第4章 それは霹靂のように ⑦
「首、どうかしたのか、悠真」
シャワーを終え、首をさすりながらリビングに戻った俺を見て開口一番父さんがそんなことを言った。
「寝違えた」
「シャワー中に!? お前器用だね!?」
「おう、我ながらそう思う。器用に育ててくれてサンキューな」
キッチンテーブルから身を乗り出して驚く父さんに適当にそう返す。椿姉は知らん顔でビールに夢中だ。真那さんは心配そうな視線を俺に向けていた。天使なのかな……? ああいや《魔女》だったわ。どっちにしても今日唯一俺に優しくしてくれそうな人だ、大事にしよう。
俺を案じてくれている真那さんに視線で大丈夫だと伝え、テーブルに目を向ける。そこには既に料理が盛られた皿が並べられていた。トマトチキンカレーに、唐揚げ、葉物にブロッコリー、パプリカ、ゆで玉子のサラダに――コールスロー?
「珍しいものがあるな?」
長方形のキッチンテーブルには父さんと椿姉が並んで座り、対面には母さんと真那さんが並んでいた。俺の定位置は真那さんが座っている所である。別に座る場所などどこでもいいが、ここに座れとばかりにカレー皿が置かれているのはいわゆるお誕生日席だ。
若干気後れしつつそこに座り、目に飛び込んできたのがコールスローの盛られた皿だ。ウチの食卓じゃちょっと見覚えがない。
「真那ちゃんが作ってくれたのよー。もう一品くらいあっさりしたものがあったほうがいいかしらって聞いてみたら、冷蔵庫見て真那ちゃんが「コーン缶はありますか?」って。あるわよって言ったらもうあっという間に」
「へえ。料理スキル高いんすね、先輩」
「サラダぐらいでそう褒めんでくれ。面映ゆいよ」
おっ、スイッチはしっかり入ってるな。グッドだ。
「そんなことないわ。味見したけどとても美味しいのよ。ケ○タのやつみたい!」
その褒め方はどうなんだ、母さん……確かにケン○のコールスロー美味いけど。
「あまり難しいものでなければ、一度食べればレシピは予想できますので。アレンジもしていますが……お口にあったのなら嬉しいです」
いや、先輩。多分それは言うほど簡単なスキルじゃない。椿姉が「なんだと……!?」みたいな顔してるぞ。
「さあ、悠真も戻ったし、話はそれくらいにしていただこうか」
「いただきます!」
父さんの仕切りにスタダをキメたのは椿姉だった。椿姉がいる日のウチは大体こんな感じだ。しかし椿姉……もう少し真那さんの心配をしてもいいんじゃないのか。
「いただきます。真那ちゃんもどうぞ」
「はい、いただきます」
もうすっかり真那ちゃん呼びの母さんに促されてスプーンを手にする真那さん。さっきの様子も含め、今のところは問題なさそうだ。俺の親と会うのは恥ずかしいと言っていたが、それも上手くやれている。
このままつつがなく食事を終えられれば、真那さんにも自信がつくだろう。
ふと、カレーに狙いを定めたらしい真那さんと目が合った。プチフリーズ。真那さんは僅かに頬を赤くして視線を伏せてしまう。
途端、足首に軽い衝撃。椿姉だ。あんまり見るなってことか? そうか、俺が緊張させてどうすんだって話だよな……ってかよく見てるな、椿姉。見直したぜ。
一旦真那さんを注意の外に追い出し、俺もスプーンを手に取る。取りあえず興味があるのは我が家の食卓には目新しいコールスローだ。スプーンで一口分をさらい、口に放り込む。
――!
「○ンタより美味い」
「褒め方……」
椿姉がげんなりした顔で言う。わ、わかってるよ!
「いや、マジで美味いです、先輩」
「そうかい? なら良かった。君は辛いものが好きとお母様に聞いたから少し胡椒を効かせてみたんだ。お母様の料理に比べたら料理と言えるほどのものではないが、気に入ってもらえたようで何よりだよ」
「はー……これ、家で再現できるものなんですね」
確かにいつか食べたものと違い、胡椒が効いていて美味い。その点で俺的に店のもの以上と思える味だ。しかしベースの味は件の店のものを完全再現しているのでは……? そんな味。
「チキンの再現は難しいがね、こちらは普通に家庭にあるもので作れるんだ。具材も応用が効く。マヨネーズとミルクと砂糖があればなんとかなるかな」
「まじすか。母さん、習っといて」
「もうばっちり。レシピメモったわよ。真那ちゃんはまだ隠し技いっぱいありそうよねー。色々教わりたいわ」
「そんな、お母様こそ……ルゥから作っていたのは驚きです。手間もかけられていて……母親の手料理とはこれと学ばせていただきました」
「やだもう、真那ちゃんたら……いっぱい食べてってね?」
「はい」
微笑んで頷き、皿からカレーとライスを掬う先輩。おっと、またフリーズさせてもいけない。俺も自分の食事に集中する。
カレー美味い。大皿から唐揚げを投入。美味い。
……正直、チキンカレーに唐揚げトッピングはどうかと思わなくはない。ソーセージやカツでもいいじゃないかと思う。思うが……そんなもの、美味いの前では些事にすぎない。
そしてカレーに唐揚げトッピングという重いメニューに、真那さんチョイスのコールスローは大正解と言えた。マヨネーズを使ってるんだしカロリー的には重めのはずだが、口当たりがさっぱりしているのでカレーが進む。これ意識的に加減して食わないと、気づいたら腹がはち切れそうになってるやつだな……
……まあ、いいか!
俺は「食うべきか、食わざるべきか……」みたいな難しい顔をしている椿姉を尻目に、欲望に身を任せてカレーを貪った。
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