第3章 素敵な《魔女》になるために ④

 一度目の怪我は交通事故だ。そこに俺自身や相手ドライバーの不注意なんかがあったとしても、俺の傲慢さは関係ないだろう。正直不運に因るところが大きいと思う。


 二度目の怪我は俺自身の傲慢さが招いた結果だ。


 一度目の怪我で推薦こそ逃した俺だったが、それでもいわゆる『鳴り物入り』だった。椿姉のコーチ就任と俺の入学が同年だったこともあり、《正拳の魔女》と《魔女の弟》が同時に桜星空手部に参入ということで学生空手会話じゃちょっとした話題になった。俺と同学年の部員には、俺や椿姉の桜星入りを聞いて桜星を選んだという奴らもいたくらいだ。


 となればまあ――俺のことを面白くないと思う連中も出てくる。一つ上の先輩――現三年生の数名がそうだった。


 先に断っておくが、俺は原因が俺自身にあったと考えている。誰が一番悪いかと言えば、それは俺なのだ。俺が素直で可愛い後輩だったらこんなことになっていなかった。


 部活に復帰することになったその日、俺を面白く思っていなかった先輩たちが全国覇者として稽古をつけてくれと言ってきた。顧問やコーチ、当時の三年生の目を盗んでのことだ。ブランク明けの俺の天狗になっていた鼻をへし折っておこうって魂胆だったんだろう。


 勘弁してくださいとか、ブランク明けなんでとか、中学と高校じゃ違いますよ、俺の方こそ勉強させてくださいとか、今思えば躱す方法はいくらでもあった。俺がそんな態度をとっていれば先輩たちも俺を無理にシメようなんて思わなかったはずだ。


 けど、プライドが高く傲慢だった俺は屈してたまるかと思ったし、負けないとも思った。俺や椿姉とは違う他流派の道場に通っていたその先輩たちと彼らのルールで組み手をすることになった。


 彼らは治ったばかりの俺の左膝を執拗に責めた。意地になった俺は逃げることも降参もせず、彼らの望み通り全員と組み手をし――不慣れなルールで五人中四人を降参させた。そして五人目、最後の一人との組み手中に再び怪我をして――


 俺が素直な後輩だったら彼らもここまでするつもりはなかっただろう。俺が意地を張ったから、彼らも引くに引けなかった。


 他の部員や、顧問、椿姉には伏せてある。俺自身が招いたことだし、これが明るみに出れば空手部そのものが処分されかねない。リハビリの為遅れて部活に参加した俺に練習メニューを指導していた際の事故、ということになっている。


 実際、内容は過激であったが先輩たちは俺をフクロにしなかった。組み手は一体一で行なわれた。あれは事故だった――そう考えるようにしている。


 不慣れなルールも、五人抜きも、俺が自分で認めたことだ。俺の膝を重点的に攻めた相手を責めることはできない。格闘技に限らず、相手の弱点を狙うなんてのは正統な攻略法だ。


 そして俺は病院に担ぎ込まれ、診断結果を聞き――病棟のベッドで自分の傲慢さを嘆き、後悔したときにはもう遅かった。


「去年二度目の故障をして、その時にもう怪我前と同じように動けないって医者に言われたんです。それで空手への情熱もなくなって……辞めたというより、卒業したって感じですね」


「……そう、なんだ」


「ええ。日常生活に困らないぐらいは回復しているんですよ。だけどもう空手はいいかなって。リハビリも終わって暇してたんで、先輩の手伝いをしながら、なにか熱中できるものを見つけられたらいいなと今は思ってます」


「ごめんなさい、私、余計なことを……」


「全然。吹聴することじゃないですけど、どうしても隠したい訳でもないですから」


 故障して空手を辞めたことそのものは別に隠したい訳じゃない。その真相が明らかになるのはまずいが、真那さんはたとえクラスに復帰してもこんなことを言いふらすような人じゃない。彼女に知られてもそう不都合はないだろう。


「話を戻しましょう。先輩は椿姉の様な素敵な《魔女》になりたいと言った。ただ時間を過ごしていては絶対無理です。合宿まで二ヶ月あります。決して短すぎる時間じゃない――先輩が素敵な《魔女》になるための努力をすればきっと間に合う。俺はそう思ってます」


 伝える。


 長い沈黙。それは俺の古傷に触ってしまったことへの後悔か、未来の自分への不安か。


 どちらでもいい。真那さんはきっと、俺が思う選択をするだろうから。


「……本当に、私にできると思いますか?」


「勿論」


「……私、頑張ってみたいです。花村先生や悠真くんがした努力、してみたい」


 ……ほらな。この人は内気で自信が無く、気弱なところが目立つけど――根は前向きでまっすぐな芯が通っているんだ。多分、椿姉と同じ――努力の鉄人の才能がある。


「じゃあこれから俺と椿姉が通っていた道場行って、サンドバッグでも叩いてみます?」


「え?」


「先輩華奢だし、肌綺麗だから最初は辛いかもですよ。二、三度皮剥けば固くなるんで、それまでは我慢です。でも大丈夫、道場には救急箱がありますから」


「え? え?」


「まさか組み手を希望ですか? それはさすがに気が早いですよわかりましたボコボコにしてあげますね俺が椿姉にされたみたいに」


「ち、ちが……花村先生や悠真くんがした努力って、そういう意味じゃ……」


「でしょうね。いい返事が聞けて嬉しいです。明日も頑張りましょうね」


 そう言うと、真那さんははっとして俯き、そして伺うような上目遣いで睨んできた。からかわれたと気づいたようだ。


 もじもじしながら、それでも恨み言を言わずにいられないらしい。小さな声で呟くように、


「…………悠真くんは、いじめっこですか?」


「そんなことはないすよ。ほら、緩急を」


「…………できれば、優しくしてもらいたい、です」


「前向きに善処したいと思います」


「……それ、しない人が言うやつです……」


「まさか。先輩には後輩の言葉を信じる先輩でいて欲しいです」


「……、悠真くんは、なかなか難しい人なんですね」


「そうですか? 自分じゃ俺ほどシンプルな奴はそうはいないと思うんですけど」


「どこが!?」


「あ、あれ? 素の先輩でそんなリアクションでるほどですか? あれ?」


「シンプルって、本気で……?」


「ええ、まあ……」


「…………悠真くんを少し遠くに感じます……」


「……まじすか、おかしいな……俺、シンプルですよ?」


「どんまい、です……」


 やんわりと否定された。


 ……おっかしいなぁ。




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