【第五話更新中】魔眼の超越者 ―超絶至高の魔眼スキルで裏社会をねじ伏せる―

枢ノレ

プロローグ

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 なぜ私が。


 どうしてこんなことに。


「相馬栞さん、だね?」


 学校帰り――新学期、できたばかりの友人と別れ、一人で自宅に向かうその途中、スーツ姿の男性に声をかけられた。


「相馬栞さん、だね?」


 咄嗟に辺りを見回す。住宅街なのに、通りの前にも後ろにも人の気配はない。一本向こうの通りを車が行き交う音は聞こえるものの、今、辺りにいるのは私と、目の前の男の人だけ。


 男の人は、きっとまっとうな仕事に就く人じゃないだろう。見た目が特別厳ついわけでもなく、私にかける声も脅すようなものではない。だけどそう直感した。


 振り返って力の限り走ってこの男の人から逃げるべきだ。


 頭ではそう思っているのできなかった。目の前の男に見据えられただけで体が竦み、声を出すことさえできない。


「……質問に答えてくれないかな?」


 抑揚のない調子で男が言う。せめて声を出せれば助けを求めることができるのに、私の声帯はまるで石にでもなったかのように動かない。


 かろうじて首を縦に振ると、


「結構。荒っぽいことはしたくない。おとなしく着いてきてくれるかな?」


 私はその言葉に弱々しく頷く。それ以外のことはできなかった。


 踵を返した男がゆっくりと歩き出す。もう男は私を見ていない。だったらそのまま逃げればいいのに、自分の意志に反して足は男の後を追う。


 ああ。


 きっともう、私に平穏な明日は訪れない。



   ◇ ◇ ◇。



 二〇一八年、初夏。日が落ちてもうしばらくすればまた昇る時間だが、茹だるような暑さは日中とさほど変わらない。日光がない分だけ過ごしやすくはあるが。


 薄暗いホール。客席はいかにもな人相の連中で溢れている。別室のVIPルームには、こいつらとは違った層の連中がモニターを眺めているだろう。悪銭を集めて裏社会で成り上がった奴だとか、そいつらの後ろ盾になるような奴らだ。


 そんなホールの中央には、ライトアップされたリングが据えられている。リングの上には一人の男。筋肉隆々の白人で、顔の中央に大きな傷跡がある。その男が厳しい視線を送るのは、リングへと向かう俺。ここは裏社会の賭博格闘――通称バトルアリーナの会場で、俺はそれに出場する選手の一人。


「あっくん、今夜の相手も強敵だよ。軍隊上がりの凄腕だって」


 隣を歩くセコンド役――天龍寺夏姫が耳元で囁く。


「ブックメイカーは俺になんか恨みでもあんの? このところ普通の相手に当たった憶えがないんだけど」


「あっくんが負けなしだから、こういう相手じゃないと賭けが成立しないんだってさ」


 困ったように言う夏姫。


「たまには手抜いてみようか?」


「ダメダメ。八百長は許されないよ? それに……」


「……それに?」


「あっくんが負けるところは見たくないかな」


「……そうか」


 リング脇に着いて足を止めると、俺は羽織っていた上着を夏姫に渡し、バンデージを巻いた手で彼女の頭を撫でてやる。


「夏姫ちゃんがそう言うなら、まあ頑張ってみるか」


「……うん!」


 夏姫が笑顔で頷く。


 ――と。


「てめえリングサイドでいちゃついてんじゃねえぞコラァ!」


「今夜もてめえに百万突っ込んでんだ! 負けたら歩いて帰さねえからな!」


 リングサイド近くの観客席から野次が飛ぶ。


 ……やれやれ。


 俺は肩を竦めてリングへと上がった。目の前には二メートルはありそうな大男。対して俺は自分で言うのもなんだが中肉中背だ。頭一つどころの身長差じゃない。体重差はもっとあるだろう。スポーツ格闘ならありえない対戦カードだが、このリングではそれも有りだ。


 レフリーがリングに上がり、俺と大男――二人の身体検査をする。武器の類を所持していないかどうかのチェックだ。が、それも形骸的なものでしかない。過去にナイフを持ち込んだ対戦相手もいたくらいだ。あの時はノーストップで試合続行となり、オッズの低い俺が負けるかもと会場は大いに沸いた。俺がそのナイフを奪い取って相手の腿に突き立ててやった時はものすごく盛り下がったが。


 ――と、チェックを終えたレフリーがリングを降りると、試合開始のゴングが鳴る。


 大男はそれと同時に猛ダッシュで仕掛けてきた。




「あっくん強い! 快勝!」


 黒い半袖のコンプレッションウェアに、黒いラインの入った白のジャージパンツ。両手足にはバンテージ。そんなリングから降りた姿のままでぜえはあと息を整える俺の傍らで、夏姫は預けた上着を振り回して小躍りしてる。


「言うほど楽な相手じゃなかったよ……」


 絶え絶えにそう言うと、それでも夏姫は笑顔のままで、


「被弾らしい被弾もなし! KO勝ち! 完勝!」


「相手の初弾覚えてないの? あんなパンチくらったらいくら俺でもただじゃ済まないからね? 背筋凍ったよ……」


「全部避けきったじゃない」


「そうだね……もらったらガード越しでも致命傷だったろうから必死に避けたよ……」


 思い返しただけでも恐ろしい。相手が力任せに放った拳は、リングのコーナーポストを一撃でへし折ったのだ。俺でも曲げるぐらいのことはできるだろうが、半ばからポッキリと折れたポストを見たときは目を疑った。


 コーナーポストを素手でへし折るなんて人間業じゃない。俺にも出来そうな曲げることも。


 けれど、俺たちは普通の人間じゃないのだ。




 人間は二種に分類される。男と女ではない。異能を使える者と、そうでないものだ。


 物理法則に囚われない魔法の力を使える者がこの世にはいる。


 大概の場合彼らは超常の力で世界の理をねじ伏せるだけに留まらず、その肉体で異能を持たないものを圧倒する。生まれながらの強者というわけだ。


 そんな強者が皆心優しいものたちならば世界は平和だっただろうが――残念ながらそうではなかった。そして、持たざる者たちも。


 強者たちの中にはその圧倒的な力で持たざる者を踏みにじってやろうとする者がいたし、持たざる者も善良で彼らに味方しようという強者たちをも忌み嫌い、自分たちから遠ざけようとした。


 両者の数が拮抗していたら世界から争いが消える日はこなかっただろう。いや、逆にどちらかが根絶やしになるまで争い続け、結果争いは終結したかもしれない。しかし新たにこの世に生まれてくる持つ者の数は非常に希だった。だからこそ、かろうじて世界はバランスがとれている。


 それでも強者たちは、社会のシステムに馴染めない者が多かった。


 新生児の時点で異能が確認されればそれを怖れ我が子を捨てる者たちは未だ後を絶たないし、そういった子は社会に馴染めないまま枠から外れることがままある。


 それを受け入れて――あるいは対立して社会の癌として生きているのが俺たち異能犯罪者だ。


 このバトルアリーナもその一つ。異能犯罪組織『スカム』が取り仕切る非合法な賭博格闘で、その内容は過激の一言に尽きる。ルールはたった一つだけ。能力者が、その異能を使わずに闘うこと。


 これだけ聞くと地味に思えるかもしれないが、超人的な身体能力を持つ能力者たちの中でも腕自慢、荒事に長けた異能犯罪者が正面から殴り合うのだ。流血は当たり前だし、敗者が死に至ることも少なくない。コーナーポストを一撃でへし折るというのは確かに離れ業だが、まあ無いこともない、といった具合だ。そんなエキサイティングな興業は、裏社会の顔役はもちろん、表社会の重鎮たちにも好評で――そんなわけで成立している。


 能力者にして犯罪者、表社会で生きていくことのできない俺は、このバトルアリーナの選手を副業にしている。本業の合間に――というか、あまり振るわない本業より、最近はこっちが本業になりつつある。


 ――と、夏姫のスマホから軽快なメロディが流れた。


「おっと電話だ。あっくん、出ていい?」


「別に俺の許可はいらないでしょ」


 そう答えると、夏姫はにっこりと笑って着信に応答する。


「はいはーい……はい、はい、なるほど……詳細はメールしといてもらえますか? はい、よろしくどうぞー」


 電話口にそう応答してすいすいっとスマホを操作。通話を終えたらしい。


 そして。


「あっくん、お仕事。本業の方」


「今日はもう無理。明日にして……」




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