エイミとサテラ・スタジアム
アルド、エイミ、ザックの三人がラクニバの村の酒場で佇んでいる。
ザックが木組みのコップを傾けながら、独り言ちている。
「ラクニバの村もようやく落ち着いてきたな。鉱山の魔物をナダラ火山に返してから鍛冶屋も稼働することができたし、村に農具が届いたことで農作業も始めることが出来た。あとは普段通りに村は廻っていく。俺が離れたとしても大丈夫だろう」
「突然、どうしたんだザック?やけにかしこまった態度じゃないか?」
「確かに、アルドの言う通り。ザック,あなたに殊勝な態度は似合わないわよ?」
ザックの沈んだ語り口調にアルドもエイミも注目せざるを得ない。
「まぁ、そう言うな。前にアルドが言っていたこと……俺にとって、ずっと気がかりだったこと……そこに、真正面から向き合ってみようかと思ってな……」
「それって……ひょっとして、未来世界に戻るって話か?」
「ザックの故郷……ガルレア大陸よね?時間も場所もここからとてもかけ離れた場所……」
ザックの真剣な告白に、あとの二人も神妙な面持ちに変わってゆく。
「まぁ、なんていうかよ……村が大変なときは、何も考えなくてよかったんだけどよ、いざ手持無沙汰になってみると、……やっぱ、このままじゃダメだよなって思うわけよ」
「前にも言った通り、次元戦艦に乗れば、未来世界までひとっ飛びだけどさ……」
「あなた、ずっと未来に戻ることを避けて来たのにね。ようやく、覚悟を決めたんだ?……本当に行くのね?」
ザックの眼には確固たる決意が宿っている。
コップの中身をグイッと飲み干して、テーブルの上にタンッと叩きつけた。
「ああ、もちろんだ。心は決まっているぜ。行こう、サテラスタジアムに!」
アルドたちは次元戦艦に乗り込み、サテラスタジアムへ向けて発進した。
夜が更ける中、サテラスタジアムには煌々と明かりが灯っている。
今もイベントの真っ最中で、建物の中には人々が溢れかえっていた。
「相変わらず、ここはすごい熱気だな」
「本当、穏やかなラクニバと比べるとまるで別世界のようね?」
アルドとエイミはスタジアムの熱に充てられて圧倒されている。
少しの間、席を外していたザックが二人に近づいてきた。
「今、プログラムを確認してきたぜ。今は、俺たちのバンドがライブをしているところだ。丁度いい。裏口から中へ入るとするぜ」
「ザックたちのバンド?確か《ザ・クロックス》っていう名前だったっけ?」
「でも、ザック本人はここにいるのよ?別の誰かが、代役としてステージに立っているってことかしら?」
「まぁ、そのことに関しては、行ってみればわかることさ」
二人の疑問に答えることなく、ザックは先を急ぐ。
スタジアムの裏口には警備員が立っている。
ザックの姿に目を止めると、軽く驚いた表情を見せた。
「あれ?あなた、ザックさんじゃないですか?何故、外にいらっしゃるのですか?今、正にステージで演奏中なのではありませんか?」
どうやらザックとも顔見知りの様だった。
ザックはバツが悪そうな表情を浮かべて応対する。
「……ああ、ちょっとな。外の空気が吸いたくなったから、少しばかりの休憩さ。この友人たちを直接、招き入れる目的も兼ねてな。しかし、いい加減、戻らないといけないか……」
出来るだけ自然な雰囲気を装いながら、従業員の横を通り抜ける。アルドとエイミもそれに続いた。
人気のない廊下を進みながら、アルドの頭の中にはハテナマークが次々と浮かび上がってくる。
「ザックが演奏中って、一体どういうことだ?。だれか、代わりの人が演奏しているわけじゃないのか?」
ザックは前を向いたままで、歩みを止めることもない。
「答えはすぐそこだ。舞台袖から確認してみようぜ」
アルドたちは舞台幕をかき分けて、ステージの脇から中央を眺めた。
ステージ上ではバンドメンバーたちが汗を弾かせながら、一心不乱に演奏をしている。
「あれっ?バンドの人たちの真ん中……舞台中央にいるのってザックじゃないか?でも、そんなわけはないよな。ザックは紛れもなくここにいるんだし……瓜二つの兄弟がいるとか?似たような、そっくりさんを見つけてきたとか?……ああくそっ、考えすぎて、わけがわからなくなってきた……」
アルドは自分の眼をこすりながら、ザックらしき人影を確認する。しかし、何度見てみても、ステージ上にいる人物の後姿は、すぐ横にいる本物のザックとの違いはわからない。
「……うーん、でも、やっぱり私は、ザックとあいつはどこか違う気がする。うまく言えないんだけど……皮膚の奥のほうがピリピリ刺激されるような……そんな感覚……私は知っている」
「エイミには何か感じるのか?」
驚くアルド。それに対して、ザックはある程度の合点がいっているようだった。
「たぶん、それはアルドよりもエイミにとっての関わりが深いからだと思うぜ。未来世界の住人であるエイミにとってはな」
「未来世界?それってまさか……」
「そろそろ、わかってきたんじゃないか?……もちろん、あそこで歌っている奴は《ザック》ではない。……俺じゃあ、ないんだ」
「ザックじゃない……そして、未来世界……つまり……」
アルドの想像にザックは首を縦に振った。
「あれは……合成人間だ」
「合成人間!……あれが?」
「そうよ!無機質と有機質が混ざり合った独特な雰囲気!あれは、合成人間だわ!」。
エイミは声を大にして納得する。エイミにとっての忌むべき過去。それが直感的に嫌なものを感じ取っていた。
「最近はヘレナとガリアードがいるから気にもならなかった感覚だけれど……やっぱり、どうしても気づいてしまうことはあるもの……」
エイミは唇をかんで、苦い表情をした。
「正確には……元々は合成人間だった……というのが、的を射ている表現なのかもしれないな」
「元々っていうのは、どういうことだ?」
「近くで見れば違いがわかるぜ。俺と同じような外見を取り繕って、俺と同じ記憶をAIとして組み込んである。歌もそうだ。解析した俺の声を真似るように作ってある。もちろん、ブレスのタイミングまで、わざわざ再現してな。しかし、ステージを眺めている客たちにはそのことがわからない。本物の俺が演奏していると信じ込んでいるはずだ」
ザックの偽物がステージに立っている。
「ザックはそのことを知っていたから、ここに戻ってこなくても構わない……戻ってきても仕方がない……そんな風に思っていたってことか?だから、ずっと、帰ってくることに気乗りしていなかった。……全てを知っていたから……」
「知っていたわけじゃない。しかし、自分でいうのもなんだが、俺たちのバンドはそれなりの稼ぎがあったからな。俺がいなくなったとわかったら、プロモーターがどのように行動を起こして、騒ぎにならないような対応を取るのかについては、ある程度の予想がついていたんだ」
ザックは諦観のこもった切ない表情をしている。
裏切り,疑念,自己否定。様々な負の感情をプロモーターに対して抱いていたのだろう。そして、それを自らの眼で観察して、確信へと変わってしまった。
それらをひっくるめた複雑な感情の渦。
「……でもさ、今はこうしてザックが戻ってきたんだ。また、本物として舞台に立てばいい。それで解決ってことじゃないか。バンドの仲間たちも、合成人間のことを知ってて舞台に立っているんだろうから……本物が返ってきたとなったら、それこそ歓迎してくれるんだろう?」
アルドなりの精いっぱいの励ましの言葉だった。
「……」しかし、ザックは反応しない。表情も曇ったまま。
《物事は単純ではない》そう、言いたげな面持ちだった。
そんな中、じっとステージを眺めていたエイミが血相を変えて振り返った。
「見て、アルド!ステージの様子がおかしいわ!」
アルドは急いでステージ上へと視線を移した。
舞台の上ではバンドのメンバーたちが演奏を中断して激しく暴れまわっている。
持っていた楽器を振り回し、床に叩きつけ、挙句の果てには観客席へとぶん投げた。
「ザックの偽物が暴れだした?それに、なんでバンドの人たちまで、同じように暴れているんだ?」
「くそっ!だから、こんな偽物を使ってまで続けるべきことじゃあないんだよ!……やっぱり、踏み越えてはいけない一線って奴は確実に敷かれているもんだ!くそったれっ!このままじゃあ、観客たちに被害が及んじまう!……アルド、手伝ってくれ!合成人間を止める!構うことはねぇ!ステージ上へ踏み込んで、思いっきり暴れてやろうぜ!」
「わかった!行こう!」
「もう!せっかくのライブが、なんでこんなことになるのよっ!
ステージ上へ飛び出したザック,アルド,エイミ。
相対するのは、狂ったように暴れまわるバンドメンバーたち。
アルドはそのメンバーたちのすぐそばまで接近して、そして、すぐそばまで接近して、初めて気が付くことがあった。
「ザック!これは、何が起きているんだ?合成人間は……ザックの偽物だけじゃないのか?」
間近で見ると一目瞭然。
ステージ上で演奏していたメンバー全員が合成人間。
どう見ても、そうとし思えなかった。
「見ての通りさ。もはや、このバンドに人間のメンバーは一人もいない」
「ひとりもいないって……みんな、偽物だったのか……」
「話は後だ!とにかくこいつらを止めるぞ!」
「よし、被害を最小限に抑えるんだ!」
剣を抜くアルド。
ザックも武器を取りながら、例のごとくビートを刻み始める。
「アルド!バトルだ!頭の中の音楽、消さないでいこうぜ!」
「……頭の中っていうか……ここ、実際になってるよな、音楽……スタジアムだし……今も、ずっと……」
「……マジか?……マジだな……!しかし、目の前の奴ら、楽器から手ぇ放してるよな?……ってことは、この演奏、録音か?口パクか?ふざけんじゃあねぇ!俺たちは今を生きてんだよ!それがライブってもんだろうが!ぶっ叩いて、そのことを骨の髄まで教え込ませてやろうぜ!」
「……ザック……その感じ……いい加減、暑苦しいかもしれないな……」
ガキンガキンと金属の激しく衝突しあう、甲高い音が鳴り響く。
鉄板をへこませ、結合部に刃を突き立て、ケーブルを切断する。
やがて、アルドたちは暴れまわる合成人間たちの機能を停止させることが出来た。
「これで、決着だな!」
息を切らしながら、剣を納めるアルド。
周囲の観衆たちがわけもわからずざわついている。
各々が戸惑っていを隠せず、様子を伺っているものの、その場から動き出そうとする人はいなかった。
皆の視線の全てがステージ上に集まっている。
ザックは壊れた合成人間たちを前にしたままで、哀愁を纏いながら語りだした。
「俺たちのバンドはうまくいっていた。曲創って、ファンの人たちに聴いてもらって、ツアーに繰り出しては、ライブで演奏して盛り上がっていた。最高だったよ……」
「それが、何故こんなことに?」
「ある時、ツアーをバスで移動しているときに大きな交通事故が起きてしまった。いまさら細かいことを思い出すつもりはないんだが……結果として、俺以外のメンバーたちはみんな、天国へと旅立ってしまった。あまりにも呆気ない、最後だった。残されたのは、俺一人だけだったよ……」
ザックの声が沈んでいく。
無理もないことだった。
アルドもエイミも黙ったままだった。ザックが再び口を開くことをじっと見守っている。
ザックは顔を上げた。その眼に燃えるような怒りの感情が灯りだしていた。
「……当然、バンドがそのまま続けられるわけもない。……そのはずだったんだ。しかし、プロモーターは、人気絶頂だった俺たちの事故をひた隠しにした。お偉方は、こんなことが起きた時のための保険をしっかりと用意してやがったんだ。あらかじめ記録していたメンバーの情報を合成人間に組み込んで、何事もなかったかのように、バンドを存続させることにしたんだ。そして、俺に対しては、メンバーたちの想いを引き継ぐため,ファンたちの想いを裏切らないため……そんな理由を並べたてられて、強引に音楽を続けさせた」
「……そんなことが許されていいの?」
エイミの声が震えている。
アルドは無言でジッとザックの話をかみしめていた。
「……それからさ……俺は、孤独感に苛まれて酒浸りになり……ファンを裏切っているという罪悪感に押しつぶされそうになり……結局のところ……音楽をやること自体が虚しくなっちまった……」
「それで、未来世界へ戻ってくることに躊躇していたんだな」
「どうせ、戻ってきたところで俺は一人っきりだ。そんなことはわかりきっていたことだ。それでも、俺はどこまでいってもロッカーだからな。……けじめはつけなければならない」
ザックは床に落ちていたマイクを拾って、舞台の際まで歩いて行った。
観客の視線がザックへと集中する。
「みんな!サプライズイベント、楽しんでもらえたか?でも、こんな形のイベントにしたのには理由があるんだ!これから、みんなにはあやまらなきゃいけないことがある。……このバンド《ザ・クロックス》は今日で解散する!」
ザックの突然の告白に、スタジアム全体がどよめきだした。
「今まで、本当に感謝している!これまで俺たちを支えてくれて……本当に、本当にありがとう!」
こうして、ザックはステージを降りた。
「本当にこれでよかったのか?一人で新しいスタートを切ることだってできたかもしれないのに……」
アルドの気落ちした顔とは反対に、ザックの表情は晴れやかだった。
「まぁ、どっちにしろ、いい頃合いだったのさ。最近のスタジアムの一押しは、十人のナカムラとかいう奴ららしいな?一緒になる機会がなかったから、詳しくは知らないんだが、ずいぶんと人気らしいぜ」
「……ジュー……ナカムラ?知らないな。今度、俺も聴いてみようかな?」
素直な返事をするアルドだったが、それを見ていたエイミが眉をひそめた。
「アルド……それ、本気で言ってる?」
「エイミは知ってるのか?……ジューナカムラ……エイミが住んでいるミグレイナ大陸の方にまで名前が知れ渡るなんて、すごい人たちなんだな……ジューナカムラ……」
「……その言い方……お願いだから、繰り返さないでもらえる?……はぁ、訂正する気にもなれないわ。……ごめんね、ミルディ。アルドは、なんていうか………………ガチなのよ」
エイミはあさっての方を向いて、謝罪と言い訳をした。
続けて、アルドの方を見やっては、あきれ顔で深いため息をついた。
当のアルドは、わけがわからないままキョトンとした眼で呆けていた。
横で口をはさめないでいたザックは、微妙にズレた空気に耐えかねて、大きな声で号令をかける。
「まぁ、とにかくだ。この世界での俺の役割は終わり!未練もないし、やり残しもない!帰ろうぜ。ラクニバの村へ!」
三人は喧騒の続いているサテラスタジアムを後にして、現代世界へと戻ってきた。
アルドとザックは村の中をブラブラと歩いていた。
そんな中、アルドが何気なしに口を開いた。
「それにしても、本物に似せた合成人間か……そんなのがいるんだな……」
「KMS社の開発した商品らしいぜ。合成人間としての機能を制限して、組み込んだ人間の記憶を参照して、決められたことだけを淡々とこなすだけの機械。俺たちのバンドメンバーで言うと、ステージ上で楽器の演奏はするが、楽屋に下がったあいつらは、ただ黙ったまま、動くこともなくイスに座っている。……だから正直なところ、あれは、人間でも合成人間でもない。ただ、金もうけのための道具にしか過ぎないんだ」
「なんか、切ないな……」
「そんなモノと一緒に演奏しても、バンドとしての音楽の化学反応は起きなかった。少なくとも、俺にとっては虚しいだけだった。それどころか、ステージに上がるたびに、あいつらの偽物と相対さなくちゃならねぇ。事故の悲惨な光景がフラッシュバックしてきたりしてよ……なかなかに、しんどいもんさ。しかし、そのことを誰かに話すわけにもいかない。俺はロッカーを演じ続けなければならなかったからな。そりゃあ、酒に逃げたくもなるってもんよ」
「でも、今は違うんだろう?」
「ああ、そうだな。次元の穴に呑み込まれて……この村に飛ばされて……爺さんたちと畑を耕しながら、収穫した物を喜んでもらって……《ああ、なんか、こういうのもいいな。面白ぇじゃねぇか》って感じることが出来てよ……ようやく、晴れやかな気分になることが出来たのさ」
「もう、歌は歌ってないのか?」
「いや、今でも創り続けているぜ。これはこれで俺の生きがいだからな」
「そっか。でも、この世界にはスタジアムも無いし、未来世界で弾いていたような激しい曲は演奏できないんじゃないか?」
「穏やかな音で構わない。俺が最初に音楽を創るときは、いつだってアコースティックさ。そこからバンドサウンド,さらにスタジアム用へと創りこんでいくものなんだ。根幹は変わらない」
「そういうものなのか……」
「やってることは一緒さ。それに、観客は少しでいい。大事な人に聞いてもらえればそれでいいさ。いつの間にかやらされている音楽じゃない。大事なのは、俺自身が楽しんでやれているかどうかだからな」
「ザックが満足しているなら、俺も素直にうれしいよ」
「俺はこの村で地に足をつけて、ようやく大事なものを見つけることができた」
ザックは感慨深げに、大きく息を吸って、長く吐いた。
「アルド。お前は相変わらず、ビュンビュンとあちらこちらに飛び回っているみたいだが、いつになったら落ち着く気だ?」
「うーん。俺は、目の前のことを一つ一つこなしているだけだからなぁ……やることが無くなったら落ち着くとは思うんだけど……」
「アルドには酒場のマスターなんか似合うんじゃねぇか?人の話、聞くの得意だろう?齢重ねて、渋くなって、ヒゲでも蓄えたりしてよ?」
「さぁ、どうだろう?俺には、そんな先のことは考えられないよ」
「まぁ、気が変わったらいつでも言ってくれよ。俺のところのうまい酒……いくらでも届けてやるからよ」
「ははっ、ありがとう。覚えておくよ」
「自分の未来がどうなるのかなんてことは、わかりゃしねぇ。俺がそうだったようにな。だから今度は、俺が手伝う番だ。俺の力が必要なときはいつでも言ってくれ。いろんなtころをビュンビュンと飛び回る旅……いいじゃねぇか。いつでも力になるぜ。……アルド……あんたが地に足をつけるその時までな……」
農家ロッカー ザック @oountcho
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