第2章 《正拳の魔女》と三年生の《魔女》――と作戦会議 ③

 先週の俺を尊敬してしまうな。


 この美少女を前にまったくブレずに自分を貫いたとは。


 椿姉で美人は見慣れていると思っていたが、あれは気のせいだった。赴きが違うと全然別物であるらしいと俺は今更ながらに痛感している。


 難題を課せられて緊張していたとか、真那さんが初対面の俺に対して警戒心がマックスだったとか、他にも要因はあるだろう。


 加えるなら週が明けた月曜の今日は、先週と少しだけ彼女の様子が違った。


 ノックに対し無言だった先週に比べ、今日は「ひゃいっ!」という返事があった。


 声をかけて入室すると、小さすぎて聞き取ることはできなかったが出迎えの言葉を投げられた。歓迎は言い過ぎかもしれないが、拒む言葉でなかったことは確かだ。


 その上、ラウンドテーブルのチェアに座り赤面して俯いているのは同じだが、肩は震えていないし何より悲壮な緊迫感がない。初対面だった先週に比べ、警戒が解かれた分だけ彼女の不安が減ったのだろう。


 それだけで保健室には不似合いなラウンドテーブルに座る彼女が先週より遙かに鮮やかに見えたし、漂う紅茶の香りはとても甘かった。


 そんな彼女に前にして挨拶の言葉を投げることさえ躊躇ってしまう。声をかけたらこの空間ごと壊れてしまいそうで――


 ――いや、何を考えているんだ、俺は。ラブコメ野郎か。


 俺は儚げで愛らしい少女を愛でるためにここにいるわけじゃない。彼女が《魔女》として覚醒するための手伝いをしに来ているのだ。


 遠慮や躊躇いは彼女の決意に真摯じゃない。


「こんにちは、先輩」


「…………こ、こ、こんにちは」


 動揺しながらも、真那さんが返事を返してくる。ほら、先輩も頑張っているじゃないか。俺がブレてどうするんだ。


 適当にただ備え付けてあるだけの寝台に通学に使っている鞄を放り、真那さんの対面に座る。びくりと反応する真那さん。これが拒絶でないことは察せられる。気持ちは頑張ろうと思っていても、まだ何にも進歩していないのだ、心の方が反射的に反応してしまうのだろう。


 顔色を覗うと、やはり赤い。伏せた目を慌ただしく瞬かせている。実際まだ決意をしただけだからな……


 こんな様子の彼女に話のリードを任せるのは酷だ。俺も一応手ぶらできたわけじゃない。土日の間に考えていたことを切り出す。


「早速ですけど、今日は今後の話をしたいと思ってます。なんで今日は《魔女》にならなくてもいいですよ。意思表示はしてください。イエスノーね。頑張れるなら素のまま少ししゃべってみましょう。俺に慣れればその分だけ《魔女》のコントロールが楽になるはずなんで。ここまでいいですか?」


「が、頑張ります……」


 やはり今日の真那さんは先週と違う。随分と前向きだ。それに最初から先週の最後の方のようにスムーズな対話ができる。


「はい、頑張りましょう。今日は一学期の目標を決めたいと思っています。で、そこから逆算して目標を達成できるように明日から頑張る感じ」


「一学期の、目標……」


 はっと顔を上げ、「なにその聞いた事ないやつ……! 美味しいの?」みたいな顔をする真那さん。別に美味しくないよ。必要な手順ってだけだよ。


「大きすぎる目標って意外と頑張れないもんなんすよ。例えそれが本気でも。だから段階を踏んで少しずつ前に進んでいくわけです」


「……! すごい発想……!」


 目をキラキラさせる真那さん。あれ、この人以外とチョロいタイプか? 驚いて彼女を見ると目が合った。途端に恥ずかしそうに俯いてしまう真那さん。


 ……まあいいや。


「金曜の夜に花村先生と少し話したんですけど、やっぱ卒業までにクラスに馴染むのは時間が足りないと思ういます。例えば先輩が今二年生だったら問題なくクリアできると思うんですよ。一年かけて《魔女》になって、一年かけてクラスに馴染めばいい。けど実際は残り十ヶ月。計画的に進めないと達成は難しい」


 こくこくと俯いたまま頷く真那さん。先週のヘビィメタルのライブ会場を思わせるヘドバンみたいな首肯じではない。やっぱり先週は相当テンパっていたんだろうな……


「で、クラスに馴染んで卒業するためには、二学期の行事はクラスメイトの一員として参加したいわけです」


 ぎしっ、と音が鳴った気がした。真那さんが固まっている。具体的な話を聞いてその目標の大きさに不安を覚えたってところかな。こうして見ると意外と感情表現豊かなんだな。


「そんな訳で、可能なら夏休み明けには保健室登校を卒業してクラスに合流してもらいたい」


「無理……!」


 即答。なるほど? 自信のなさに自信があるのかな。


「無理かどうかはこれからの先輩次第ですよ。とりあえず安心して下さい、今日決定したい目標はこれじゃないです」


 俺の言葉にどこかほっとしたような真那さん。果たしてそこで本当に安心してもいいのかな? それを叶えるための目標なんだから、もっと手前にハードルが待っているんだぜ。


「花村先生から聞いたんですけど、進学科には毎年夏休み前に勉強合宿があるらしいですね」


 桜星の進学科は基本成績が極端に悪くなければ付属の大学にエスカレーターで進学できる。しかし外部を受験する生徒は勿論いるし、エスカレーター組も二学期のペーパーテストが実質的な進学試験の様なものなるようだ。それだけで決まる訳では無いそうだが、一定の点数を割るとエスカレーターに乗れないんだとか……


 夏休み前に行なわれる勉強合宿と聞いて、なるほど受験生である三年の為の特別カリキュラムか、大変だなと思ったのだが、このイベントは進学科全学年で日をずらして実施されるカリキュラムなんだそうで、夏休み前に三泊四日の勉強合宿が行なわれるらしい。なんと海で。


 なにそれ臨海学校じゃん。普通科にそんなイベントなんてないよ!?


 ……いや、あったとして俺はそれを楽しめる側の生徒ではないから別にどうでもいいけれど。


 真那さんは、「そんな、まさか……?」みたいな顔で俺を見ていた。本当に意外だけど、この人結構リアクション芸多彩だな。




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