第3章 素敵な《魔女》になるために ⑤

『何を言ってるのかちょっとよくわかんない』


「そろそろ一発でわかってくれてもいいんじゃないかと思うんだけど」


『いやお前、先週も昨日も意味不明だったが今日は更に意味がわからんぞ』


「どこがだよ」


『全部だよ……もう一回言ってくれ』


「仕方ないな……ちゃんと聞いてろよ?」


『うん』


 念を押す俺に、頷く椿姉。俺は間を置かずに告げた。


「先輩が花村先生みたいな努力をしたいって言うから、明日から放課後は道場行ってサンドバッグ叩くことになった。拳の皮剥いて固くするんだってさ。あと空き瓶で脛叩いて固くするとも言ってた。古き良き空手家って感じだよな。っつーわけで椿姉の家に空いてる一升瓶とかない? あれば持ってきて欲しいんだけど」


『……嘘だろ?』


「うん、嘘」


 …………………………………………


『ねえ、なんでそんな嘘ついたの? なんで?』


「本当の話をすると何言ってるかわかんないって言うから、じゃあ嘘ついたらなるほどわかったとか言うかなって。実験は失敗だった」


 先輩――《魔女》との茶会と同様、恒例となりつつある夜の椿姉からの聞き取り電話。真那さんが卒業するまで続く訳じゃないだろうが、しばらくは必要だろう。


『……お前の考えてることが全然わからん』


「似たようなこと先輩にも言われた。俺としてはこんなにシンプルな人間ってあんまりいないと思うんだけど」


『お前の性質はシンプルなんじゃなくて頑強なんじゃないかと思うよ、良くも悪くも』


「褒めてないだろ」


『ああ。お前は伏倉の脆さや繊細さを少し分けてもらうといい』


 うーん……真那さんが時折見せる勇気は尊敬できるけど、俺の精神にあの脆さや繊細さは同居できないと思うけどなぁ。


『で、結局今日はどうだったんだ。まだ与太話しか聞いてないぞ』


「ああ、今日は先輩に自主的に《魔女》に変身してもらったよ」


『え?』


「時間はかかったけど、成功。俺からこれといったアクションはしなかったけど、先輩は自分の意思で変身してくれたよ。思ってたより《魔女》も維持できたし、この調子なら勉強合宿に間に合うと思う」


 伝える。電話の向こうからこれといったリアクションはなかった。


「……椿姉?」


『……あれほど《魔女》の自分を疎んでいた伏倉が、自分の意思で変身を? 嘘だろ?』


「嘘じゃねえよ。もう先輩の《魔女》のイメージは反転してるんだって。今は素敵な《魔女》になるのが先輩の目標の一つになってるんだから、そりゃあ変身もしてもらわないと」


『……よく伏倉が納得したな?』


「ルーティンの話をして、《魔女》化のルーティンをリセットしてコントローラブルなものにしましょう的な話で丸め込んだ。あの人素直だから納得さえすれば大体言うこと聞いてくれるぜ」


『お前の伏倉に対する影響力が大きすぎて本気で怖い』


「そんなことないだろ。あの人、脆いけど見た目よりはタフだぜ。芯がある。立たせれば歩ける人なんだよ、先輩は」


『それはわかるよ。だが私も前任者も、彼女を納得させてやる気にさせることができなかったんだ。立たせてやることができなかった。お前だからできたんだ』


 しみじみと椿姉が言う。


「……別にそんな大層なことをしたつもりはないけど」


『私も、卒業までにお前がきっかけを作ってくれれば、ぐらいに思っていたよ。まさかここまで目覚ましい成果をあげてくれるとは……お前に泣かされたことが、伏倉にとってよほど衝撃的な出来事だったのかも知れないな』


 ……だとしたら、半分は椿姉の手柄だぜ。真那さんの決意の根っこには憧れの《花村先生》がいる。それは他でもない《正拳の魔女》――椿姉自身だ。


 そう言ってやりたいが、我慢。彼女の想いを俺が伝えてしまうのは反則だ。


 代わりに、今日の真那さんを見ていて、新たに浮かんできた悩みを打ち明ける。


「なあ、椿姉」


『うん?』


「正直、最初は椿姉に《魔女》を普通の女の子にしてあげろって言われて、まあ面倒だと思ったよ。経緯聞いてなおさらな。一年以上保健室登校してる女子をクラスに復帰させろって言われて『よしわかった俺に任せろ』ってテンションにはならないだろ?」


『……うん』


「でも、やる気にはなったし、本気で取り組むつもり――投げるつもりないし、進行形で本気ではあるんだけど」


『お前のいいところだよな。それ――一度やると決めたら本気。半端なことはしない――お前のそういうところに期待してる』


「……普通じゃん? 一度やると決めたら、悩んだり立ち止まったりするの、効率悪いだろ」


『それを普通と言えることが、お前のすごいところなんだよ』


「……そうか?」


『社会に出て、お前が傷つかないか心配だよ――そうじゃない人が、世の中にどれだけいるのか知るだろうから。それで?』


「ああ、うん――実は、三日目にして既に結構後悔していることがある」


『なんだ? この話を引き受けたことか?』


「いや、それは――」


 うっかり椿姉が俺のことを考えて持ってきてくれた話だ、受けたことそのものに後悔は微塵もない――そんな風に言いかけて言葉を呑み込む。


「それは、全然。椿姉、さっき先輩から脆さや繊細さを分けてもらえって言ったろ? 正直俺にそれが必要だとは思ってないんだけど、でも椿姉がそう言った気持ちはわかる気がするよ。先輩の強さは俺が持ってない種類のものだから、見ていてこう、なんていうか……」


『――恋しちゃう?』


「しねえよ。恋愛脳か。男なら拳で語れ」


『私、女の子だけど?』


「の子。の子ときたか。年考えろ、な?」


『拳で語っていいんだな?』


「言葉のアヤですすみませんした」


『真面目な話なら真面目に話しなさい』


「茶々いれたの椿姉だからね……?」


 一応、責任の所在は表明しておく。


 そして、改めて。


「――……目標設定が低い気がするんだ」




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