第1章 超越者 ③
黄昏時の繁華街。
夜の人間と昼の人間が入り交じる時間帯だ。行き交う人々を眺めると、学校帰りの学生や、仕事帰りのサラリーマン、それらに紛れるように、目の奥に暗いモノを宿らせたそれらしき人間もチラホラと伺える。そんな様相を、俺と夏姫は雑居ビルの屋上から眺めていた。
手元の、夏姫が用意した資料に目を落とす。
「相馬拓巳、四十二歳。一般人。嫁と娘の三人家族。営業職で、業務態度は問題なし、か……普通のおじさんだね」
「いやいや、普通じゃないよ、ナイスミドルだよ。若い頃はあっくん並のイケメンとみた!」
同じく資料を見ながら夏姫が言う。資料には、どこぞの防犯カメラから切り出したと思われる粗い顔写真が添えられていた。どこから手に入れたのやら……
「顔は関係ないよ。仕事なら美人でも殺すしブサイクでも助けるよ、俺は」
「それは私がブサイクだと言いたいのかな?」
「夏姫ちゃんは可愛いよ」
「きゃー、あっくんの女殺し!」
それはどういう意味なのかな。色男ってこと? それともリアルな意味かな?
街並みに視線を戻し、行き交う人々の顔に注意を向ける。
「どうも娘さんが家出中みたい。依頼したいのは娘さんの捜索かな?」
「だとしたら探偵が異能犯罪者である必要はないよね」
「……悪い友達がいるとか?」
夏姫が小首を傾げて言う。いや、悪い友達くらいに異能犯罪者はオーバーキル過ぎるだろ。
ほどなくして。
「あ、いた。夏姫ちゃん、あれじゃないかな」
「ん、どれ?」
「駅前の信号。横断歩道の向こう側。グレーのスーツ着て、ビジネスバックを肩にかけてる」
「よくあんな所、裸眼で見えるね……」
ここから駅前の信号までざっと三百メートル以上ある。俺の目には人相まで見えているが、夏姫の目では見えないらしい。まあ、夏姫は能力者でも身体能力低い方だからな。
オペラグラスを取り出した夏姫は、むむむとそれを覗き込んで――
「お、そうだね。あの人で間違いなさそうだ」
「よし、じゃああの人こっち来たら接触して事務所連れて行くから、夏姫ちゃんは先に行って
お茶の用意でもしててよ」
「はいよー」
夏姫が元気よく返事する。俺たちはマンションとは別に仕事用の事務所を構えている。自宅にこんな商売の客を招くのはどうしたって危険が伴うからだ。
去っていく夏姫を見送り、相馬氏の観察を続ける。ちょうど信号が青になり、横断歩道を渡り始めたところだ。歩くたびに上体が揺れ、体幹がぶれている。
うん、どこにでもいる普通のおじさんだなぁ……ここから見る限り、異能犯罪を必要とする手合に見えない。
まあ、理由は直接訊いてみればいい。俺はそのまま相馬氏が近づくのを待ち、適当なタイミングで屋上から裏路地へ向かって飛び降りる。このビルは五階建てだが、この高さでも飛び降りるだけなら問題ない。
人目を避けて路地裏に降り立ち、そのまま表通りの角で待機。相馬氏がそこに差し掛かったところで――
「あー、おじさん。ちょっといいかな?」
声をかける。物陰から話しかけられた相馬氏はちょっと驚いたようだが、すぐに取り繕い、
「いや、すまない。所用があってね。急いでいるんだ」
「そうか、イリーガルな探偵は見つかりそうか?」
俺の言葉に、今度は明らかに動揺して。
「なんでそれを……君は一体……」
「質問しているのは俺だぜ、おじさん、この界隈じゃちょっと噂になってるよ。素人が闇雲に探して見つけられるもんじゃないぜ、そういうのはさ。蛇の道は蛇って言うし、餅は餅屋とも言うよな。俺と話をすれば、ちょっといいことがあるかも知れない」
急な話に、相馬氏は視線を巡らせてなにやら思索する。
そして。
「……実のところ、依頼を請けてくれる相手が見つからなくて途方に暮れていたところだ。もしかして、君は――」
「おっと、俺はおじさんに営業したい『もしかして』なのかもしれないけど、こんな往来で正体を明かしたくはない。少し歩くとウチの事務所があるんだ。そこに行こうか」
「事務所……?」
「ああ、組事務所とかそういうのじゃないから。ただの職場さ。俺の他には女の子が一人いるだけだから、変な心配はしなくていい」
余計な警戒をさせてしまったかと心配したが、相馬氏は逡巡の後、
「ああ、案内して貰えるかな」
「はいよ。それじゃ着いてきて。ああ、急に気が変わってもダッシュで逃げたりしたら駄目だぜ。ちょっと物騒な連中もいるから。俺も無理強いする気はないから、言ってくれればここまでおじさん連れてくるし」
「いや、こういう言い方は失礼かもしれないが、藁にも縋りたいぐらいなんだ。君が話を聞いてくれるというのなら、聞いてもらって力を借りたい」
そう言う相馬氏の目の奥には決意めいたものが見えた。それだけ真剣ということだろう。
うん、やっぱりちょっと面倒なことになりそうな気がするなぁ……
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