リィカと炭鉱の村
アルド、リィカ、ザックの三人が実りの村・ラクニバを訪れていた。
「あれから村のほうも、だいぶ落ち着いてきたみたいだな」
「魔物の襲撃も無いし、カボチャの種も確保できた。このまま復興が進んでくれるといいんだがな」
「ホント、うまくいくといいな」
アルドもザックも穏やかな表情で村を眺めていた。
そんな中、リィカの大きな瞳が赤みを帯びていく。
「お言葉ですが、アルドサン。その楽観姿勢はいささか性急であると言わざるを得まセン。すぐ近くで心拍数の過剰反応を検知しまシタ。トラブルに発展する恐れが大のようデス」
「それは、本当かリィカ?それは、どこなんだ?」
「村の入口のようデス、ノデ」
三人が急いで向かってみると、何やら一人の青年が困った様子で慌てている。
「ああ、まずい、まずい。このままじゃ、作付けが間に合わないよ……」
どうやら、村の外をしきりに気にしているようだった。
「発汗多メ、体温上昇中。足どりはボンダンスのように落ち着きがなく、目も激しくスイミング中のヨウデス」
「あいつは、確か農具を管理しているとこの……」
ザックとは顔見知りのようだった。
「なぁ、あんた。どうかしたのか?」
「ああ、あんたは確か、いつぞやの魔物を追い払ってくれた旅人さん。それに、ザックも来ていたんだな」
「何か困ったことがあるのなら、俺たちに話してみてくれないか?」
青年は三人と会ったことでいくらかの落ち着きを取り戻したようだった。
「実は、先日の魔物の襲撃の際に、村の農具がボロボロになってしまったんだ。それで、鉱山の村へ新しく農具を調達してもらいに使いの者を送り出したんだけど……」
「戻ってこないのか?」
「そうなんだ。本当なら、もうとっくに戻ってきてもいい頃なんだけど……」
「それは心配だな」アルドは腕組みをして、真剣な顔で聞き入る。
「時期的には、もう作付けを始めなくてはならないんだけど、農具がなくっちゃあ、畑を耕すことができない。木のクワならうちの村でも用意できるんだけど、鉄製のクワとなると、そうもいかない。木と鉄じゃ作業の能率が5倍以上も変わってくるものなんだ。そうして作付けが遅れれば遅れるほど、収穫量にも影響が出てしまう。だから、一分一秒、気が気じゃないんだよ」
横で聞いていたリィカの瞳がピコピコと明滅する。
「私の計算によると……お使いの人が道中でトラブルが起きている可能性20パーセント。鉱山の村でトラブルが起きている可能性80パーセント……デス」
「うーん、鉱山の村で何かあったのかな?俺たちも様子を見に行ってみようか?」
「本当か?そうして来てくれると助かるよ」
アルドの提案に村の青年の表情がパァッと明るくなった。
「よっしゃ!そうと決まればスピードオブジャスティスだぜ!」
「村人さんは待っていてくだサイ。農家はクワなくとも高楊枝デス、ノデ」
走り出すザックとリィカ。アルドは戸惑いながら後姿を眺めていた。
「……なんか、それ、違くないか?」
急いで鉱山の村へと赴いた三人。
村長の家へ行くと、そこにはラクニバの村の使いの人もいた。
「ああ、鉱山の村の開発を手伝ってくれている村人さんじゃありませんか。よくいらしてくださいました」
アルドたちを向かい入れる村長だったが、その表情はすぐれない。
「どうしたんだ?何か、あったのか?」
「それが、最近、鉱山でまずいことが起きていまして……」
「まずいこと?俺たちにも詳しく話してくれないか?何か、力になれることがあるかもしれない」
村長は丸まった背筋をピンと伸ばして、アルドたちの方へ向かい合った。
「実は、このところ鉱山から有毒ガスが発生していて、鉱石の採掘が出来ないのです。原因を探ろうにも入っていくことが出来ないでおりまして……鉱山は閉鎖状態。鉱石が採れないために、こちらのラクニバの村の方の依頼もこなせない状況なのです」
「それは、大変だな……でも、毒ガスか……そんなもの、一体どうすればいいんだ?」
「息、止めてればいいんじゃね?気合入れりゃ、なんとでもなんだろ?それか、でっかい袋に空気溜めて……」
ザックの無茶な提案。それをアルドは慌てて静止する。
「いやいや、ダメだろ!あの鉱山はトロッコを使って移動するくらい中は広いんだ。頑張ればなんとかなるって話じゃないだろ!」
「アルドサン。とりあえず、鉱山の入口まで行ってみませんカ?何か、わかることがあるかもしれまセン、ノデ」
ザックとは対照的な、リィカの現実的な提案。
「そうだな。一度、行ってみてみよう」
三人は毒ガスが蔓延しているという鉱山の入口まで移動してきた。
パっと見たところ、異常は見られない。しかし、入口にある程度近づいたところで、微かに鼻を貫くような異臭が感じられた。
「このキツイ匂いが毒ガスなのか?」
口元に服の裾を当てて、周囲を探るアルド。
「このガスは酸素と硫黄の化合物のようデス。人体には極めて有害ですので、これ以上、鉱山に近づくことはお勧めデキマセン、ノデ」
「しかし、なんだって急にガスが充満してんだ?今まではまったく異常なかったんだろう?」ザックも口と鼻を覆いながら様子を探る。
そんな中、ガスの成分を分析していたリィカに新たな動きがあった。
「アルドサン。洞窟の奥にこれまでに感じたことがないような、大きな生体反応が確認されまシタ。毒ガスの中でも平然と活動できている模様デス……故に、鉱山の異常の原因はこの生物によるものと推定されマス、ノデ」
「大きな生物?……魔物……か?そいつが住み着いたせいで、毒ガスが発生しているってことなのか?」
「この生物は黄鉄鉱……つまり、硫黄を含む鉄鉱石をエネルギー源としており、摂取しきれなかった硫黄分を大気中に放出しているようデス」
「要は、鉱石を餌にしている魔物が住み着いてしまったせいで、ガスが発生してしまっているってことか……」
「なら、話は簡単じゃあねぇか?その魔物を追い出しちまえば解決だ!」
楽観的なザック。しかし、アルドは難しい顔をしたままだった。
「でも、その魔物って鉱山の奥にいるんだろう?この毒ガスの中を突き進むわけにもいかないし……リィカだっだら、アンドロイドだから入っても大丈夫だったりするのか?」
「高濃度の酸化した硫黄成分は金属を腐食させるおそれがあります。つまり、私のような高性能美少女アンドロイドにとっては、お肌の天敵となりマス……ノデ」
「……そっ、そうなのか?……それじゃあ、ダメっぽい……んだよな?」
悩みだす三人。しばらくして、ザックが何かを思いついたようで、スッと顔を上げた。
「こっちから入っていけないんだったら、奴のほうが出てくるように仕向けたらいいんじゃねぇか?」
「でも、どうやって?魔物にとっての餌は鉱山の中に沢山あるんだろう?おびき出すとしても、どうすればいいのか……」
「そりゃあ、魔物も同じモンばっか食ってたら飽きもすんじゃねぇか?口直しに変わったもんでも置いときゃぁ、そいつに誘われて、外に出てくるんじゃねぇか?」
「いやいや、魔物の食生活って……そういうものなのか?」
「いえ、アルドサン。ザックサンの意見には一理あるかもしれません」
「リィカ?何か、案があるのか?」
「カルシウムデス!」
「……かる……しうむ?なんだ、それ?」
胸と声を張るリィカに対して、アルドの頭の中にはハテナマークが浮かんでいた。
「人が採ると骨が強くなる成分のことデス」
「……えっと……魔物の骨も強くするのか?」
「炭酸カルシウムには硫黄を吸着するという性質がありマス」
「ということは、それで、毒ガスが消えるのか?」
「いえ、さすがに充満する気体を吸収することはできまセン。しかし、その性質を逆に考えるのデス。そして、先ほどのザックサンのセリフが重要になりマス」
「俺のセリフ?同じモン食ってたら飽きるってやつか?」
「そうデス。その生物は鉱山の中の硫黄を大量に摂取しておりマス。それに伴って、たいないのカルシウム分がドンドン吸着して、失われてしまっている可能性が高いのデス。それを補うためのカルシウムを欲して、外に出てくることは十分ありうることデス。謂わば、野生の動物がミネラル補給のために、岩塩をなめたりすることと同じデス、ノデ」
「ああ、なるほど、人でも甘いものばっかり食べてたらしょっぱいものが食べたくなる。そういうことだろう?」
「……そういうことなのか?」
リィカの説明に謎の補足をするザック。アルドは理解が追い付かない。
「結論としまして、貝殻や卵の殻などを集めて誘い出すのがいいと思われマス、ノデ」
「そうか、じゃあ、それでいこう!」
リィカの提案にアルドも納得する。
明確な目標が決まったところで、次は素材を集めるための目的地を考える。
「卵の殻だと集めるのが大変そうだな。すると、やっぱり貝……。貝が多いところと言えば、やっぱり竜宮城……」
「アルドッ?」ザックは口をあんぐりと開ける。
「な、なんだ?俺?何か変なこと言ったか?」
「……たまに、アルドのことが怖くなるな……とにかくだ。ここは海辺の村・ザミ辺りがいいんじゃねぇか?」
「あ、あぁ。わかったよ。それじゃあ、ザミに行こう」
歩き出すアルド。
ザックとリィカは後方を歩きながら、ひそひそ話をする。
「……リィカ……、あいつ、竜宮城に行って、なんて頼むつもりだったのかな?その背負ってる貝を下さい、とか?お墓巡りをさせてください、とかいうつもりだったのかな?アナーキー過ぎじゃねぇ?」
「アルドさんの素直さは、天を駆け抜け、地の底を突き破りマス。……深掘りすることはお勧め出来マセン、ノデ」
「……そうか。意味がわからんけど、すごそうな感じは伝わったぜ。あまり考えるなってことだよな」
一行はこうして、ザミの村へと向かった。
ザミへとたどり着いたアルドたちは、村長に適当な貝殻を譲ってくれるよう頼みこんでいた。
「ああ、そういうことならば構わんよ。好きなだけもって行きんしゃい。いろんな大きさの貝殻があるでよ。小さな貝。中くらいの貝。大き目の貝。どれがええかのう?」
アルドは少し考え込んで、運び勝手を優先させる。
「じゃあ、小さい貝をもらおうかな?」
「アルドよぉ。鉱山の魔物がどれくらいの大きさかわからねぇけど、周辺一帯を毒ガスまみれにしちしまう奴だぜ。小指くらいの大きさの貝じゃあ、食べた気がしないんじゃねぇか?」
ザックに止められたアルド。今度は逆の選択をする。
「じゃあ、思い切って大き目の貝にしようかな?」
「アルドサン?ザミで大き目の貝と言えば、人の住処にできるくらい巨大な二枚貝デス。是非とも再考をお勧めいたしマス、ノデ」
リィカに止められたアルド。これで選択肢は残り一つになってしまう。
「じゃあ、中くらいの貝にしようかな」
「中くらいの貝でいいんじゃな?それでは、しばし待つがええ。すぐに集めさせるでよ」
ザミの人たちの協力によって、瞬く間に山盛りの貝殻が積みあがってゆく。
アルドたちは必要な分量を見繕って、次元戦艦に積み込み、再び鉱山の前へと戻ってきた。
鉱山の入口を塞ぐほどにうず高く積まれた貝殻。
「うん。いいんじゃないか?こうやって、手のひら大の貝殻を山盛りにつんで置いておけば、魔物をおびきよせるにはちょうどよさそうだ」
「それじゃあ、後は隠れて待つだけだな。すぐに出てきてくれるといいんだけどよ」
「私が生体反応をキャッチしておきマス。状況が変わり次第、お伝えいたしマス、ノデ」
アルドたちは物陰に隠れて、鉱山の入口を静かに見守る。
ほどなくして、それまでジッとしていたリィカがピクリと反応を示した。
「アルドサン。来ました!標的の生き物が貝殻をなめに出てきまシタ」
「よし、行こう!」
魔物の前に飛び出した三人。
そこには、巨大な四足歩行の硬いウロコを全身にまとった、爬虫類のような魔物がいた。
「これ以上、毒ガスをまき散らして、他の生き物たちを苦しめるさせるわけにはいかない!悪いけど、大人しくしてもらうぞ!」
剣を構えるアルド。それに続いて、ザックもビートを刻み始めた。
「アルド!バトルだ!鳴ってんだろ?震えてんだろ?響いてんだろ?やってやろうぜ!」
「まぁ、そうなんだけどさ……そういえば、俺たちの頭の中で鳴ってる曲って……ひょっとして……みんな同じ曲なのか?」
「ああ、前に口ずさんでくれたやつか?世の中にはシンクロニシティって言葉があるとかないとか……詳しくは知らねぇけどよ」
「シンクロ……えぇっと、それって、なんのことだ?」
「共通の深層心理っていうか?そんな感じらしいぜ。クレイジーだよな!ぶっ飛んでやがるぜ!」
アルドたちの怒涛の攻撃によって、爬虫類の魔物は地面に倒れ伏した。
「よし、これで止めだ!」
アルドが剣を振り上げる。
「アルド!ちょっと、待った!」
止めを刺そうとするアルドをザックが呼び止めた。
「ザック?突然、どうしたんだ?」
「いやぁ、思ったんだけどよ?こいつをこのままやっちまうのは、ちぃと可哀そうなんじゃねぇかと思ってよ」
「まぁ、確かにそうかもしれないけどさ……」
「こいつだって、エサが欲しくてここにすみついていたんだろう?それは、俺たちみたいな人間が鉱山を拓いて、鉱石がむき出しになったから寄ってきたんだと思うんだよ。その環境が、こいつにとっては、凄ぇ心地のいい場所になっちまった。それを邪魔になったからってあっさり始末しちまうのもどうかと思ってよ……」
「でも、そうしないと、毒ガスは止まらない……他に、なにか方法があれば……」
アルドとザックは完全に手が止まってしまった。
その横でリィカは相変わらず、ピコピコと瞳をキラキラさせている。
「アルドサン。ただいま、私のデータベースで検索したところ、どうやらこの魔物は現代の生き物ではないようデス」
「それって、どういうことなんだ?」
「同じ種の生物が古代に存在していたとの記録がありマス」
「言われてみれば、過去世界で見かける魔物たちに似ているかもしれないな」
リイカの言葉に考え込むアルド。そんな中、ザックがハッとしたように顔を上げた。
「ってことはだ。俺が未来から次元の穴を通って現代に飛んできたように、この魔物も過去の世界から現代に飛んできちまったってことじゃねぇか?」
「確かに、そうなのかもしれないな。そして、たまたま近くにエサとなる鉱物が沢山あった。
そのせいで毒ガスが発生してしまって周囲の環境が変わってしまったんだ」
「だからさ、こいつを元の場所に返してやれば、きっちりと解決するんじゃねぇか?過去世界にこいつの仲間たちが多くいて、住みやすい場所があるのかもしれねぇ」
「この生物のエサとなっている硫黄が豊富にあるところは、有毒ガスが自然発生している可能性が高いデス。つまり、過去世界で、地中からの噴煙が地上まで吹き上がっている場所が元々の住処だと思われマス、ノデ」
リィカの推論を聞いて、アルドは少しだけ考え込んだ。
「噴煙が吹き上がっている場所……そこって、もしかしてナダラ火山か?そこに行けば、こいつの仲間たちがいるのかもしれないな」
その言葉にザックが素早く反応する。
「そいじゃあよ。こいつが大人しくしているうちに、さっさとナダラ火山まで運んじまおうぜ!」
「そうだな!行こう!」
一行は、魔物を次元戦艦に連れて行って、過去世界にあるナダラ火山へと赴いた。
そして、火山の中腹で魔物を下ろし、様子を見守ることにした。
やがて、周囲から、この魔物をミニサイズにしたようなちっちゃな生き物がワラワラと群がってきた。
アルド,ザック,リィカも固唾を呑んで、その様子を眺めている
「この小さな生き物……ひょっとして、この魔物の家族たち……か?」
「無事、再開できたってわけか。よかった、よかった」
「でも、結局のところ、こいつらって魔物なんだよな……これで、よかったのかな?」
「この世界で生きるモノたちはミンナ……何かしらの命を頂いて、生きることが出来ていマス。時には争いが起こることもあるでしょう。厳しい環境で生きていかなければならないこともあるかもしれまセン。それでも、その生物が居るべき場所で生きていくのが、結局のところ幸せなのではないのかと……高性能美少女アンドロイドとしては思うわけでありマス、ノデ」
リィカの言葉にアルドとザックはじっと耳を傾けていた。
「そっか、そうなのかもしれないな」アルドはそう納得する。
「……そいつの居るべき場所で生きることが幸せ……ね……。耳が痛いこと言ってくれるぜ」ザックも顔をしかめながら口角を横に拡げた。
「失礼しまシタ。音声を、耳が痛くならないくらいのボリュームまで落としマ……」
リィカはそう言いながら、かすれるくらいの声まで小さくしてしまった。
「ま、いいけどよ。アンドロイドに弱肉強食を諭されるとか……それって、どうよ?まぁ、俺もその居るべき場所ってのを真面目に考えてみるとするかね」
そう言いながら、ザックはその後もしばらくの間、考え事に興じているようだった。
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