第1章 超越者 ②
「辰さんからの話なんだけど、行方不明人の捜索を請け負ってくれる探偵を探している中年男性がいるらしいのね? それで、手当たり次第それっぽいトコに顔出して仕事請けてくれる人探してるみたいなんだけど」
「……探偵ね。そのくらいの仕事なら行くとこ行けば見つかるんじゃないの?」
おかしな話だ。一軒目で断られたとしても、二軒目三軒目となればどこかしら請ける相手が出てくるだろう。しかしそれでも『探偵を探している中年男性がいる』なんて情報が出回っているのだ。それはつまり、仕事を請ける探偵が見つかっていないということになる。
「なんでも、その探偵探しには条件があるみたいで。これは辰さんが実際に男性に会った探偵から引き出した情報なんだけど」
さっきから名前が出ている辰さんというのは、スカムの構成員の一人だ。というか結構偉い人。情報部を取り仕切る人物で、俺や夏姫も辰さんの情報網には助けられている。
「探偵が異能犯罪者か、または異能犯罪を引き受けてくれることが条件なんだって」
「おっと。そいつはきな臭い」
思わず腹筋を止め、俺は夏姫の顔を見る。夏姫はいかにも面白そうだと言わんばかりの表情だ。なんでこの娘はそんな危なそうな話で喜ぶんだろう。火遊びが好きなのかな……好きなんだろうな。でなけりゃこんな商売に手を出したりしていない。
「で、仕事ってのは、そのおじさんの仕事を受ければいいわけ?」
「うん。私たちでその仕事請けちゃおう。辰さんも私たちに請けてもらいたいって。その中年男性が邪魔なんだってさ」
……なるほど。俺は合点がいって腹筋を再開する。
「実際、やってることはほとんど異能犯罪者探しだし、それで下手に警察刺激して異能犯罪かが異能犯罪者狩りなんて始めたら目も当てられないもんな」
「さすがあっくん、理解が早い。そういうこと。せっかく地下に潜ってるのに、無作為に掘り起こされちゃたまらないっていうのが辰さんのスタンス」
わからんでもない。特にスカムはこの辺りで一番規模が大きいしな。末端構成員まで考えたら、どこの繋がりから引っ張られるかわかったもんじゃない。
俺は少し考えて、
「つまり、そのおじさんを消せってことかな?」
「話聞いてないじゃん! 私たちが請けるの! 消してどうするの!」
「いや、異能犯罪界隈のこと考えたら請けるより消す方が楽じゃない?」
「そうかも知れないけど……ためらいがなさ過ぎる!」
「今更でしょ」
俺の言葉に夏姫は眉を潜める。
俺たち――俺と夏姫の商売は、前述の通り何でも屋だ。異能を使った犯罪もすれば、異能を持たない一般人の仕事も請け負う。荒事の担当は俺。夏姫はその他。浮気調査からイリーガルな物品の調達となんでもござれ。もともとスカム会長の孫娘ということでそういった小遣い稼ぎはしていたようだが、今は不動産業を装って本格的に活動している。
とはいえ、そうそう揉め事やそれに類する仕事があるわけでもなく――そのせいで最近の俺はバトルアリーナの選手が本業になりつつあるのだが。
夏姫は困ったように、
「確かに話は早いけど、一般人を消すのは面倒だってわかってるでしょ?」
「ん、まあね」
素直に頷く。夏姫の言う通り、一般人を消すのは相当しんどい。基本的に根無草だったり、周囲の人間に疎まれていたり、なんなら『死ねばいいのに』なんて思われている異能犯罪者を消すのはそう面倒なことにはならない。だがそれが一般人になると話は別だ。
普通の人間は社会の中で生きている。つまり失踪したりなんかすると、その行方を探そうとする人が出てくるわけだ。家族だったり、友人だったり、職場や学校なんかだ。それらのつながりから辿られないように消すというのが、どれだけ面倒なことか。
もちろん依頼があれば請け負う。その場合それに見合った報酬を貰わなければならない。異能犯罪者の処分に比べ、かなりの高額になるだろう。
「というわけで、その中年男性をキャッチしてお話聞いてみようよ」
「えー……」
「あれ? あっくんらしくない不満そうな返事だね。嫌?」
「嫌じゃないし不満も無いけど、一般人が特異犯罪請ける探偵探してるとか、もう絶対面倒なことになる予感しかない」
「そうだけど。でも、あっくんだって異能犯罪者狩りとかごめんでしょ? その上私たちの収入にもなるんだし。一石二鳥!」
「一理ある、かな?」
「ふふふ、この夏姫さんはいつだって正しいのだ!」
にっこり笑って夏姫が言う。結構空回りもするしポカもするし、全然いつだって正しいわけ
じゃないんだよなぁ……
ともあれ。
「それじゃあ前向きに検討するってことでいい?」
「オッケーオッケー。軽く下調べするね。接触はあっくんにお願いでいい?」
「アイアイマム」
「……なにそれ」
「夏姫ちゃんはボスで家主。俺は部下で居候。立場ははっきりさせとかないとね」
打ち合わせ……というか会話をしていて途中で腹筋の回数を数えるのをやめてしまったが、そろそろ百は超えたはずだ。懸垂バーからひらりと飛び降りる。
「ヒモでもいいんだよ? 私が養ってあげる」
「いいな、それ。兼定氏が引退して消される心配なくなったらそうしようかな」
そう言い残してリビングから出ようとすると、
「ん? あっくんどっか行くの?」
「汗かいたしシャワー浴びてくる。そんで昼寝。夏姫ちゃんがその気になったら夕方には下調べも終わるでしょ? その前に少し寝て昨日の疲れとりたい。資料できたら起こして」
そう言うと、夏姫はいたずらっ子のように笑って、
「シャワー、覗いていい?」
「なんで駄目ってわかってて聞くかなぁ……」
夏姫は俺を好き過ぎる。その上自由の国で育ったせいか、ちょっと奔放だ。表現が過激というか、生々しいと言うか。
夏姫と知り合うきっかけになった事件――スカムの敵対組織による夏姫誘拐事件で、俺は彼女の命を救った。おそらくあの事件をきっかけに、夏姫は俺に好意を抱いたのだろう。
けれど、これはきっと麻疹みたいなものだ。
思春期に親元を離れ、育った環境とはまるで違う土地で、縁がなかったであろう犯罪が日常の生活。例え望んでその環境に身を置いたのだとしても、精神が消耗しない訳がない。トドメが誘拐ときた。そこを同年代の少年に助けられたなら――その少年に恋心を抱いてもおかしくはない。俺としては、居合わせたのは偶然だが、完全に打算的な救助だったのだが。
そんな訳で、俺は彼女の好意には必要以上に取り合わないようにしている。俺が知る限り彼女は自分の手で人を殺めたことはない。異能犯罪者でもない。彼女の活動に異能は伴わないからだ。ただの犯罪者――まだ一般社会に戻れる余地は残されている。いつか彼女がそれを願った時、後戻りできない所まで踏み込んでしまわないように監視する――それが、兼定氏から秘密裏に頼まれている俺の役目だ。
夏姫からしたらそれは心外なことなのかもしれない。けれど、俺は選択肢が多いに越したことはないと思っている。
俺みたいに、選ぶ余地もなく道なき道を歩くよりはよほどいい。
「えー、じゃあ一緒に入ろ?」
「嫌だ」
「水着着るから!」
「そういう問題じゃないよ……って言っても納得しないよな。水着着るって言うなら、仕事サクッと終わらせて明日か明後日プールにでも行こうか? っていうかそこらへんで妥協してくれないかな。一緒にお風呂っていうのは、ちょっと」
「プールデート! いいね! 夏姫さん頑張っちゃうよ!」
「デートとは言ってないんだけどなぁ……」
という俺の抗議の声は耳に入っていないようだ。既にパソコンに向き直り、カチャカチャとキーボードを叩いている。
まあ、覗かれる心配もなくなったし、いいか。
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