第4章 それは霹靂のように ⑨

 口ぶりからして親の目が届かないところで羽を伸ばしたい、とかではないだろう。


「私のこれは小さい頃からで、友達なんていなかったんです。作れなかった。優しい子は何人もいた。だけど……」


 その先は言わなくてもわかる。プレッシャーに負けて《魔女》に変身したのだろう。


「先輩、話しにくければ、別に」


「ううん……悠真くんには聞いて欲しいです」


 そう告げる彼女に、俺はただ頷くことしかできなかった。視線で促すと、真那さんは続きを話す。


「新しい学年になる度にね、今度は頑張ろうって思ってた。でも、中学に入る頃にはもう皆私のことを知っていた。私が撒いた種だから仕方ないんだけど、私に近づこうとする人なんかもういなかったし、私からも近づけなかった」


 これほど滔々と――しかも自分のことを話す真那さんは珍しい。


「……自分を変えてたくて、やり直したくて、高校は私のことを知ってる人がいないところに行きたかった。でも地元の高校じゃどこの高校を選んでも同じ中学の生徒が何十人も一緒になる――お父さんとお母さんにそう話したら、それなら桜星に進学するといいよって。その気になれば休みの日に日帰りで実家に帰れるし、同じように二人もこっちに来れるしって。生徒数も多いから、万が一同級生に桜星を受ける子がいてもそうそう会わないだろうって」


「……そうだったんですか」


「お父さんもお母さんも、私の悩みを知っていた。わかってくれてた――相談したらね、すぐに桜星のパンフレット見せてくれたんです。私の悩みを知ってて、調べてくれてた……私がこんなんだから寮生活は難しいだろうって、アパートまで借りてくれて……新しい環境で頑張りなさいって。なのに、私また同じことを繰り返して――」


「――先輩の親御さんはめちゃめちゃツイてましたね。先見の明があったというか――いや、ツイてるのは先輩かな? それとも引きが良かったんですかね?」


 今にも泣き出してしまいそうな先輩の言葉に割り込む。


「――え?」


「だってそうでしょう? やらかしちゃったのはまあ仕方ないとして、誰も自分を知らない学校がいいって言って、親御さんが選んだのが桜星で――そこで、先輩は自分で『尊敬できる先生』と言った椿姉と出会った。教師に限った話じゃないですけど、自分が尊敬できると思える人と学生の間に出会えるなんてラッキーじゃないですか。一生そういう相手に出会えない人だっていると思うし」


 俺の言葉にはっとする真那さん。潤みかけていた目元を手の甲でこすり、頷く。


「……そう、だね。私は幸運だ」


 ……良かった。伝わったようだ。


「……悠真くんとも知り合えたし、私は運がいいです」


「それはどうでしょうね……まあ高校でやらかしたことはこれ以上悩まなくていいんじゃないかと思います。取り戻せますよ。そのために先輩は今頑張ってるわけですし」


「挽回……できるかな」


「さあ? それは先輩次第でう。でも俺は、先輩ならきっと大丈夫だと思ってます。今日だってすごく調子が良かった。これなら学食も余裕ですよ。実際、誰かと話をするような機会なんてないと思うし。勉強合宿にもきっと間に合います。そしたら二学期だって」


「うん……私、頑張ります。そしてクラスに復帰して、逢坂さんに謝りたい」


「――……逢坂さん?」


 聞き慣れない名前に首を傾げると、真那さんがああと頷く。


「逢坂羽海さん……クラスメイトで、ええと」


「ああ、例の相手ですか」


 こくり、と頷く先輩。逢坂羽海さん、ね――真那さんの《魔女》化させ、そして最初の犠牲となったクラスメイト。一応この名を憶えておいた方がよさそうだ、そんな気がする。


 ぼんやりとその名を頭の片隅に刻んでいると、


「――悠真くん」


「はい?」


 どこか改まった様子の真那さん。もう泣き出しそうな顔はしていなかった。


「気づかせてくれて、ありがとう」


「デキる後輩ですみませんね。でっかいお返しを期待してますよ」


「そうですね。ちゃんと返しきれるか心配です」


 今度こそ真那さんは屈託のない笑顔を見せた。良かった、一時はどうなることかと思ったぜ。


 胸をなで下ろしていると、マナーとして開けたままにして置いた部屋の扉の向こうから「ケーキの用意ができたわよ」なんて母さんの声が聞こえてくる。


「――さて、行こうか、悠真くん。さっきの様に待たせては、また花村先生にえげつないのをお見舞いされてしまうぞ」


 ぴんと背筋を伸ばし、余裕さえ感じさせる笑みを浮かべた真那さんが言う。


「そうですね。行きましょう」


 真那さんに促され腰を落ち着けていたベッドから立ち上がる。


 ふと真那さんに目を向けると、どこか怪訝そうな視線を俺に向けていた。


「? どうかしました?」


「いや、今更なんだけれどね?」


「はあ」


「……花村先生にあれだけのことをされたわけだが、平気なのかい?」


「前回蹴られた時は受け方良かったんで痛いだけで済んだんですけど、今日はちょっとダメー

ジ残りましたね。でも頭は振れてないんで、平気の部類です」


「前回? ……花村先生は、日常的に君にああいう仕打ちをするのかな?」


「まれによくあるって感じですね。椿姉をあんまり尊敬しすぎてもダメすよ。常人が見習ってはいけない面を確実に持ってる人なので」


 さすがに加減している(……よな?)とは言え俺以外の相手に回し蹴りをぶっぱしたりしていないと思うけど。有段者だし訴えられたら普通に負ける。


「……ううむ。私と二人の時は、とても素敵で尊敬できる方なんだけれどなぁ……」


 もし今日先輩の椿姉に対するリスペクト値が下がったとしても、断じて俺のせいじゃない――と思う。




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