第5章 《魔女》の再臨、あるいは誕生 ⑦

 ほどなく保健室に届けられた三人前のオムライス。届けてくれた食堂の職員は俺たちを見て怪訝そうな表情を見せたものの、特に何も言わずに去って行った。


 ラウンドテーブルに並べられた一つに、真那さんは先と同じようにケチャップで『HARUMA』と描き、その皿を俺の前に置く。


「……はい、どうぞ。私のもお願いしていいですか?」


「勿論。前衛的なやつを披露して差し上げますよ」


 そんな俺たちを見て、IQが低まった椿姉が口を開く。


「え、待って。お前たち何してるの?」


「ケチャップアートの交換だが?」


「……です」


「何それ羨ましい。そういうサービスなの?」


 サービスて。いや俺も最初似たようなこと思ったけど。


「有料? 諭吉でお釣りある?」


 なんてこと聞きやがる。しかも想定金額が高え。


「先輩。椿姉にも書いてやってください」


「え、いいの? 無料?」


「お金なんていりませんよ? ええと――下のお名前でいいですか?」


「それで! ――いやまて、でっかいハートの方がいいかな? ううむ……」


 そんなことマジ顔で悩むんじゃねえよ。


 俺のそんな心境も知らず、椿姉はしばし考え込み――


「TSUBAKI♥LOVEで頼む。ハートは塗りつぶしてくれ」


「欲望に忠実過ぎるだろ……塩分過多って知ってるか?」


「今日は部活でたくさん汗をかくことにする」


 ……それでいいならいいけどよ。


「ああ、部活って言えばさ」


 真那さんが椿姉のオムライスに名前を描く間に、例の件を伝えておく。


「空手部に――ええと」


「小菅くん、ですか?」


 言いよどんだ俺に真那さんのアシストが入る。


「ああ、それ。あざます。小菅って一年がいるだろ? 椿姉そいつのこと嫌いだろ」


「いるな。あの不良崩れのチャラ男な。好かんなぁ……仕事だから関わるし指導はするが、道場の門下生なら相手にしないな。そういえばあいつは工業科だったか。まさか――」


「ああいや、椿姉が考えているようなことはない。そうじゃなくて、あいつ今日からチャラ男卒業するから、目をかけてやってくれよ」


「……うん? 話が見えないな?」


「……合同校舎で知り合ったんです。小菅くん、悠真くんを尊敬しているって言ってました。マジリスペクトなんだそうです。最初は気づいていなかったみたいですけど、悠真くんが悠真くんだと分かってからは小さな子がヒーローを見るようなキラキラした目で悠真くんを見てましたよ」


「へえ、あいつが……」


「まあ、椿姉がそれでも気に入らなかったら仕事以上に構わなくていい。でもピアスも制服着崩すのもやめるって言ってたから、二三日だけでも様子みてやってくれよ」


「わかった。それだけか?」


「……いや、なんか流れで俺が卒業するまでに一回あいつの空手を観るって話になっちゃってさ。その内に気が向いたら部活の見学に行く、かも」


「そうか! そうか……じゃあお前に見せて恥ずかしくないぐらいには鍛えておこう」


「いや、別に椿姉の指導の成果を観に行くわけじゃねえから……」


 ……まあ、椿姉がやる気になったんなら別にいいか。それで伸びるも潰れるもあいつ自身の問題だ。潰れる可能性も全然あるのが椿姉の怖ろしいところだが、潰れなければ大きく伸びることだろう。


 ――と。


「花村先生、できました」


「おお――おお!」


 椿姉が自分の名前が描かれたオムライスを前に感嘆の声を上げた。興奮気味にスマホを取り出してパシャパシャと多種多様な角度から撮影する。気持ちはわからんでもないが……教師の威厳とか皆無だな。


「なあ悠真、これ永久保存する方法ないかな?」


「そんなこと言わないで冷める前に食え」


「三人前頼んで良かった!」


 そうなー。わかったからちょっと落ち着けな?


「……悠真くん」


 一仕事終えた真那さんがケチャップのボトルを俺に向けた。俺はそれを受け取り、残る一皿――無地のオムライスと対峙する。さっきの汚名を返上してやろう。


 ……………………


「悠真、伏倉はお前のMAMAじゃないが?」


「……惜しいです、悠真くん」


 アルファベットと認識されただけ善し。善しということにしておこうじゃないか、俺。




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