フィーネとユニガン

 アルド、フィーネ、ザックの三人がラクニバの村を訪れていた。

「この村も少しは落ち着いてきたかな?」

「ああ、先日の魔物の襲撃以降、警戒感を強めてはいたんだが、とりあえず村に侵入されるってことはないみたいだぜ」

 アルドとザックは周りを見渡しながら歩き回っている。

「よかったねっ。ここはおいしいものが沢山あるから、早く元気になってほしいね。」

 フィーネはうれしそうな様子で、足取りも軽やかに飛び跳ねている。

「しかし、後始末が容易にはいかない。完全に戻るまでにはまだまだ、時間がかかりそうだ」

「うーん、俺たちにも何か手伝えることがあればいいんだけど……」

「そうだね、お兄ちゃん。誰か困っている人がいないか、探してみようよ」

 こうして、アルドとフィーネは村の手助けをするべく、辺りを廻ってみることにした。

 すると、一人の青年が畑の前で頭を抱えている場面に出くわした。

「ああ、どうしよう……困った……困った……一体、どうすれば……」

「……わかりやすすぎるくらいの、困りっぷりだな……」

「お兄ちゃん……ちょっと、声かけてみてよ……」

 アルドとフィーネは、絵にかいたような村人の姿に若干だけ戸惑いつつも、あまり刺激しないように気を配りながら声を掛けた

「なぁ、あんた。大丈夫か?何か困っているみたいだけど?」

「うわぁっ!急にビックリさせないでくれよっ!……ってあんた、前に村を救ってくれた旅人さんっ!まさか、僕なんかの話を聞いてくれるのかい?」

「ああ、俺でよかったら力になるからさ……とりあえず、落ち着いてくれよ」

 気の小さそうなその青年は幾度か深呼吸を繰り返して、ようやく落ち着きを取り戻したようだった。

「うちの村で作っている野菜ってたくさんあるんだけどさ、その中でも有名な特産品がカボチャだったりするんだよね」

「知ってる!とっても、おっきいの。あれ、すごいよね。そのまま煮てホクホクのまま食べるのもおいしいし、パイの具で包み込むのもスイーツとして人気があるんだよっ」

フィーネがうれしそうにまくしたてる。横で聞いていたザックも、その勢いに負けるまいと、相槌を打ちながら会話に混ざってきた。

「でっかいカボチャか。どこかの国には、中身をくり抜いて、顔に見立てて飾るような祭りがあったりもするらしいな。未来世界でも、それをモチーフにしたようなバンドが人気だったもんさ」

「フィーネもザックも、いろいろと詳しいんだな」

 思わず感心するアルド。特産品を褒められた青年も、まんざらでもなさそうに笑顔を見せた。

「ありがとう。そんなにほめてくれると、作っている方としても感慨深いよ。でも、もしかしたら、それが出来なくなるかもしれないんだ」

「えっ?どうして!そんなの、いやだよっ!」

 不穏な話題にフィーネの表情も陰りを見せた。

「先日の魔物の襲来の時にさ。もちろん、他の作物にも被害はあったんだけど、時間さえかければ、盛り返すことはできそうなんだ。でも、特に被害の激しかったカボチャは、今年の作付け用の種が全滅してしまって、栽培することが出来ない状態なんだよ……」

「そんなぁ~。それじゃあ、もう、あのおっきなカボチャは作れないの?」

 更に肩を落とすフィーネ。

「可能性がないわけじゃないんだ。あのカボチャは王都ユニガンにも沢山の数を卸している。だから、そこへ行けば、ひょっとしたら良い状態の種が手に入るかもしれない……」

「そうなのか?ということは、ユニガンに行って探せば、カボチャの種が手に入るかもしれないんだな?……村の人たちはまだまだやることが多くて忙しいだろうから、俺たちが行って、種を探してくるよ」

「本当かい?そうしてくれたら助かる!……でも、ひとつだけ注意が必要なんだ」

 青年はアルドの提案に感謝しつつも、真剣な表情を崩さない。

 足元に置いてあった鉢植えを抱えて、アルドへと差し出してきた。

「この鉢植えは?見たところ、何も植えられてないみたいだけど……」

「あの大きなカボチャは、少し癖のある特徴があってさ。このラクニバの村の土に植えて、初めてあの大きさまで育つんだ。どうやら、村の土壌の性質に合っているみたいでさ。だから、他の場所の土に植えても大きくはならない。だから、種を手に入れたら、この土に埋めた上で運んできてほしいんだ」

「種のままじゃ、ダメなのか?」

「悪くはないと思うんだけど、結構デリケートなものでさ……」

「音楽を聞かせてやれば、ハイになってグングン育つんじゃねぇか?」

 ザックが横から適当な茶々を入れてくる。

「植物に音楽……そういうことも、ありえる……のか?でも、とりあえずわかったよ。とにかく種が見つからなきゃ話にならない。そして、見つかったら鉢植えに埋め込む……と」

「それじゃあ、村人さん。行ってきます。楽しみに待っててくださいねっ!」

 フィーネが大きく手を動かしながら笑顔を振りまいた。

 こうして、アルドたちはユニガンに向けて出発した。

 都市国家ユニガンは農村であるラクニバとは、人の波も量もけたが違う。広い敷地内を闇雲に回っていてはキリがない。

「人は多いけど、ラクニバのカボチャのことを聞くには、どこに行けばいいんだ?」

「もちろん、食べ物屋さん!沢山、食べ歩こう?そうすれば、カボチャのことも聞いて廻れるよ?」

「フィーネ?なんか、凄い気迫を感じるぞ?」

「気のせいだよ、お兄ちゃん!カボチャのパイにカボチャのスープ。グラタン、コロッケ、プリンにタルト。頑張って探せば何とかなるよ!」

「……後の方、料理名しか言ってないぞ?」

戸惑うアルドに張り切るフィーネ。それを眺めるザックはあきれ顔で大きなため息をついた。

「……俺たちが探すのは種だからな……頼むぜ、お兄ちゃん?」

「……その呼び方は、勘弁してくれ……」

 戸惑うアルドは、更にげんなりと肩を落とした。

「まぁ、とにかくだ。食べ物と情報収集。酒場に行くのが一番だろう」

 ザックが、兄妹をなだめるように酒場へと誘導する。

 そうして、酒場の扉を潜るやいなや、おあつらえ向きの噂話が耳に飛び込んできた。

「そういえば見たか?劇場最新作ニャンニャン侍・獅子奮迅!虎ノ門外の変すごい人気らしいぜ?」

「へぇ、今度の休みに行ってみようかな。なんか、入場特典もあるらしいじゃん?」

「三人一組のグループ席で入場しなきゃならないらしいんだけど……確か、猫雪姫の人形か、ラクニバカボチャの種。その内の、二種類の中から選べるんだそうだ」

「猫雪姫の人形はいいとして……なんで、カボチャの種なんだ?」

「作品の中で、猫雪姫がニャンニャン侍にカボチャの煮っころがしを振る舞うってシーンがあるらしくてよ。だから、カボチャ。最近は、その種を植えて、黄色い花を愛でるってのが王都の中で流行ってるらしいぜ?」

「へぇー、そんなもんなのかね?」

 アルドたちは、酒場の客たちの会話にくぎ付けになっていた。

「お兄ちゃん!今の話、聞いた?」

「ああ、もちろんだ!今、国立劇場に行けば……」

「猫雪姫様が見られるんだね!面白そう!早く行こう!」

 フィーネ、一人で走り出す。取り残されるアルドとザック。

「フィーネ?……おーい……目的は、カボチャの種だぞっ?」

「……大変だな、兄貴ってのも」

「ああなったフィーネは止まらないからなぁ。……仕方がない……俺たちも早く行こうか……」

 ユニガンの国立劇場に着いた三人はグループチケットを購入して、最新作の演劇を堪能した。

 しばらくして、観劇の余韻に浸りながら、劇場の入口ホールへと出てきた三人。

「ああ、面白かった。猫雪姫様、綺麗だったなぁ。私も、あの着物着てみたい!」

「まぁ、着物を着れるかはともかく、確かに劇は面白かったな。あとは、このグループ入場半券を受付の人に渡して、種をもらえば……」

 アルドが受付に向かおうとしたところ、近くで泣いている女の子が目に留まった。

 フィーネはすかさず女の子へと近寄って、優しく声を掛けた。

「ねぇねぇ、あなた、どうしたの?」

「……あのね、私、お人形、欲しかったのに、半券、なくしちゃったの……」

「うーん、大変だね。よーし、私も一緒に探すよっ。二人で頑張れば、きっとすぐに見つかるよ!」

 フィーネはそう言いながら女の子の手を取ったが、当の本人は沈んだままだった。

「でもね、あのね、お父さんとお母さんが外で待っててね……もう、街から出かけなきゃいけないんだって……だから、私も、すぐに着いていかなきゃいけないの……」

「そっかぁ……はい、これ。あげる」

フィーネはアルドの手から半券をスッとつかみ取って、女の子の前へと差し出した。

「わぁ、半券だ?これ、くれるの?」

 女の子は顔を上げてパァッと笑顔になった。

「もちろん!猫雪姫様、可愛いよね?私も大好きなんだ!」

「うん、とっても可愛い!私も、大きくなったら猫雪姫様になるんだ!」

「その気持ち、とってもわかる!私もあの綺麗な着物着て、猫雪姫様になりたいもん!」

「おねぇちゃんも私とおんなじ?」

「おんなじおんなじ。だから、これは私とあなたとの仲良しのあかし。猫雪姫様のお人形、大事にしてほしいなっ」

「うん、わたし、だいじにする!ありがとう、お姉ちゃん!」

 女の子はフィーネから半券を受け取って、うれしそうに駆けていった。

 間に割り込めず、やり取りをただただ見守るしかなかったアルド。女の子が立ち去ってから、ようやく口を開くことが出来た。

「フィーネ?……おーい……カボチャの種……」

「また観ればいいじゃない!……ねっ?」

 笑顔で振り返るフィーネ。

「……」アルドは、それ以上、何も言えなくなった。

 そして、アルドたちは再度チケットを購入して、同じ劇を観覧した。

 しばらくして、再び入口ホールへと出てきた三人。

「ああ、面白かった。猫雪姫様、綺麗だったなぁ。私も、あの着物着てみたい!」

「……そ、そうだな」

キラキラした瞳のフィーネと、それを複雑な表情で見つめるアルド。その様子にザックも驚きと戸惑いを隠せない。

「アルド、改めて言わせてもらうけどよ。お前の妹、すごいな。さっきとまったく同じテンションで喜んでるぞ?」

「……喜んでもらえて、なによりだよ」

 そんな二人を気にも留めないフィーネ。

「二人とも、何、グズグズしてるの?早く、カボチャの種を受け取りにいこうよ」

 フィーネは今度こそ、半券を片手に受付の人に声を掛けた。

「お願いしまーす!かぼちゃのたねをっ、くーださいなっ」

「スミマセン。元々、数が少なかったカボチャの種なのですが……つい先ほど在庫が切れてしまいまして、お渡しすることが出来なくなってしまいました」

 受付の人の思いがけない言葉に、さすがのフィーネも驚きを隠せない。

「えっ!そんな!お兄ちゃん、ごめんなさい!どうしよう、私のせいで……」

「いや、しょうがないよ。フィーネは悪くない。……でも、本当にどうしようか?」

 成す術が無くなった一行。

とぼとぼと、あてもなくユニガンの街を歩いていた。

すると、ザックが突然、歩みを止めた。

「……アルド……道の先、見てみ?何か、落ちてねぇか?」

 ザックが指し示した道の真ん中に、小さな黒っぽいものが点々と直線状に連なっている。

「なんだろう?点々がずっと街の外まで続いているみたいだけど……」

 フィーネが近づいて手に取ってみる。

「お兄ちゃん!これ、種だよ?植物の種!それが、道に落ちているんだよ!誰かの落とし物かな?」

「落とし物……なのか?」

「おそらく、積み荷の袋に穴が開いているのに気づかず、どんどん進んでいってしまっているから、こんな風に落ちているんじゃないか?」

「確かに!それだと、こんな跡になるのもわかるな!」 

ザックの冷静な分析にアルドも納得する。

 そんな二人の様子にフィーネがプンプンと怒り出す。

「お兄ちゃんたち!うんうん頷いてる場合じゃないよ!その人、このままじゃ、絶対困っちゃうよ!早く追いついて、教えてあげなくちゃ!」

 その言葉にアルドはっとする。

「確かに、フィーネの言うとおりだな!急いで追いかけよう!」

 アルドたちは走って、種の跡を追いかけた。

 ユニガンの街のはずれに来たところで、城門の前にいた兵士に話を聞く。

「ついさっき、この城門を出ていった人、いなかったか?多分、運んでいる荷物の中に植物の種があると思うんだけど?そんな感じの人、見かけなかったか?」

「種?ああ、そういえば、バラバラ散らばっているのは植物の種だったのか」

 兵士は道に落ちていた種のことに、今更ながら気づいたようだった。

「おいおい、ちゃんと見張りの仕事してたのかよ?」

 ザックのあきれ顔に、兵士はバツが悪くなったのか、急に背筋をピンと伸ばして、うやうやしくなった。

「先ほどここを通ったのは一組だけ。行商人の一家で、港町のリンデに向かうとのことでした!」

「行商人の一家!その人たちで間違いなさそうだな!急ごう!」

 三人は城門を出て、セレナ海岸をひた走る。

 しかし、街道の半ばまで来たところで、それまで続いていた種の跡がぷっつりと途切れてしまった。

 アルドはしかたなくその場で立ち止まるしかなかった。

「まずいぞ!種が落ちていない。これじゃあ、この先の分かれ道をどっちにいったのかわからないぞ!」

「くそっ!種が全部落ちて、荷物が空になっちまったのか?アルドよ!これは、手分けして探す方がいいかもしれねぇな!」

 アルドとザックの焦りが強まっていく中、フィーネが地面に屈みこんで、注意深く辺りを調べている。

「違うよ、お兄ちゃん。種が無くなっている道の先、少しデコボコして荒れているの。これって、きっと、鳥さんが種をたべっちゃったんだと思うの。それに、見て!」

 フィーネが道の先を指し示す。アルドとザックも、そこでようやく気付いた。

「あれは、鳥の魔物の群れが集まっているのか?」

「つまり、あそこの中心にエサが沢山あるってことだな!」

 フィーネがいち早く走り出した。

「行商人さんたちはあそこにいるんだよ!早く、助けてあげなくちゃ!」

 アルドとザックもそれに続く。

 鳥の群れに近づいてゆくと、そこには行商の馬車が立ち往生していた。

 アルドが素早く剣を抜いた。

「早く、鳥の魔物たちを追い払うぞ!」

 ザックもそれに続いて武器を取る。

「アルド!バトルを目の前にして、今日もガンガンなビートが鳴りはじめてるか?」

「もちろんさ!でも、音楽ってことならさ……普段から、その辺をブラブラ歩いているときにも頭の中では鳴ってるんだよなぁ。なんかさ、周りの雰囲気に合わせて丁度よさそうな曲がさ……」

「へぇ?そいつはクールだな。今度、聴かせてくれよ。目の前の奴をぶちのめした後でな!」

 アルドたちは一気に攻勢を掛けて、鳥の魔物たちを追い払った。

「よし!これでもう大丈夫だな」

 辺りに魔物の気配が無くなったところで、ようやく剣を納めて落ち着いた。

 その様子を見て、行商人の夫婦らしき人たちがかしこまって近寄ってきた。

「あなたたちがあの魔物たちから助けてくれたのですか?ありがとうございます!いつもなら、こんなことはないのですが……なぜか、今日に限って、魔物たちが寄ってたかって襲い掛かってきて……もうだめかと思ってしまいました」

 夫婦は安心と疲れからか、ぐったりとした様子だった。

 しかし、アルドはまだ気を抜いてはいない。

「それがさ、俺たち、ユニガンから道伝いに植物の種が落ちているのを見て、ここまで追いかけて来たんだ。魔物たちが襲ってきたのも、たぶんそれが原因なんじゃないかと思うんだ。荷物に穴が開いていないか確かめた方がいいんじゃないか?」

 その言葉に夫婦は慌てて飛び上がった。

「本当ですか!今すぐ確かめてみます」

 そう言って、馬車の中の荷物を探り出す。 

 しかし、しばらくして外に出てきた夫婦の顔は怪訝そうだった。

「うーん。荷物に穴は開いていないみたいですし、ちゃんと縛ってもありました。おかしなところはなさそうなんですが……」

 その言葉にアルドも首をかしげざるを得なかった。

「おかしいな?種は間違いなく落ちていたし、この馬車の他に道を進んでいる人たちもいないはずだし……」

 一行は、原因がつかめないまま頭を抱えてしまった。

 そんな中、馬車の中から小さな女の子がピョコンと顔を出してきた。

「……あの……あのね……」

「お前!まだ、魔物が襲ってくるかもしれないんだ!危ないから、馬車の中に隠れていなさい!」

 恐る恐る口を開いた女の子に、行商人の父親が強く叱りつける。

 女の子は体をビクリと震わせて目をつむった。

「……でも、あの……その……」

 怖がりながら必死に言葉を絞り出そうとする女の子。

 その様子を後ろの方から見ていたフィーネが、ズイッと女の子のそばまで近寄った。

「わぁ、すごい偶然!あなた、さっき、劇場で会った子だよねっ?」

 その言葉に、それまで縮こまっていた女の子の表情がパァッと明るくなった。

「あっ!さっきの猫雪姫様のおねぇちゃん!なんで、ここにいるの?」

「それはねぇ……あなたともっと仲良くなりたくて、追いかけてきちゃった!」

「あーん!ありがどー!うれじぃーよー!こわかったよー!」

 女の子は泣きながらフィーネに抱き着いた。

「うんうん。大丈夫。大丈夫だよ。……それで、何か、言いたいことがあったんじゃない?」

 女の子は一通り泣いて落ち着いたのか、グシグシと涙を拭いてフィーネの顔をじっと見つめた。

「私ね。また猫雪姫様に会いたいからね……来た道を忘れちゃいけないって思ったの。だからね、お父さんとお母さんに内緒で、目印をね、置いてたの……そしたら、空から大きな鳥さんが降りてきて……それでね、私、怖くなっちゃって……毛布の中に隠れちゃったの……」

「大丈夫。大丈夫。もう、怖くないでしょう」

 フィーネはそう言いながら、再び女の子のことをぎゅっと抱きしめた。

 その様子を複雑な表情で眺めていた行商人の父親がハッと気づいたように口を開いた。

「そういえば、馬車の荷物をチェックしたときに、穴は開いていなかったんだけど、毛布の下にラクニバカボチャの種が散らばっていたんだ。……そうか、あれは、この子がユニガンに戻りたいがために、目印として……」

 その言葉を聞いたアルド。続けて、ハッと驚いたように飛び上がった。

「道に置かれていた種!あれがラクニバカボチャの種だって?ひょっとして、まだ沢山馬車の中に残っているのか?」

「ああ、そりゃあ、行商の品だからな。まだ積み荷の中に沢山あるけど……」

 その会話を横で聞いていたフィーネが、女の子に優しい表情で向き直る。

「ねぇ、おねえちゃん。あなたにお願いしたいことがあるんだけどな?」

「何?何でも言って!私、おねぇちゃんのお役に立ちたい!」

「私たちね、ラクニバカボチャの種を探してたんだ。もしよかったら、ちょっとだけわけてくれるとうれしいんだけどなっ」

「うん!もちろん!いくらでも持って行って!いいよね、お父さん!」

 父親は困惑しながらもしきりに頷く。

「ああ、当然さ。恩人さんたちにはお礼をしないとな」

「そ、お礼をしないとな!人形のお礼もしないとな!」

 父親のセリフを真似をする女の子。しかし、フィーネは口の前に指を立てて、首を横に振る。

「違うよ。人形は仲良しのあかし。カボチャの種のお礼は、私がこれからするんだよ」

「えっ?」

 フィーネの思いがけない言葉に女の子の眼はキョトンと丸くなった。

「これは秘密なんだけど~実はねぇ~。私も猫雪姫様なんだよっ。あの劇場のステージにも立てるんだからっ!」

「おねぇちゃんが、猫雪姫様っ?」

 丸くなった女の子の眼が更に真ん丸に開かれた。

「そう。だからぁ、カボチャの種のお礼として、今度は私が猫雪姫様になって、あなたのお家まで遊びに行ってもいいかな?」

 その言葉に、女の子が飛び跳ねて喜んだ。

「本当?本当に本当?」

「本当に本当。だから、それまで、ちゃぁんとお家で待っていられるかな?」

「うん!待つ!私、待ってる!それまで、ゆにがんに行ったりもしない!」

「それじゃあ、約束。私も楽しみにしてるね」

 フィーネは女の子の小さな手を取って、指切りを交わした。

「バイバイ、おねぇちゃん!またねぇー!」

 女の子と行商人の夫婦は、アルドたちにラクニバカボチャの種を分けて、リンデの街へと向けて出発していった。

 アルドたちは、その姿が見えなくなるまで、手を振りながら見送った。

 一番後ろの方に突っ立っていたザックがアルドに小声でささやいた。

「アルドよぉ……なんつうか、俺……今回、後ろにいただけで、なんにもしてなくねぇか?」

「……それは、俺もだけど……なんというか……」

「言いにくいなら、代わりに俺がはっきりと言ってやろうか?《全部、フィーネが暴れまわったせい》……そういうことでいいよな?」

「……俺から言うことは何もないよ……」

「……兄貴……妹には、一生、勝てなさそうだな……」

 男二人が情けなさそうにこそこそ話をしている中、フィーネが振り返って元気よくハッパを掛ける。

「お使い終了っ!さぁ、早くラクニバの村に帰ろ!私、お腹すいちゃった!きっと、おいしいものが待ってるよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る