第1章 超越者 ⑥
半裸の少女は目隠しをされていた。それでも、髪や口元から相馬氏の娘だとわかる。
「犯人からのメッセージに添えられていた画像です」
「これはっ……!」
夏姫が息を呑む。
「私が異能犯罪を請け負う探偵を探している理由がこれだ。娘は私の宝だ。娘を探し出し、こんな目に遭わせている奴に復讐したい」
「へぇ……」
いかにも普通の中年といった印象の相馬氏だったが、その言葉とともに目の色が変わる。暗い憎悪が燃える色。ただの会社員じゃない。どちらかと言えば俺たちよりのそれ。
相馬氏の言動から、今まではまっとうな人間だっただろうってのは伝わってくる。娘を心配する親心と、犯人に対する憎悪が相馬氏を変えつつある。
俺の相馬氏に対する心象も変わる。まっとうな人間が物見遊山でこっち側に足を踏み入れるのは気に入らないが、復讐のために異能犯罪者を使おうというエゴは嫌いじゃない。
……とは言え、それは単に俺の好き嫌いって話なんだよなぁ。
「あっくん」
「……なに、夏姫ちゃん。」
夏姫が上目遣いで俺を見上げていた。
「私たちで娘さん、探してあげよう。私もこっち側の人間だし、被害者が異能犯罪者とか、相応の理由があるとかならどうとも思わない。そこまで純情でもない。だけど被害者は一般人の女の子だよ。助けられるなら助けてあげたいし、女の子にこんなことをする奴は、例え一般人でも地獄を見せてやりたい」
……ま、夏姫ならこんな反応だよな。
「っていうかこの画像見て、あっくんは何も思わないかな?」
むう。
そう言われて、俺は再び預かったままのスマホに目を落とす。
「……下着姿だけど、下着も肌も汚れていない。室内だろうし、暴行はこの時点じゃされてないんじゃないかな? 両手が後ろに回っているけど……肘の角度から察するに手錠じゃない。でも手首を縛られているほどきつい角度でもない。多分親指同士をワイヤーかなんかで固定されてるな、これは。今の季節なら下着姿でも風邪の心配はないでしょ」
「そういうことじゃなくて!」
夏姫がテーブルを叩く。卓上のグラスが揺れた。怒っているのが一目瞭然だ。
「私の時は助けてくれたじゃない!」
「そりゃあ目の前だったから。助けたら飯ぐらいは集れるんじゃないかと思ったんだ」
その結果、飯を集るどころか数年たった今でも寝床や仕事まで世話をしてもらっているって言うね。夏姫と兼定氏にはさすがの俺でも感謝が尽きない。
「まあ落ち着こう、夏姫ちゃん。夏姫ちゃんはおじさんの仕事、請けたいわけ?」
「あっくんがやってくれるならね。ボスが私だからって、私がやれるのはバックアップだよ。実際に動くのはあっくんなんだから」
「理由を訊いても?」
まだ金の話もしてないのに請けようというモチベーションはどこからきているのだろう。一応確認しておきたい。
「さっき言った以上の理由はないよ」
やっぱり、夏姫はこんな商売は似合わない真っ直ぐな女の子なのだ。
その彼女がここまで言うのだ。その意志を尊重するとしようか。
「オッケーわかった……というわけだ、おじさん。あんたの依頼、ウチで引き受けるぜ」
「ありがとうあっくん!」
笑顔で抱きついてくる夏姫に、
「本当かい!」
顔を綻ばせて喜ぶ相馬氏。
「ああ。だが条件がある。今後何があっても異能犯罪者を探したりしないこと。それとこの件に関して見聞きする事はすべて他言しないこと。万が一の場合、俺たちが仕事上犯す犯罪はすべてあんたの教唆に因るものと認めること。この三つは死んでも守ってもらうぜ」
「勿論だ。すべて従おう! だから……」
娘を救ってくれ。そう乞い願う相馬氏に、俺は一言添える。
「心配するなよ。正直全然やりたくない仕事だけど、やると明言した以上、娘さんが既に死んでない限り連れて帰るし、その場合でも犯人をあんたの目の前に引きずり出してやるさ」
夏姫を引き剥がし、
「おじさん、あんたんちは戸建てだったな? 周りの家は何時頃寝静まる?」
「いや、どうだろう……日付が変わる頃には灯りは消えていると思うが」
「そうかい。じゃあ深夜二時頃におじさんの家に行く。現場検証だ。電気も消して、寝たふりでもして待ってな。勝手口の鍵を開けておいてくれ。そこから入るから」
「わかった。しかし、何故深夜に?」
「人目も避けられるし、暗いほうが都合がいいこともあるんだよ……じゃあ夏姫ちゃん、おじさん帰す前に商談詰めといて」
引き剥がした夏姫を相馬氏の正面に座らせて、俺は立ち上がる。
「わかった……って、あっくんは?」
「ちょっと気分転換にね。少し歩いてくるよ」
「ええ? 商談終わるまで待ってよ! そしたら私も一緒に……」
「そんじゃあおじさん、また夜中にな」
夏姫を黙殺し、俺は相馬氏にそう告げて事務所から外に出た。
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