第4章 それは霹靂のように ⑧
四週間前の彼女を思えば、まさに感無量。それくらい真那さんは初対面である母さんと父さんを交えた食事を完璧にこなしてみせた。いや、こなしてみせたは言い方が悪いかもしれない。《魔女》として完璧に振る舞って、そして食事を楽しんでいた――そんな風に思う。
そして――
「ここが、悠真くんのお部屋……」
伏倉にお前のつまらない部屋を見せて笑ってもらえ、という失礼すぎる椿姉の発言により俺の部屋に真那さんがいるという謎現象が発生中である。
それなりに長い
軽く常軌を逸するレベルの美少女である真那さんが俺の自室にいるというのは、なんというか受け入れがたいレベルの違和感がある。
取りあえずベッドに腰を下ろし、デスクの方の椅子を真那さんに勧める。
「……座ってください」
「あ、ありがとう……」
両親の目がなくなり素に戻った真那さん。小さく頷いて、俺に言われるままデスクに座る。
どうしてそこに座らせるのかというと、俺の部屋にローテーブルがないからだ。デスクにベッド、本棚、クローゼット。ラグ、隅の方へと追いやられたダンベル類――部屋にあるのはこれくらい。
くつろぐのはベッドで十分。ごくごくまれにする勉強はデスクでするので、ローテーブルは必要ない。そう思っていたが……こういう時は困るな。
「……男子の部屋、お邪魔するの初めてです……」
それでも先輩は割と興味津々といった様子で部屋を眺めていた。まあ、見られて困るようなものはないので存分に見てくれて構わないが……
……男子的には必携なアレは椿姉が勝手に家宅捜査するので所持していない。過去に何度かその手の本を買ったことがないじゃないが、全て見つかって没収された。椿姉曰く「まだ早い」とのこと。そろそろヌードグラビアぐらいいいんじゃないかと思うけど、よく考えたらあの手の本は十八禁だよな。じゃあ椿姉の言う通りまだ早いのか……
真面目か、俺は。
「先輩が見て楽しいようなものがあればいいんですけど」
「見られて恥ずかしいものとか、ないの?」
「ないですね。好きに見てくれていいですよ。ああでもクローゼットは困るかな? 中には下着もあるんで。とはいえ男なんで見られて嫌とかないですけど、先輩も見て別段楽しくないだろうし」
「クローゼットは、開けないね……!」
頬を赤くして力強く頷く真那さん。うん、下着と聞いただけでその反応なら是非そうしてください。
「――、あれ――……」
遠慮がちに部屋を見回していた真那さんが目を止めたのは、本棚の一角を占めるトロフィーだった。真那さんと初めてあった日に見せた椿姉のネット記事――その一部で椿姉と並ぶ俺が抱えていたものだ。
「……ああ、全国獲ったときのやつですね」
「リビングに賞状、いっぱいあったね」
俺が選手だった頃、大会で貰ったトロフィーはこれだけだ。小さな大会だと賞状だけだったり、プラスで楯をもらったりしたが、それらは母さんがリビングに飾っている。こいつに関しちゃ初めてのトロフィーで舞い上がった当時の俺が部屋に置いておきたくてここにあるのだけど――今となってはただのオブジェ以上の意味が見いだせない。そんな代物だ。
「なんだかんだで息子が貰った賞状なんで、嬉しいんじゃないですかね」
「悠真くんの努力の証です。嬉しいに決まってます」
「……だといいんですけどね」
「悠真くんはすごい人なんだなって、改めて思いました」
「……普通の高校生ですよ、俺は」
「そんなこと……私、賞状なんて貰ったことないです」
「別に賞状貰ったら偉い、貰えなけりゃ偉くないとかないですよ。先輩、進学科じゃないですか。ウチの進学科に合格しただけでもご両親は鼻が高いと思います」
「そう、かな……」
「そうですよ。あー……答えにくければ黙秘でいいんすけど、先輩、成績の方は?」
「……一応、定期試験はそれなりに……内申は、多分ぼろぼろ……」
……まあな、内申点は保健室登校の現状では大きな期待は出来ない。しかし遠慮深いこの人がそれなりにと言うのだ、試験の方は平均点を軽くクリアしているのだろう。
「俺は受験したってウチの大学厳しいですけど、先輩は進学科だしテストで点取れてるならエスカレーターで上行けますよね。俺よりすごいです」
付属の大学は高等部ほど有名ではないが、全国的に見て立派な一流大学の一つだ。娘が一流大学に入学したとなれば親として自慢の種になる。
「そんなことないよ……悠真くんは日本一でしょう?」
「昔の話ですよ。それにその空手でもウチの推薦取れなかったんですから、大したことじゃないです」
「それは怪我をしていたから……」
「……ま、今となっちゃ推薦取れなくて良かったです。結局辞めたんですから」
……ちょっと話の流れが良くないな。
「……悠真くんは、もう空手は」
それきた。
真那さんはナイーブだ。下手な言い方をすれば傷つけてしまうかもしれない。慎重に言葉を選んで告げる。
「先輩、お願いがあります」
「……なんですか? 悠真くんにはお世話になってるし、私にできることなら……」
「俺に空手の話をふるのはいいです。聞きたいのなら話しますよ。でも空手への復帰を勧めないでください。その気がないので、ノーとしか言えないんです」
「……………………」
けじめとして、椿姉とリマッチはきちんと果たそうと思っている。そのために必要ならまた道場へ通うことになるかもしれない。
けど、それだけだ。椿姉に俺はもう大丈夫だと示せたら、それ以上空手を続けるつもりはない。再戦を果たせばもう空手に未練はないのだから。
なるべく柔らかく言ったつもりだった。それでも先輩にはきつく聞こえてしまったか、俺の言葉に息を飲んで――そして室内に沈黙が訪れる。
このままではダメだ。せっかく上手く行っていたのだ、先輩をいい気分で帰らせてあげたい。
「先輩、料理上手なんですね」
「そんな、あのくらいで……」
「謙遜することはないですよ。ホントに美味しかったんでんすから」
「あう……ありがとう……」
「礼を言うのはこっちですよ。いつも紅茶淹れてくれるじゃないですか。手つきが慣れてるように見えたんで、料理も下手ではないだろうなとは思っていましたけど」
「一応……自炊してるから、ね」
真那さんの表情にぎこちないながらも笑顔が戻る。よし、もう少しつついてみようか。
「一人暮らしですもんね。そういや聞いたことなかったですけど、どこの出身なんですか?」
「群馬です。群馬の、こちら寄りなんですけど」
ああ、お隣さんか。
「先輩はどうして桜星に?」
尋ねる。その途端、真那さんの表情に影が差した。しまった、前に出すぎたか。
しかし心配とは裏腹に先輩は黙り込むことはなかった。
沈んだ声で、ただ、ぽつりと――
「――地元にいたくなかった、から」
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