第4章 それは霹靂のように ④

『……え、つまりお前がキリストの生まれ変わりだったの? 現神人? 異能力とか持ってるの?』


 夜。恒例の報告電話。そこで今日の出来事を話し終えた後、椿姉の反応がこれである。一発で理解してくれたらしいのはいいのだが……いやこの反応は理解できてねえな、多分。


「実は雷落としたり海割ったりできるんだぜ――ってそんなわけあるか。俺は現代異能モノの主人公じゃねえよ」


 普通に普通の現代人だよ。


『だってお前が奇跡的福音をもたらすから』


 さては自分でも何を言っているか良くわかってないな?


 椿姉が真那さんのことになるとIQが下がるのは承知の上だったが――


『ちょっと噛みしめるからもう一回説明して?』


 結局一回で済まないのか……やれやれ。


「勉強合宿に参加する前準備として、先輩には学食を利用できるようになってもらおうって話になった。んで、その練習ってことで、先輩がウチ来て飯食うことになった。椿姉は先輩の送迎をして欲しい。車出してくれ」


 要望通り説明する。


 しかし椿姉から反応が返ってこない。


「……椿姉?」


『――……悠真』


「あん?」


『……今日ほどお前の姉ちゃんで良かったと思った日はない』


 そんなにか。


『私、明日からお前のことゴッドって呼ぶ』


「やめろ」


『だからこれからも私に福音をもたらしてくれ。な?』


「な? じゃねえよ。何考えてんだ」


『いやお前、私の車の助手席に伏倉が座るとか……最高か?』


「……今日の話は全部忘れてくれ。先輩は俺がバイクで迎えに行く」


 俺が自動二輪の免許を取ったのは高校に入ってすぐのことだ。もう一年が経過しているので二人乗りができる。俺と二人乗りとか真那さん的に緊張するかと思って控えていたが、椿姉の助手席より俺の背中の方が安全そうだ。先輩の貞操的に。


『馬鹿お前二輪の二人乗りは危ないだろう。ここは車を持っている私がだな』


「椿姉は先輩に被らせるメットだけ買ってくれ」


『……伏倉に私物のプレゼントか。それもありだな』


 椿姉はもう駄目かもしれない。


『漲ってきた!』


 知るか。しぼんで消えろ。


『で、その食事会っていつ? 今日?』


「アホか、今日の今日はねえよ。母さんだって準備とかあるだろうし。あとは真面目に送迎してくれる気があるなら椿姉の予定とか。部活して仕事してだとこの時間だろ? 部活早めに終わる日とかないの?」


 現在は二十時過ぎ。この時間からでは夕飯としては少し遅めの時間だし、帰りの時刻を考えたらもう少し早めの時間がいいだろう。


『ちょっと漲っただけだ。ちゃんと真面目に送迎するよ――まあ、ウチも一応全国区の運動部だからなぁ……しかし事務仕事は当日必ずというわけでもないし、最悪持ち帰ってもいいわけだし。もう少し早めにと言うことなら対応できるが』


「俺は別に気にしないけど、いくら一人暮らしだからって先輩的にももうちょい早い方がいいんじゃないかな」


『うん。そうだな。日はいつがいい?』


「俺は別にいつでも。母さんが前の日までに連絡してくれれば用意してくれるって言うからさ。昼間の間に椿姉の予定優先で先輩と日取り決めてくれない? そんで決まったら俺にメッセくれよ。母さんに伝えるから」


『わかった。おばさんには世話になるな……何かお礼を考えないと』


「あー、いつだったか椿姉が母さんに買ってきたケーキ、あれ喜んでたよ」


『お、そうか。ではその線で考えてみようかな』


「いいんじゃないの」


『しかし、そうか……あの伏倉が、友人の家に食事をご馳走になるようになったか……』


 しみじみと、椿姉。


「ウチならやらかしても学校に影響出ないだろうし、試金石としちゃ丁度いいだろ」


『それで問題なくこなせたら、学食で――という訳か』


「ああ。先輩はもうかなり《魔女》らしく振る舞えるようになったけど、まだ俺と椿姉の前でしか変身してないからな。不特定多数の前でも《魔女》でいられるようでなきゃ、勉強合宿は難しいだろ?」


『ってことはお前の家も《魔女》で?』


「当然。慣熟訓練の一環だもん。学食だって《魔女》で行くんだし、ウチにだって」


『――……いや、それはどうかなぁ』


 俺の言葉を遮るように椿姉が呟く。


『私はその場にいなかったから断言はできんが、伏倉は――少なくともお前の家には素の方で行きたいんじゃないかなぁ』


「……今更俺んちに素のまま来る意味ってある?」


『行動の全てに意味を以て動ける人間なんていないよ。特に伏倉のような女の子はな。理屈じゃないんだよ』


「……その心は?」


『伏倉にとってお前は初めての友人だぞ。いくら素敵な《魔女》を目指しているからといって、そんな友人の家に初めて招かれて……――お前が伏倉なら、どうしたい? どちらの自分で行きたい?』


「え? あ――……」


 まじか、そういうことになるのか……これ、真那さんに言って好きなように振る舞ってもらった方がいいのかな?


「……椿姉はどう思う?」


『どうだろうな? 逆にお前に今までの成果を見せたいと、張り切って《魔女》の自分を見せようとするかもしれないな?』


「なんだよ、それ。どっちも動機になるじゃん。結局どっちなの?」


『私に聞いてわかるわけがないだろう? 伏倉本人にしかわからんことだ』


 さっきまで現神人とかゴッドとか低い発言していたくせに、なんて正論を……


「あの、椿姉」


『うん?』


「日取り決めるときに、先輩に好きなように振る舞うように言ってくれないかな」


『私がか? 自分で言ったらどうだ?』


「いや、なんか当たり前のように《魔女》前提で話したからさ、今更覆すのも」


『どうして? お前だって間違える。それを伏倉に教えてやれよ。ましてお前は伏倉より年下だ、お前のそういう所を見せてやるのもいいんじゃないか?』


「あー……俺が間違えるっていうのはまあうん、当然あるよ。全然ある。それを認めたくないとか、今更覆すのは決まりが悪いとか、そういうつもりじゃなくてさ。他のことならいいんだけど《魔女》の扱いについてだろ? 《魔女》を最初に勧めたのは俺だ。俺がそこでブレたら先輩が不安になるかなって。だから椿姉が俺を説き伏せたってことにすれば、先輩も気楽に選べるかなぁ、と」


『悠真……』


 椿姉が、驚いた様な口調で言う。


『お前、いろいろ考えるようになったなぁ……』


「……俺だって、先輩が自分で納得いく形で卒業してもらいたいんだよ」


『もうじきお前が保健室に通うようになって一ヶ月だもんな……そうか、お前も成長してるんだな』


「……そうか?」


『以前のお前なら、自分が判断ミスをしたと思ったら即座に修正しようとしたと思うよ。伏倉がブレるとかそんな風には考えずに「やっぱどっちでもいいです、先輩がいいようにしてください」とか言ってな』


「IQ低そうな発言の後に急に教師っぽいこと言うのやめない? 落差ですごく疲れるんだけど」


『教師だから仕方ないな!』


 電話の向こうで椿姉がサムズアップしている姿が見えた。もう突っ込む気も起きない。


『まあ、お前の成長に免じて甘えさせてやるよ。《魔女》の件、伏倉には私から言っておく』


「ありがとう。あとついでに好き嫌いとアレルギーないか聞いといて」


『任された』


「あー……もう報告することない。切るぞ。なんかすごく疲れた」


『いや待って。お前の疲労とかどうでもいい。お前が伏倉を食事に誘ったとき、多分あの子慌てただろ? そこのところを詳しく聞きたいのだが!』


「お疲れー」

 通話終了。そのままスマホの電源をオフ。



 翌朝、電源を入れるとラインに鬼のようなメッセが山ほど来ていた。


 下手に既読つけた上で無視したら襲撃コースだったな。電源オフって良かった。




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