第4章 それは霹靂のように ③
「近いうちに椿姉とウチに母さんの飯食いに来てみません?」
「無理!」
即座に顔を赤くして真那さんが叫んだ。ここ最近じゃ久しぶりの『無理!』である。
「無理ですか」
「馬鹿、おま、親御さんと食事会とか無理に決まっているだろう……馬鹿!」
罵られた。ここまで取り乱すのは最近では珍しいな。キレの方はまるでゴミだが。
「いや、そこまで肩肘張ったものを催すつもりはゼロですけど」
「あう……」
あ、スイッチ切れた。
……まあいいや。
俺はスマホを取り出して、母さんの電話番号を呼び出す。待つことしばし――
『もしもし』
「あー、俺」
『どちらの俺さん?』
「あんたの一人息子の俺さんだ。あんさ、近いうちに椿姉と先輩一人をウチに呼んで飯食ってってもらいたいんだけど、いい?」
『あんたウチに呼べるような先輩なんていたの?』
「椿姉の教え子。そんで知り合った」
『椿ちゃんの教え子さんなら歓迎よー。前の日までに言ってくれれば大丈夫』
「おー、サンキューなー」
『いえいえ。で、あんた今日何時頃帰る? 帰りにちょっと買いも――』
通話終了。スマホをしまう。折り返し電話がかかってきそうな気配が濃厚なのでマナーモードに設定するのも忘れない。応じるつもりがないからだ。
スマホをしまうと、わなわなと震える視線をこちらに向ける真那さんと目が合った。
「母の許可が下りました」
「君は! 何を!! してるんだ!!!」
お、《魔女》復活。
「いや、先輩らに来てもらったとしても、飯作るのは俺じゃなくて母さんなんで。シェフの許可はとっておかないと」
椿姉だけなら急に来ても白飯だけ出して、あとは冷蔵庫の残り物でなんとかするという荒技もできるのだが(それはそれで母さんは楽しそうだし、椿姉も喜んで食べる)、わざわざ先輩を呼んでおいてそんなことはできないだろう。
「そうじゃなくて!」
「そうじゃなくて?」
「……………………悠真くんのお家でご飯とか、無理です……」
これは素の方の真那さんだ。今日はもう変身は無理だろう。さようなら、《魔女》。また合う日まで――多分明日だろうけれど。
「先輩、さっき椿姉とおうちご飯楽しそうって言ってたじゃないですか。なら一緒にどうかなと思いまして」
「……悠真くんの、ご、ご両親に会うの……は、恥ずかしい……」
「そうですか? 学校と関わりないし、むしろ気楽じゃないすか」
「無理ぃ……」
「例えばですけど、椿姉が送迎してくれたとしたら夜に出かけるのは平気ですよね。椿姉から先輩は学校の近くで一人暮らしをしてるって聞いてます。寮生じゃないなら門限とかないですよね」
「……それは、平気」
「例えばって言いましたけど、その気があれば椿姉に車出してもらいますよ。俺んちからじゃこの辺りまでそこそこあるんで、帰りも送ってもらいます」
「でも……でも……」
いやいやするように、真那さん。むう、そこまでか。
「……ん、じゃあこれはナシにしておきますか」
「え、いいの?」
「もともと真那さんが楽しそうって言うからじゃあ俺んち呼んだら本題の練習になるかなと思っただけなんで、どうしても無理なら別に」
「……そ、その本題を聞かせてください。頑張ります……」
と言ったところで、真那さんははたと気づく。
「え? 練習……?」
得意のリアクション芸が炸裂する。「なにそれ知らない……美味しいの?」の顔だ。
多分全然美味しくないよ。
「はい。ワンクッション置けるかなって」
「練習が必要なことをするの……?」
「それは先輩次第じゃないですかね。改めて確認です。さっきも聞きましたけど、昼はここで椿姉と食べてるんですよね?」
「……うん、大抵は……花村先生は用事があって外すことがありますけど、私はいつもここで」
「おけです。じゃあこれからは週に何度か学食で食べるようにしましょう」
「…………?」
意味がわからない、と言った様子で小首を傾げる真那さん。その仕草は可愛いが――それで手心を加えたりするつもりはないぞ。
「これからは週に何度か学食で食べるようにしましょう」
「……………………?!?!?」
今度は伝わったようだ。真那さんが目を白黒させる。
「な、な、なんで……?」
「人前で《魔女》でいることに慣れるためですよ。積極的に他の生徒と関わることがないし、でも人の目は沢山ある。最初のステップとしちゃいいロケーションじゃないですか?」
「無理だよぅ……」
「大丈夫ですよ。俺の前では凜々しい《魔女》でいられるじゃないすか」
「それは、相手が悠真くんだから」
「でも、先輩が目標にしている勉強合宿にも教室にも俺はいないんですよ。それとも椿姉に学校と交渉してもらって、俺が受業参観します? 自分の受業の単位とれるなら、俺、先輩の受業参観してもいいですよ。むしろ普通に受業受けるより楽まであります」
「それは恥ずかしいです……」
まあな、後輩に授業参観してもらうってのは相当恥ずかしいだろうな。
「学食は行けるようにならないと。いきなり勉強合宿参加はちょっと俺も心配なんですよ」
告げる。真那さんは紅潮した頬の熱を冷ますように顔を仰ぎ、しばし瞑目。
――そして。
「…………悠真くんがいないと、きっと取り乱しちゃうと思うから……」
「はい」
「……一緒に学食、行ってくれませんか?」
最終的には一人で学食を利用できるようになってもらいたい。でも一人で学食は少数派だし目立つか。現状目立つことが彼女の目標ではない。
多分真那さんが一緒にいて一番リラックスできるのは椿姉なんだろうけど、先生とサシで学食は一人よりも更に目立つ。じゃあ他に選択肢はないよな。
「いいですよ。俺が一緒ならできそうですか?」
「が、頑張ります……――あ、あと!」
俺の言葉に意を決したように、真那さん。
「はい?」
「は、悠真くんと一緒にご飯する練習、したい、です……」
緊張しているのか、真那さんは目をぐるぐるさせていた。出会った頃は真っ赤になって俯くだけだったのに、だいぶ表情が豊かになったよな……いい傾向だと思う。
……っていうか俺と飯を食うのに練習がいるのか。もう結構慣れたと思ってたんだけど、ちょっと凹むな。
「必要ですか? こうしてお茶会してるじゃないですか」
一緒にいて紅茶を飲むだけでなく、時にはスコーン食べたりクッキー食べたりしてるんだけどなぁ。今日だってこのあとゼリー出してくれるって言っていたし。
しかし真那さんはぶんぶんと首を横に振った。
「全然違います……!」
そういうものか。乙女ゴコロはわからんな。お茶会と食事にそこまで大きな違いがあるのか。
……まあ、真那さんがそう言うなら。
「じゃあ、やっぱり椿姉と一緒に一回ウチに来てみますか?」
「ご迷惑じゃなければ……」
「母さん基本客好きなんで、喜びますよ。何曜日はダメ、とかあります?」
「な、ないです……いつでも」
「それじゃあ椿姉次第かな……学食の方はウチで飯食ってみて、その感じから改めて予定立てましょう。それでいいですか?」
「大丈夫です」
まだちょっとぐるぐるしてるが、それでも真那さんは頷いた。
よし、少し先に進んだな。勉強合宿までまだ一月強。今から人前での《魔女》慣熟訓練ができれば、そして自信が持てれば十分に準備をして勉強合宿に臨めるだろう。
「先輩が頑張れそうで良かったです。新しい方針も立てられたし、今日はこの辺りにしておきましょうか。ゼリー食わせてください」
「う、うん――ちょっと待っててね」
そう言うと、真那さんはどこか少し嬉しそうに立ち上がりぱたぱたと冷蔵庫に小走りで駆け寄る。その尻に――いや、変な意味じゃないぞ――ぶんぶんと力一杯振り回される子犬の尻尾が見えた気がした。
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