第2章 《正拳の魔女》と三年生の《魔女》――と作戦会議 ②
「いや、ちょっとやり過ぎたな? ごめんな?」
「グーまでは予想してた。まさかこんな狭い室内でハイキが飛んでくるとは思わなかった」
「だって突きを避けるんだもん」
「左なら殴られようと思ってたよ。椿姉右拳握ってたじゃん! そりゃ避けるよ、また壊したらどうすんだ。もうちょっと後先考えろよな」
「だから謝ってるじゃんか……」
開かれたドアの向こうに見えたのは右拳を繰り出す椿姉だった。覚悟を決めてどやされる気になっていた俺だが、椿姉の右拳は故障して引退の原因となった箇所だ。万一があってはまずいと咄嗟に躱したところに、躱されて熱くなった椿姉の返しの左ハイキックが飛んできた。俺の部屋はそれほど広くない。さすがに逃げ場がなく、首に肩を沿えて耐えるしかなかった。
蹴った瞬間椿姉もしまったという顔をしていたが、俺としてはできたら蹴る前に我に返って欲しかったよね……
「あとスカートで上段蹴るなよ、丸見えじゃねえか……その年でそのパンツはちょっと子供っぽくない?」
「ぶっ飛ばすよ!?」
顔を真っ赤にして、椿姉。羞恥心はあるようだ。まだ女は捨ててないらしい。
「ごめんなさい」
もう一発蹴られるのは是非避けたい。というか蹴られた勢いでベッドに激突し相当でかい音がした訳だが、階下からかけられた声は「床抜けないように気をつけてねー」の一言だった。あんたらの息子がご近所さんに暴行されているから通報してくれ。
「私のパンツを見たんだ、チャラでいいよな?」
全然良くねえよ。見たくて見たわけじゃない。素人だったら確実に首傷めてるぞ……
「にしても綺麗に入ったな? やっちゃったかと思ったぞ」
「だから俺もう現役じゃないんだよ……めちゃめちゃ鈍ってるんだって。それをまあムキになってハイキなんかしやがって」
「鈍ってて私の突きが避けられるかよ……一応聞くけど、目眩とかないな?」
「見てたろ、首固定したから脳は揺れてない。平気だよ。めちゃめちゃ痛いけどな!」
「上段回し蹴りを首固定したから平気っていうのが逆に怖い」
「俺は人の家でハイキ振り回す椿姉が怖いよ……」
「加減を誤ったのは謝るよ――で?」
「――で?」
「泣かしたんだろう? 伏倉を。それを許した憶えはないぞ。だから蹴ったことそのものは謝らん。洗いざらい吐け」
「ああ、うん」
そうですよね、そこは俺が悪いです。
椿姉がデスクのチェアに腰を下ろし、俺はベッドに腰掛けた。
「《魔女》は俺に通用しないってことを先輩にわからせたかったんだよ。《魔女》が絶対的な呪いじゃないことを証明したかった。その上で言い負かした。結果それで泣かせちゃったんだけど」
「そこまでする必要があったか? 《魔女》化は彼女の自己防衛手段だぞ」
「敵を知らなきゃ攻略できない。でさ、言葉の内容はともかく、態度は格好いいと思ったんだよ。だから」
「――《魔女》を制御して、公私で使い分けさせることを思いついたのか」
「そんな感じ」
「……確かに、私にはとれない手段だな。実際どうだ、やれそうか?」
「……椿姉が立ち直って欲しいって思う気持ちがわかるよ。自分や現状に打ちのめされて今にも壊れそうなんだけど、立ち上がりたいって気持ちがある。事件はクラスメイトが引き金をひいたカタチだけど、そのクラスメイトを傷つけてしまったから謝りたいって言ってたぜ。あんなに健気だと応援したくなるよ。あとはやれそうかどうかじゃなく、やるかやらないかじゃない?」
「中途半端に終わってはお前も彼女も辛くなるかもしれないぞ」
「そこだよな。もう一年あればやれると言い切ってもいいんだけど」
そう言うと、椿姉は神妙な面持ちで打ち明けるように言った。
「……本当はな、彼女を更正させる体でお前があの子の卒業まで茶飲み友達になってくれるだけでもいいと思っていた。それだけで彼女の今後の為になると思うし、このまま卒業させたのでは高校生活にいい思い出を残してやれないだろう? お前が定期的に彼女を訪ねてやれば、きっと彼女にとって将来いい思い出になる――そう思ったんだ」
「……ヌルめに先輩と友達ごっこしてろって?」
「……お前ならごっこじゃなくてあの子とちゃんと友達になれるさ」
「はぁん……でもその選択はないな」
俺は右手をひらひらと振った。椿姉の視線をひいたところで、右手で握手の形を作る。
「先輩が素敵な《魔女》になるための協力を約束した。もう契約済みなんだよ」
「契約……? お前、伏倉にも何か対価を?」
「そんなもん椿姉とのリベンジマッチだけでお腹いっぱいだよ。強いて言えば、あの人の決意が気に入ったってところかな」
そして、桜花星翔高校の《魔女》を不名誉なものにしたくない。《魔女》を蔑称として抱えたまま卒業して欲しくない。それを桜星の文化に残したくない――理由はそれで十分だ。
「あと蹴りもらって確信した。今は無理だけど、将来的ってことなら椿姉に勝てる」
「悠真……」
「空手に復帰するつもりはないけど、姉弟子越えだけはちゃんと果たしてやるよ。いずれな」
「……私だって簡単には負けないからな」
「あんまり本気出されると難しいかも」
「締まらない奴め」
椿姉が笑う。
「私は空手部のコーチ業があるから、ほとんど顔を出せない。戸締まりに関しては彼女に任せてある。お前やあの子の都合に合わせてなんとかやってみてくれ」
「――了解。取り合えず月曜の放課後は必ず行くよ。あとは先輩と話してみてかな」
「うん。よろしくな」
話が終わった頃、タイミング良く階下から「椿ちゃん、ご飯食べてくー?」なんて声が聞こえてくる。椿姉は「ありがとー。いただきまーす」と応えながら階下に降りていった。
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