、単純に脳へかかる負担なのだろう。能力を維持すればするほど頭痛や目眩に襲われ、限界まで使用した後は何も考えられなくなる。限界を超えれば脳が焼き付いて廃人になるかもしれない。


 そこまで追い込まれたことは一度もないが。


「ほら、今日は逃げ回ったりしないから、好きなだけかかってきなよ」


「……なめんじゃねえ、クソガキが!」


 恐怖とプライドの板挟みになっていた男だが、どうやら後者が勝ったらしい。あの恐ろしい破壊力を秘めた拳を振り上げて躍りかかってくる。


 これがリングの上ならいい勝負になっただろうけど、ノールールを望んだのは相手の方だ。


 俺はそのスローな拳が届くのを待っていられず、間合いを詰めて迎え撃った。





「で、私に商談を押し付けて、その白人さんとストリートファイトってわけ?」


「……はい」


 事務所に帰ると、鬼のような形相の夏姫が仁王立ちで出迎えてくれた。空気を読んだ俺はその場で正座だ。


「お祖父ちゃんから電話来たんだけど? 私も小言言われたんだけど? カズマくん一緒だったんでしょ? 白人さんがスカムのお客さんってことも聞いたんだよね?」


「…………」


「聞いたんだよね?」


「……はい」


「もー、どうしてそう容赦がないかなぁ……」


「あの、夏姫ちゃん。爺さん怒ってた?」


 恐る恐る尋ねると、


「お祖父ちゃんはそんなんでもないけど、ブックメイカーがカンカンだって」


「え、なんで?」


「バトルアリーナに呼んだゲストが壊されたって角生やしてるって」


「待って待って。そりゃケンカ売られてちょっと痛めつけたけど、スカムには治癒能力者(ヒーラー)いるじゃん。そこまで重傷負わせてないよ?」


 さすがにそのくらいは計算してる。サブが客人と言った相手を本気で壊すつもりはない。


「もういくつか対戦カード決まってたらしいんだけど、その中にあっくんとのリマッチがあるって知ったら、白人さん心折れちゃったって」


「……あいたー」


「あいたー、じゃないよ、もう……」


 夏姫はその長い髪をいじりながらため息をつく。


 そして。


「少しはスッキリした?」


「……うん?」


「相馬さんのお仕事、嫌そうだったから。強引だったよね、私」


 怒っていたのが一転、しゅんとしおらしくなって夏姫が言う。


「……夏姫ちゃんは好きなようにしたらいい。俺は飯が食えて寝床があればそれでいいし、それを世話してくれてるのは夏姫ちゃんだ。俺一人じゃこんな悠々自適な暮らしはできないし、夏姫ちゃんが持って来る仕事は、俺が一人でいた頃よりよっぽどまともな仕事だよ。知ってるでしょ? 俺、そこらへんのチンピラ小突いて金巻き上げて暮らしてたんだから。だから、夏姫ちゃんはそんなこと気にしなくて良いんだよ」


「あっくんは、優しいね」


 夏姫が顔を紅くして言う。


 こんな掃き溜めでもまっすぐに育ち、きらきらと眩しい夏姫だが、一つだけ致命的な欠点がある。


 俺みたいな異能犯罪者に、優しいなんて宣う所だ。




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