第1章 超越者 ①
「行方不明人の捜索?」
「うん」
翌日、正午を過ぎた頃。
リビングの天井から吊った懸垂バーに膝裏でぶら下がって腹筋をしている俺に、パソコンのキーボードを叩きながら夏姫が言う。
「娘を探して欲しいんだって。請け負ってくれる探偵を探してるらしいんだけど」
パソコンに向かいながら夏姫。キーボードのタイプ音がカチカチと喧しい。なんでもメカニカルキーボードとか言うんだそうだ。正直もっと静かな奴にして欲しいんだが、何しろ家主は夏姫で、俺は間借りしている身分だ。文句は言えまい。
「ふうん。まあ頑張って受けてくれる探偵探したらいいんじゃないの?」
「真面目に聞いてよ」
「聞いてるよ」
がっしがっしと腹筋を続けながら、夏姫にそう答える。流れる汗が滴り、予め床に敷いておいたタオルに落ちた。暑い。夏場の筋トレとかホント苦行。
「……試合の次の日くらいトレーニング休んでもいいんじゃない?」
「昨日あのタフガイ倒しちゃったからなぁ。次はあれよりゴツいのぶつけられそうだし。鍛えておかないと」
「ストイックなあっくんカッコいい! 抱いて!」
「そんなことしたら俺、夏姫ちゃんの爺さんに殺されるから」
「お祖父ちゃん、私のこと大好きだからねぇ」
夏姫が苦笑いを浮かべる。
夏姫の祖父は天龍寺兼定という。異能犯罪組織スカムの会長で……いわゆる異能マフィアのボスだ。スカムはこの辺りでは一番大きな組織で、その会長の兼定氏は実質的にこの近辺の裏社会のトップとも言える。
数年前、俺はスカムの敵対組織に襲われた夏姫を偶然救い、その流れで兼定氏から報復を依頼され、相手組織を壊滅させた。それ以来、夏姫にも兼定氏にも気に入られている。
当時街のチンピラ(能力者に限る)を小突き回しては金を巻き上げ生活していた俺は多数の異能犯罪組織と敵対しつつあり、その中には当然スカムもあった。しかし俺を気に入った兼定氏は俺の敵対行為を全て許し、天龍寺家の食客として俺を招き入れた。
宿無しだったそのまま俺は、ほいほいと天龍寺家に転がり込み、仕事の一つとしてバトルアリーナを紹介してもらったという訳だ。その内に夏姫が裏社会で何でも屋を開業、俺は従業員としてスカウトされ――今に至る。
しかし恩があって気に入っている俺が相手だとしても、孫娘の相手としてはまた話は別だ。夏姫を傷物にした日にはどうなるか……その辺は兼定氏から釘をぐっさり刺されている。それはもう深々と。
付け加えると、夏姫の両親はアメリカ在住と聞いている。なんでも夏姫の親父さん――兼定氏の息子さんは、兼定氏に反発して学生時代に家を飛び出してアメリカへ留学したんだとか。そのまま現地で就職、結婚し夏姫を授かったらしい。
どういう経緯で夏姫が親元を離れ、日本に来たのかは知らない。しかしそれはあんまり関係無い。大事なのは自分を頼って生まれた国を捨てた孫娘――夏姫を兼定氏が溺愛しているということだ。
別に俺も揉め事が得意というだけで、大好きなわけじゃない。平和的に過ごせるならそれに越したことはない。
「っていうか夏姫ちゃん。一つ聞きたいんだけど」
「なになに? なんでも聞いて。スリーサイズは85、56、87だよ!」
おお、グラマラス……っていやいや、聞いてないよ。
「そうじゃなくて、夏姫ちゃんはなんでそんなに薄着なの? 俺も一応男なんだし、もう少し慎んだ格好の方がいいんじゃないの?」
ワークチェアに座りパソコンに向かう夏姫は、ヒラヒラでペラペラのキャミソールにヒラヒラでペラペラでついでにふわふわのミニスカートという格好だ。今は汗ばむ七月。季節が季節だし薄着したい気持ちは分かるが、肩も脚もちょいと出しすぎなんじゃないか。
「むしろあっくんが一緒だから薄着でいるんですけど? 逆に聞きたいんだけど、こうもやもやしたり悶々としたり、なんかこう……やるか! みたいな気持ちにならない?」
「兼定氏、怖いからね……」
腹筋にツイストを加えながら答える。兼定氏を怒らせたら、下手したらこの街の異能犯罪者全員を敵に回しかねない。流石にそんなのはご免だ。
「結婚してくれるならお祖父ちゃんも許してくれるよ」
「俺みたいな異能犯罪者が結婚したら駄目でしょ」
さり気に求婚してくる夏姫。祖父の影響もあって裏社会で活動する夏姫だが、まだ十八歳になったばかり。結婚できる年齢とは言え本来ならまだ高校生。ついでに言うと亜麻色のショートカットで、アクセントで横髪をツインテールの様に伸ばしているのが可愛い。うん、美人さんではあるけれど、どちらかと言えば可愛い系かな、夏姫は。
対して俺は……いくつだっけ? 十六か、十七か……あんまり興味がないから覚えていないな。学校なんて一度も行ったことがないから、学年から年齢を逆算することもできない。
「……っていうか、だいぶ話逸れてるけど?」
「逸らしたのはあっくんなのに!」
夏姫は抗議の声を上げた。
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