第1章 超越者 ⑦

 ああ、面倒くさい。


 いくら何でも屋と言えども出来ることには限りがある。しかも誘拐されているのが確定しているのだ。迅速に取り戻す必要がある。となれば地道に捜査する時間もなく、情報収集なんかは外部に頼らざるを得ないだろう。戦力は俺一人でいいとしても、経費として外部に金を流すなら報酬は目減りするし、何より相手を見るに報酬そのものにも期待できない。儲からないどころか、マイナス収支になるだろう。


 別に、儲けが出ないって事に不満はない。俺は飯が食えてまともな寝床があればそれでいいし、副業のバトルアリーナのファイトマネーで小遣いには困っていない。夏姫の財布が薄くなるか厚くなるか……それだけのことだ。夏姫が自分で請けたいと言ったのだ。自分の財布が多少薄くなったところで、そのことで文句を言ったりはしないだろう。


 面倒なのはやはり仕事の内容だ。異能犯罪者をぶん殴って消してやればいいなんて簡単なお仕事とは違い、色々と気を使わなければならないだろう。


 それでもやると言った以上、本気でやらなければなるまい。自分でやると言って手を抜くなんてことになれば、俺の――ひいては夏姫の名前に疵がつく。俺の評判なんかどうでもいいが、夏姫の名前にケチがつくのはちょっと面白くない。


 ああ、本当に面倒だ……そんな陰鬱な気持ちで薄暗い裏通りを歩いていると、ふいに声をかけられた。


「お疲れ様っす、兄さん」


 顔を上げると、金髪を逆立てたいかつい男が一人、風貌に似合わず愛想よく笑っている。俺より頭一つ高い長身で、確か年齢は二十歳ぐらいだったと思う。


「おー、カズマくん。元気?」


「お陰様で元気っす。兄さんも元気そうで何よりっす」


 このカズマと名乗るチンピラは、兼定氏が組織するスカムの構成員の一人だ。なのだが、この男は異能犯罪者のくせになかなかどうして誠実で、それが兼定氏の目に止まり、会長の直下で子分をしている。昔風に言えば男の修行って奴だ。見るからに年下の俺を兄さんと呼ぶのは俺が天龍寺さんちとなにかと縁があるからだろう。


「今日は夏姫姐さんは一緒じゃないんで?」


「ああ。事務所でクライアントと商談してるよ」


「お仕事っすか。千客万来、商売繁盛。いいっすねぇ」


「そう思うじゃん? 儲けは出そうにないんだよ。むしろ持ち出しになりそうでなぁ」


「あらら。夏姫姐さん、商売上手なのに珍しいっすね」


「私情入ってるみたい。まあ夏姫ちゃんがボスだからさ、俺は上に従うだけだよ。カズマくんと一緒」


「またまた。夏姫姐さんも兄さんを部下だとは思ってないっすよ。で、今日はお一人でどうしたんすか?」


「別に何も。散歩だよ。カズマくんは?」


「俺はちょっと仕事っつうか、会長から用事を仰せつかってまして」


 そんな世間話をしていると近くにあった小汚い飲食店の出入り口が開き、そこから大男が姿を表す。


「おー、カズマ、待たせたな」


「あ、お客人。すみませんね、こんなところしかなくて。お味はどうでしたか?」


「見かけによらず美味かったよ。まあ衛生的とは言い難いがな」


 その大男がカズマに並ぶ。長身のカズマより更にでかい。ついでに言うと筋肉隆々の白人だ。顔の大きな傷に見覚えがある。ありすぎる。


「兄さん、紹介するっすよ。この方、例の競技に出るために呼んだスカムの客人でして」


「知ってる。昨日のリングで負かした相手だわ」


「! チビ、てめえ昨日のガキかっ!」


 どうも大男は俺を昨日の対戦相手だと認識していなかったようだ。無理もない。昨日はバトル仕様でコンプレッションウェアにジャージ、今日は普段着にしてるシャツに半袖パーカー、ジーンズの組み合わせだ。俺はこの大男ほど体格に特徴はないし、白人には日本人の顔の見分けは難しかったのだろう。


 俺の言葉でそれに気づいた男は、激高して俺の胸元を掴む。


「この卑怯者のクズ野郎が! すばしっこく逃げ回りやがって……!」


「ルール違反はしてないけどなぁ」


「ちょ、ちょっとちょっとお客人! やめてください!」


 カズマくんが慌てて男を引き剥がそうとするが、男はそれに構わず俺の胸元を締め上げる。


「ちょっと疲れたところを小突いていい気になりやがって……あんなのは負けじゃねえ! てめえ、まさかとは思うがあれで勝ったとは思ってねえよな?」


 そう。


 昨夜、この大男の破壊力にビビりまくった俺は、被弾が嫌で回避に専念。回避のたびに小さい打撃をコツコツと合わせ、スタミナ切れで動けなくなったところをつっかけて勝利を収めたのだ。


「いや、俺の完勝でしょ。つうか日本語上手いね。海外にも駅前留学ってあんの?」


「ガッデム!」


 額に青筋を浮かべ、男は俺を吊り上げる。おお、怪力。


「カズマくーん、客人ってのはわかったけどさぁ、なんでこんなとこ連れて歩いてんのよ。俺とかち合うとか思わなかったわけ?」


「すんませんっす! 自分、もう対戦済みだとは知らなくて……!」


「この世界じゃ知らなかったで殺されることなんか珍しくないよ。覚えときな」


「まじすみませんっす……!」


 カズマくんは謝りながら男を引き剥がそうとするが、びくともしない。


「リングの使い方が上手いからって調子に乗るなよ? ノールールならてめえみてえなチビ、俺の敵じゃねえんだよ!」


「実際、あんたの怪力は大したもんだ。けどリベンジしたいならリングでやるのをお勧めするぜ。ノールールならリングよりも勝ち目ねえよ、あんた」


「クソガキがぁ……!」


 顔を真っ赤にする大男に、カズマくんが慌てる。


「あああ、お客人、おさめてください! 兄さんもマジすんません、堪えてください!」


「いやあ、俺は別に構わないけどさ、お客人はここまで俺を罵っておいてやっぱやめときますじゃこの界隈歩けないだろ」


「よく言ったクソガキ! カズマ、止めるなよ!」


 大男が俺を放し、どんと突き放す。一メートルほど間が空いただろうか。掴み上げたまま殴りつけるのはプライドに触るという事なのかな?


 馬鹿だな。そのまま殴ってりゃまだ勝機があったかもしれないのに。


「ノールールってことは、使うんだな?」


 リング上で唯一ルールで縛られた禁じ手――異能。それを。


「勿論だ。死んで後悔しろ」


 男の口元が厭らしく歪む。ああ、こいつは能力を使って人を殺したことがあるな。


 ……俺と同じだ。


「ああ、もう……」


 カズマくんは頭を抱え、


「兄さん。自分が客人のほうが吹っかけたって上に証言しますから、お願いですから加減はしてくださいっす。さすがに客人が殺された、なんてことになると、メンツが……」


「わかってるよ。俺もスカムを敵にしたいわけじゃないし」


 幸い路地に人通りはないし、あったとしてもここはもう裏社会の領域だ。手早く片付ければ警察沙汰になったりはしない。


「いい加減にしろよ! チビが! 俺に勝てると思ってるのか!」


 なまじ日本語がわかる分、俺とカズマくんの会話で下に見られているとわかったらしい。怒り心頭の男は昨日とは違い、間合いを詰めずにその場で手を掲げる。手を掲げるってことは、こいつの能力は発火能力(パイロキネシス)や発電能力(エレクトロキネシス)、念動能力(サイコキネシス)みたいな間接攻撃が出来る能力なのかな。あの驚異的な身体能力に間接攻撃ができるとくれば、それはもう鼻が天狗みたいになるのも頷けるってもんだ。


 けど、ノールールなら――能力有りで戦うなら俺の敵じゃない。


 俺はゆっくりと目を閉じ、そして異能を開放した。


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