第4章 それは霹靂のように ①
俺が《魔女》とお茶会をするために放課後の保健室に足を運ぶようになって、三週間と少し。暦は六月になった。
六月は梅雨のイメージだけど、昨今の梅雨はもう少し夏にずれ込む印象だ。今年もまだ梅雨入りの報は聞かず、初夏の太陽が燦々と地上を照らす。
雨が降るとバイク通学の俺は登下校がしんどいので、個人的には雨天よりはまだ暑い方がいい。放課後の茶会が終わる頃には陽射しの厳しさも多少マシになるし、なおさらだ。
で、放課後――今日も今日とて俺はこのマンモス校で唯一であろう無人の廊下を歩き、その部屋の扉をノックする。
「どうぞ」
凜とした声が返って来る。この三週間で真那さんは随分変わった。大きく前進したと言えるだろう。
「こんにちは」
入室して声をかける。保健室のラウンドテーブル――そこに座る真那さんが俺を出迎えてくれた。
「……こんにちは、悠真くん」
こうして保健室を訪ねる俺を迎えてくれるのは、いつも素のままの真那さんだ。彼女は俺と目が合っても即座に目を逸らすことがなくなった。視線を合わせ続けると赤面して俯いてしまうけれど、禄に会話もできなかった最初に比べたら大したものだ。
――それに。
いつもの様に寝台に鞄を置いて、真那さんと向かい合うように座る。
「……紅茶、飲む?」
「いただきます」
「最近はだいぶ温かくなってきたね」
こんな風に、真那さんの方から話題を振ってくれるぐらいには打ち解けた。
「というかむしろ暑いくらいです」
「……そう思って、今日は水出しの紅茶も用意してあるんだけど。温かいものと冷たいもの、どっちがいいですか?」
「まじすか。アイスでお願いします」
「ちょっと待っててね」
俺と話すにも以前のような強い緊張はない。これに関しては例えば相手が俺じゃなければ以前のように激しく緊張するのだろうが、少なくとも俺と一緒にいて彼女に強いストレスはかからなくなったように思う。
テーブルから立つ際に真那さんのスカートの裾が揺れた。ウチの女子の制服のスカート丈は膝上であまり長いとは言えない。とは言え翻ったくらいで下着が見えてしまうようなことはない――が、注視するのは気が引けて目を逸らす。それでも視界の端に移るスカートから伸びる白い足は鮮やかだった。自分に「俺は英国紳士」と言い聞かせてそれを意識から追い出す。鉄の心を持つ俺に不可能はちょっとしかない。
備え付けの冷蔵庫から琥珀色の液体で満たされたガラスのピッチャーを取り出した真那さんはクリスタルグラスにそれを注いだ。よく見るとピッチャーには紅茶と氷だけでなく、いくつかのフルーツが泳いでいるようだった。
「それ、なんですか?」
「……フルーツティーにしてみたんです。オレンジとキウイ、アップル、ブラックベリー……ゼリーもあるので、後でゼリーにフルーツを乗せて食べましょう」
「そんなもんまで用意してくれたんすか、なんかすみません、あざます」
「私はフルーツ用意をしただけで……朝、今日はフルーツティーをと花村先生にお話ししたら、じゃあそのフルーツでゼリー食べようって昼休みに花村先生が用意してくれました」
「ああ、じゃあ遠慮はいらないですね」
「……いいのかなぁ」
俺の言葉に苦笑いをする真那さん。俺の前にコースターとグラスに注いだフルーツティーを置いてくれる。
「どうぞ」
「あざます。いいんすよ、遠慮を憶えた方がいいのは椿姉の方です。しばらく前の話ですけど、ウチにふらっと飯食いに来たんですよ。その時にあの人、何言ったと思います? 『おかわりがない! 私の分を食べたのはお前か!』ですよ。ウチの夕飯ですよ? 俺が食べてなぜ文句を言われるのか疑問です」
「花村先生ったら」
「……紅茶、美味いです」
「良かった……沢山あるけど、お腹が冷えるといけないからゆっくり飲んでね」
話しながら口をつけたフルーツティーは、紅茶の香りと果物の甘み、香りが混ざって――要するにとても美味かった。
「……楽しそうです」
「うん?」
「……花村先生と、おうちでご飯」
「あの人はああですからね、退屈はしませんよ。先輩も昼は椿姉とここで食べてるんじゃないんですか?」
「はい、花村先生に御用がないときは一緒に。でも、ここは花村先生の職場だから」
ああ、まあ椿姉も学校じゃ《先生》だもんな。
……なるほど? 俺のホリゾンブルーの脳細胞が高速で回転する。閃いた、という奴だ。
「――……とりあえず、今日も変身しましょうか」
「……はい」
グラスを置いて伝えると、真那さんは頷いた。
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