第2章 《正拳の魔女》と三年生の《魔女》――と作戦会議 ⑥
「先輩と連絡先を交換した」
『何を言ってるのかちょっとよくわかんない』
「わかれよ。日本語苦手か」
『いや、お前が嘘をついてるとは思わんよ。だが伏倉と出会って二日で連絡先を交換したと聞かされても原始人に地動説を説くようなものだろう?』
「なんだよその例え」
『理解できんということだ』
「あっそう」
もう電話切ってもいいかな?
先週と同じく夜、自室でくつろいでいると椿姉から電話がかかってきた。今日の成果を確認したいというところだろう。大丈夫、今日は先んじて椿姉の居場所を聞き出した。部活が終わったばかりでまだ学校を出たばかりとのことだ。今日は例えなにかあったとしても、椿姉の高速の襲撃から逃げ出すくらいの時間は確保できる。
や、今日はやらかしてないから大丈夫なはずだけど。
『え、伏倉と連絡先を交換した? 本当に?』
「そう言ってるだろ」
『……ははーん、住所でも聞いたのか? 確かにそれも連絡先と言えるな。文通でも始めるつもりか?』
「今時住所聞く方がハードル高えよ。普通にライン交換したけど?」
『え? 私が何かあったときのためにライン交換しようって言ったらラインやってないって言われてケー番だけ渡されたんだけど?』
「ああ、そんな流れ。急用とかで今日はナシ、ってときに連絡できるように連絡先交換しようって話になってさ。ラインでいいかっつったら使ったことないって言うから、いずれクラスメイトとやり取りするのに必要になるだろうから練習がてら使ってみましょうって言ったら、割とあっさりと。インストールして設定教えてあげたら『ありがとう』ってスタンプきた。喋るやつ」
『……その手があったか』
マジで感心してんじゃねえよ。
「連絡先の交換、先輩から言い出したんだぜ。あの人の性格考えたらすごく頑張ったよな」
『……お前さ』
「うん?」
『前世が国が傾くレベルの女殺しだったりしない?』
「なんで? そんなわけあるか」
『あの伏倉だぞ? あの伏倉が、自分から?』
「それは……まあわかるけど」
『お前にそんなコミュ力が備わっているとは知らなかったよ……それだけのものを持っていてどうして彼女はおろか友達さえいないんだ?』
「さりげなくディスってくんのやめてくれない? コミュ力で交換したわけじゃない。事務的な理由じゃん」
『だとしても伏倉にわざわざラインをインストールしてまで使ってみようと思わせることは快挙だよ。たった二日でそこまで距離を詰めるとは……どんな手を使ったんだ?』
「うーん……当たって砕け、の精神かなぁ」
『それはそれで精神力がタフ過ぎると思う』
電話の向こうで、椿姉が呆れた様に言う。
「考えてもどうにもならないことを悩み続けてもしょうがないだろ。だったら打開するか、諦めるかの二択じゃん。ならとりあえず砕いてみるかと思うでしょ」
『……理屈は通っているかもしれないが、そううまく割り切れないのが人間なんだよ』
「お、教師っぽい」
『茶化すな。昼間、伏倉から先週のことを聞いたよ……確かにお前は当たって砕けの精神で伏倉に挑んだようだな。結果、伏倉が砕かれたわけだが』
少し、迷うように間を置いて――
『伏倉からもヒアリングしてみて、実に危うかったと思った。悠真、お前あの状況で伏倉が立ち直れないほど打ちのめされてしまったらどうするつもりだったんだ? 砕いてみて結果駄目なら駄目でしたと諦めるつもりだったのか?』
椿姉の声が鋭い。今日はやらかしてないつもりだったが、先週の貯金が残っていたようだ。
「待った椿姉、多分食い違ってる。俺は砕くつもりで先輩を《魔女》化させたわけじゃない」
『というと?』
「砕きたかったのは俺自身だよ」
『……んん?』
「……金曜に保健室に入ったとき、俺自身テンパったんだよ。緊張と不安の塊だった先輩に呑まれた。足が止まって、一瞬わけのわからないことを考えた。考えて――頭を使っても良い結果にならないと思ったから、もうやってみるしかないかなって」
『お前でも尻込みするほどだったか』
言ってはなんだが、実は俺は緊張やそれに類するものとは縁が遠いタイプだ。空手の全国大会でも緊張したのは決勝ぐらい。それも、《魔女の弟》として負けたら立つ瀬がないな……くらいのもの。
「同年代であれを正面から受けて平気でいられる奴はそうはいないんじゃないか?」
彼女の発していた空気はそういう緊張とはまた別種のものだから、椿姉みたいな大人なら精神的に受け入れることができるのかも知れないが――特に思春期の女子なんかには厳しいのではないだろうか。
というか、先輩にもヒアリングしたのか。え、じゃあ《魔女》のイメージの話とかしたのかな。それはちょっと恥ずかしいぞ。
『――じゃあ、《魔女》化させたのは流れで不可抗力だった?』
「それは先週話したとおり意図的にそういう流れにしたよ。《魔女》を知らなきゃ更正のしようがないって言ったろ」
『今更だが、《魔女》化で伏倉が立ち直れなかったらどうするつもりだったんだ』
「そこは……まあ大丈夫だと思ったし、駄目だったとしてリカバリできると思ってた」
『……そうか』
「あれ、そこ追及しないんだ。されるもんだとばかり」
『お前がハッタリを言わないのは知っているし、そのぐらい信じていなければこんなことを頼んだりしないよ』
「じゃあもっと信じて任せろよ」
『お前の事は信頼しているが、想像の斜め上を行くことがままあるから心配なんだよ』
……下駄箱に靴があるから下駄箱から一番遠いところを探してみた、なんて言い出す人に言われたくない。
『たった二日で驚くべき成果だ。期待以上で嬉しいよ』
椿姉はなんやかんだで満足げに言う。言うが――
「え? まだ今日の成果話してないけど?」
『え? ライン交換したって』
「それはおまけの話。帰り際に今後の予定話してさ。そのついでに」
『え? ついででライン交換? え?』
「今日は一学期の目標を決めたよ。取りあえずの目標で、場合によってはドタキャンもアリだけど、当面の目標は夏休み前の勉強合宿に《魔女》として参加。それまでに《魔女》を制御できるようにしたい――それが、今日の本題。先輩と決めた目標」
本当はその手前にもう一つ俺的な目標を設定してあるが。
伝え終わると、電話口からあーだのむーだの呻き声のような声が聞こえてくる。
しばらく待つと、ようやく言葉がまとまったらしい椿姉が尋ねてきた。
『――っていう希望を込めた妄想をした?』
「するか。なんでそんな悲しいことしなきゃならないんだよ」
『……本当に?』
「嘘を吐くメリットがないだろ」
『嘘じゃないならお前の行動力が高すぎて怖い。あの子は一年と三ヶ月保健室登校だった。その間クラスに戻りたいという気持ちはあっても、それを実行に移そうという姿勢は見られなかった。それをお前……会って二日でクラスへ復帰する決意をさせたのか?』
「してたね。させたってことでいいのかな」
『どうやって?』
「すごく端的に説明すると、説得」
『私はお前の将来が怖いよ……どんな無茶ぶりも涼しい顔でなんなくこなしそうだ。頼むから事件なんか起こしてくれるなよ』
そんな馬鹿な。
『前任者が聞いたらきっと泣いて喜ぶぞ……いや、お前が二日でしたことを一年かけてできなかったと悔やむかもな。私も自分の無力さを痛感している』
「だから、先週も言ったけどアプローチの問題だよ。今日だって詭弁で丸め込んだだけだし。そんなこと、教師の立場じゃ逆立ちしたってできないだろ?」
『は? 欺したのか?』
「欺したってより、誤魔化した? そんな感じ」
『大丈夫なんだろうな……?』
「多分、メイビー、おそらくは。もしかしたら合宿への参加がリアルに感じられるようになったら気づくかも知れないけど、それはそれで一応対策は考えている。っていうか、先輩が気づかなかったら俺の方からそれとなくバラすつもり。合宿に参加するためにクリアしたい目標があるんだよ」
我に秘策ありってな。やや、そんなすごいものじゃないけど。単純なものだけど。
『どんな?』
「それは先に先輩に話してからだろ? 先輩に伝えて、実行することになったらちゃんと椿姉に報告するよ」
『……私にはあげられなかった成果を見せている以上、無理に聞き出す気になれないな……いいだろう。けれど今日のことは明日、伏倉にちゃんと聞くからな?』
「それはうん、その方がいいでしょ。椿姉の仕事的に。椿姉も俺と先輩両方から話聞いて、俺や先輩とは違う目線で気づいたことがあったら言ってくれ」
『ああ、わかった。悠真、明日は?』
明日の放課後は、という質問だろう。
「行くよ、勿論」
『そうか。私は部活の方へ行ってしまうが、よろしく頼む』
「あいよ」
『うん、じゃあまた――』
「ちょま、椿姉」
『うん?』
「母さんが、椿姉に今度いつうちに来るか聞いておけって。先週久しぶりにウチでメシ食ったろ? 母さん楽しかったみたいで、また来てくれってさ」
『ああ、そうか。わかった。いつがいいかな――』
「ちなみに今日はクリームシチューだった。俺はもう食った。美味かった」
何を隠そう、俺の好物である。
『今からマッハで行くっておばさんに言っといて』
マッハでか。椿姉もシチュー好きだもんな。ソニックブームで道路壊すなよ。
「了解。じゃあな」
ウチはシチューだったりカレーだったりは二日分くらい作るんだけど、そうだな、椿姉が来るなら明日の分なくなるかもな……椿姉が来る前にもう一杯ぐらい食べておこうかな。
……なんてことを考えなければ、このあと「おかわりがない! お前か!」とか言いながら椿姉に文句言われずに済んだのになぁ……人んちでメシ食っておいておかわりがないとかで泣くなよな、子供じゃねえんだから……
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