第1章 超越者 ⑤

「娘が誘拐されたんです」


 アイスティーで一息ついた後、相馬氏はそう切り出した。


「誘拐?」


 相馬氏の言葉を受け、俺は夏姫に視線を向ける。


「あ、あれ? 家出って情報だったんだけどなぁ……」


「大事にならないよう、学校には病欠で伝えてある。心配した友人が見舞いにくれたそうなんだが、実際娘は家にいない。仕方なく家内が友人たちに家出していると伝えたそうだ」


 慌てる夏姫に、相馬氏がフォロー。はぁん、夏姫はそのノイズデータ拾ったってことか。


「それにしても、誘拐ってのは穏やかじゃないな。警察に行くべきじゃないか?」


「私に犯人からのメッセージが届いたんだ。娘のスマートフォンからね。警察に知らせたら、娘の命はないと」


「常套句だな。犯人側から接触があったってことは、身代金の請求か何かあったのか?」


 尋ねながら違和感を覚える。言っちゃなんだが相馬氏は別段金持ちってわけじゃない。普通のサラリーマンだ。相馬氏か奥さんの実家が金持ちだったりするんだろうか。


「いや、要求されたのはそれだけなんだ。通報しないようにと。金銭の要求や私たちのその他の行動については特に」


 夏姫はその相馬氏の言葉に唸って、


「んー……営利目的じゃない、と。ストーカーとかそっち路線かなぁ?」


「アイドルのストーカーがナイフ持ってアイドル追っかける時代だしなぁ。普通の女子学生のストーカーも、誘拐ぐらいするかもね。犯人が能力者だとしたら、その気になれば一般人を攫うのなんて大した手間じゃない」


 俺の言葉に、相馬氏の顔が曇る。


「相馬さん。娘さんは可愛い? ストーカーがいたり、そのストーカーが攫っちゃったりしたくなるくらい?」


「親目線ですから何とも……私は可愛いと思います。去年撮ったものですが……」


 相馬氏はそう言いながら懐からパスケースを取り出した。そこから一枚写真を抜いて、テーブルの上に置く。


 そこには、地元高校の校門を背景に満面の笑顔を見せる少女がいた。ふわっとしたショートボブは栗色で、顔立ちは控えめに言って整っている。校門の脇には入学式の看板が掲げられ、その向こうには色鮮やかな桜も見えた。


「可愛いな」


「うん、可愛いね」


 相馬氏も整ったマスクなので娘も可愛いだろうと予想していたが、写真の少女は想像以上の美少女だった。


「そこらへんのアイドルと張り合えそうだな」


「あっくんはこういう娘が好みかな?」


 と、隣の夏姫。対抗心からの言葉なのだろうか。声の調子も笑顔もいつものものだが、これは答えを間違えるとしばらく拗ねるかもしれないな。


 それはちょっと面倒だ。


「夏姫ちゃんの方が俺の好みかな」


「なっ……」


 顔を紅潮させる夏姫。よし、これでしばらく大人しくなるだろう。


 俺は真っ赤になって俯いた夏姫から、相馬氏へと向き直って写真を返す。


「で、だ。ストーカーなのかそうじゃないのかは別として、あんた自身に娘さんが誘拐される様な理由はあるかい?」


「ないと思う。自分で言うのもなんだが、どちらかと言えば私は事なかれ的な所があって……仕事やプライベートでも敵を作るようなことは」


「ふぅん……ってことは犯人にも心当たりはないと。娘さんがストーカー被害に遭っていた様子は?」


「私は特に感じられなかった。男親にそういう相談は難しいのかとも思ったが、妻もそういった様子は伺えなかったと……」


「娘さんは敵を作るような性格かな?」


「妻のお陰で明るく優しい娘に育ってね。友人も多いようだし、そういうことはないかと思う」


「拐われたのはいつ?」


「四日前の夜遅く、帰宅しない娘を心配していたら犯人からメッセージが届いたんだ」


「確認だけど、娘さんは能力者じゃないよな?」


「ああ。私と妻も。親戚に能力者がいるという話も聞いたことがない」


「なるほどねー……」


 俺はしばらく黙考し、


「営利目的じゃないってんなら動機は私情だろ。怨恨ならもう手遅れだし、愛憎ならそのうち帰ってくるんじゃないの?」


 無事に、とは言えないかもしれないけどな。心も体も。


「それじゃ駄目だ、駄目なんだ……!」


 相馬氏が怒りを顕にして呟く。そうか。いやまあそうだよな。俺は父親になったことがないから分からないけど、普通は年頃の娘が何者かに攫われて「まあ戻ってくるまで待ってみようか」なんて言い出したりはしないだろう。


「……そうか、おじさんの事情はわかった。その上で言わせてもらうけど、娘さんの捜索を異能犯罪者に依頼する意味がわからない。仮に犯人に従うとして、警察に頼らなくても、普通の探偵に調査を依頼すればいいんじゃないか?」


 そう告げる。


 恐らく、この案件で警察に通報しない探偵なら、例え一般人の探偵でも限りなくグレーに近いはずだ。非合法組織との繋がりもあるだろう。わざわざ異能犯罪に手を染める探偵でなくてもいいはずだ。


 しかし、相馬氏は引き下がらない。


「……これを見てくれ」


 そう言ってスマホを差し出した。受け取って液晶に目を向ける。正気に戻ったのか、夏姫も横から覗き込んできた。


 その画面には目隠しされた半裸の少女が表示されていた。


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