第4章 それは霹靂のように ⑪

 券売機に並ぶ真那さんが、ガヤの声が気になったのか肩越しに振り返って囁くように言う。


「なあ、悠真くん。なにか変に騒がしくないか?」


「さあ? 俺も日頃から利用してるわけじゃないんで……人も多いし、こんなもんじゃないですかね」


「……そうか、そういうものかな」


 納得したのか、していないのか――真那さんは前を向いて大人しく自分の番を待つ。


 騒がしさで言えば、まあこんなものだろう。しかし真那さんが気にしているのは、真那さんに向けられている好奇の視線だ。


 こうなるだろうとは思っていた。ここにいる全員が真那さんに注目しているわけではない。しかし目の前に――あるいは視界の端に一度真那さんを捉えてしまえば目で追わずにはいられない――階段から券売機まで、真那さんとニアミスした生徒は十や二十じゃ効かない。それらの生徒の視線は、男女問わず自然と真那さんを追っていた。


 真那さん自身が自覚していないのが幸いだ。自分が注視されているとわかれば、《魔女》が力尽きてか弱い乙女に戻るか、はたまた最後の力を振り絞るのか――微妙なところだ。


 とはいえ真那さんを注視している連中がいきなり彼女に声をかけるなんてことはないだろう。そんな度胸があるやつがいるなら見てみたい。俺が尻込みし、椿姉がメロメロになる美少女ぶりだ。そんな胆力があるやつはそうそういないだろう。


 それに、俺が余計なことを考えさせなければいい。


「先輩は何を食べるか決めました?」


「うぇ!? 驚かさないでくれ、耳元で急に声を出されたらびっくりしてしまうよ」


 先の真那さんの様に囁くように尋ねると、伸びた背筋をさらに伸ばして真那さんが飛び上がった。振り返ったその表情は「驚いてますよ!?」と声高に主張していた。《魔女》でもそのリアクション芸できるのね……


「ああ、すみません。人もいるし、大声で喋るのもあれかなって」


「……ああ驚いた、気をつけてくれよ――メニューな。そもそも何があるかも知らなくてね」


「そうですか。じゃあファミレスで食えそうなものを想像してみてください」


「……うん。した」


「大体そんな感じ」


「なるほど理解した」


 頷く真那さん。


「なにかオススメはあるのかな」


「これですと答えられるほど利用してないんですよ。母さんが弁当作り頑張ってくれてるんで」


 ちなみに今日はあらかじめ先輩と学食で食べるから弁当は要らないと伝えたところ、またしても二股は許さないという旨のお叱りをいただいた。息子にきちんとした貞操観念をしつけようとするその心意気は素晴らしいが、俺の股はどこにもかかっていないのでどうか安心して欲しい。言ってて悲しくなってくるな。


「学食はどちらかと言えば寮生向けの施設だものな……悠真くんは何を食べるつもりだい?」


「俺ですか? 俺は先輩と同じものです」


「え?」


「だって先輩、一人でカウンター並べます?」


 ことさら声を潜めて言う。真那さんは列から望めるカウンターに目を向けて――


「……無理」


「でしょ。俺は別になんでもいいんで、好きなモノ選んでくれていいですよ」


「とは言ってもな」


 話している間にも順番が近づいてくる。もうあと何人か、というところで券売機の上に掲げられたメニューの写真が目に入った。先輩はその中の一品に惹かれたようだ。


「――悠真くん、オムライスは好きかな?」


「玉子料理好きですよ、俺。チキンライスも」


「実に君らしい回答だよ。どっちも好きなのにそう言えばオムライスはあまり食べないな、ということでいいのかな」


「それ」


「ではオムライスでいいかな」


「おけです」


 まあ、無難かな。などと考えていると真那さんと俺の番が訪れる。


「使い方、わかります?」


「……それはさすがに私を馬鹿にしすぎちゃいないか? 箱入りの世間知らずというわけではないのだぞ?」


「へえ。あ、そもそもなんすけど」


「うん?」


「食券って知ってますか?」


「君は本当にいい性格をしているな」


 言いながら真那さんはあらかじめ手にしていた紙幣をよどみなく投入し、目当てのボタンを探してぽちり。いや、本気で券売機の使い方の心配をしていた訳では無いけれど。


 かしゃんかしゃんとお釣りが吐き出され、そこにひらりと食券が落ちてくる。それを取り出すと、取り出したお釣りをそのまま硬貨投入口に投入しつつ、食券を俺に差し出す。


「ほら、君の分だ」


「え、そんな。自分で買いますよ」


「私に付き合ってもらっているんだ。なに、今月の交遊費にはまだ余裕がある。メニューまで私が決めて……これくらいはさせてくれよ」


 そら先輩の交遊費は余裕だらけだろうよ……これは言わないのが優しさだろうなぁ……


「まさか毎回俺に奢るつもりじゃないですよね」


「おそらく君の予定だとだんだんペースを上げていくのだろう? だとすると毎回は厳しいな。初回だけのサービスというやつさ。受け取りたまえ」


「先輩……」


 俺は差し出された食券を有り難く受け取る。


「なに、礼には及ばん」


「まとめ買いボタンってのがありまして。先に押すと一度に二枚買える素敵な機能です」


「……次にご馳走するときは利用しよう」




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