農家ロッカー ザック
@oountcho
サイラスと実りの村ラクニバ
アルド、サイラス、ザックの三人が実りの村・ラクニバを訪れた。
アルドは気持ちよさそうに、両手を上げて深呼吸をした
「この村はいつ来ても落ち着くよ。とてものどかで、食べ物も素朴でおいしそうで。なにより、雰囲気がバルオキー村によく似ている」
横を歩いていたサイラスも同調する。
「草木が多くて湿り気もたっぷり。乾燥に弱い拙者にとっても、すごくありがたい村でござるよ」
「アルド、ここまで来たついでに、ちょっとブドウ園を見てきてもいいか?」
後から歩いてきたザックが、村の奥を指し示す。
「そういえば……ザックはこの村に、自分の畑を持っているんだっけ?」
「ああ、そうだ。俺が村を離れているときは、近くの知り合いの爺さんに管理を頼んでいるんだけどよ。せっかく来たんだ。やっぱり、自分で目で確認しておきたくてよ」
「もちろん、いいとも。話には聞いていたけれど、実際に見たことはなかったから、俺もザックの畑を見てみたいな」
「村のはずれの方にあるから、少し歩くけどよ。ちょっくら、付き合ってもらうぜ」
歩みを進める三人。やがて、坂を登った先の平坦な丘に拡がっているブドウ園にたどり着いた。
敷地全体を覆うようにして、竹製の添え木が縦横に組まれている。
そこを無尽に伝う緑のツル。
まるで、《もっと先へもっと先へと》言わんばかりに、細く長く伸びている。
収穫時期が近いのか、たくさんのブドウが、キラキラとした輝きを放ちながらぶら下がっていた。
そこには、何やら作業をしているらしい、一人のお爺さんがいた。
「おお、ザックか。お前さん、村に来ていたんじゃな?どうだ、旅は順調かのう?」
「まあな、ボチボチさ。今日は、近くまで寄る用事があったんで、ここにも足を運んでみたんだ。爺さんよ。いつも畑を見てくれてありがとうな。ブドウの世話はもちろん、雑草や害虫の管理もしっかりと行き届いているようだ。どれほど大事にしてもらっているかが一目見りゃわかる。ホント、感謝してるぜ」
「ほっほっほっ。杵柄もクワも昔から取りまくっとるからな。モウロクジジィにも役立てることがあって、なによりじゃわい」
ブドウ園を見渡すアルドとサイラス。
「それにしても、本当にすごいな」
「確かに、実の一粒一粒が宝石のように艶やかで、至極あっぱれでござる」
「村では、このブドウたちを素にして酒を造ってるんだ。自分で言うのもなんだけどよ、最高にうまいぜ」
誇らしげに胸を張るザック。
「へー、ブドウ酒用のブドウってことか。育てるの、難しそうだよなぁ」
「ブドウ酒づくりには適した条件ってのがあってよ。水はけのいい土。適度な温度。適度な気候の変化。気温は涼しい方がいい。そして、こだわりは何もしないこと。水を撒かない。肥料も撒かない。もちろん殺虫剤もだ。だから、具合を見て土を休ませることも重要になるし、虫たちの管理も重要になる。その土地の土壌に合わせて、その気候に応じたブドウを作る。なるべく、自然のままがいい。出来がいい時の葡萄酒もあれば、悪い時のモノもある。それが、その土地由来。その土地ならではの酒になるってことさ」
「うーん、ずいぶん大変そうだなぁ」
「モノづくりは生きていくための基本でござるからな。一番大事な部分でもあり、一番大変なものでござるよ」
「俺も村で農作業を手伝うことはあったけど、剣を振っているほうが多かったからなぁ」
アルドもサイラスも感心しながら、しきりにうなずいている。その様子に、ザックもまんざらではなさそうだった。
「今回、育ったブドウは特に出来が良さそうだ。ここから長い時間をかけて、ゆっくりと熟成させていく」
「完成までにはまだまだ掛かるんだな」
「でも、まぁ、せっかく来たんだ。以前造った酒がある。アルドもいっぱいやってみるかい?」
「ああ、そうしたいところだけど……でも、俺、お酒って飲まないから、試してみても良いか悪いかなんてわからないよ」
「ふむ、ならば拙者が承るでござる」
横にいたサイラスがここぞとばかりに前へと出てくる。
「サイラス。こういうの、詳しかったのか?」
「吾輩の故郷にもコメを元にした酒が名物としてあるのでござるが……。特上のものはコメの粒の周りを削って削って、芯の部分のみを材料にするのでござる。それを丁寧に発行させることで、混じりけのない澄んだ芳醇の香りがする酒になるのでござる」
何倍でも飲める酒になるのでござる」
「コメの酒にブドウの酒……いろいろ、あるんだな」
「拙者、カエルだからって下戸下戸言っているだけではござらんよ。いい大人というものは、いついかなる時でもその場所に合った風情というものを楽しめるものでござる」
「サイラスの旦那はずいぶんといける口のようじゃねぇか?さぁ、飲みねぇ飲みねぇ」
ザックは木組みの器をサイラスに勧めた。
そこには飲み口のふちの際まで、波々に注がれたブドウ酒がキラキラと日の光に反射している。
「それでは、謹んで所望するでござる」
サイラスは、器をクルクルと横に回し、香りを楽しみながら、一口味わった。
「かー。これは素晴らしい。力強い大地のどっしりとした深みのある香ばしさ。恐悦、美味でござる」
サイラスは残りのブドウ酒を一気に喉の奥へと注ぎ込んだ。
「いいねぇ、大将。気風のいい飲みっぷりだ。もう一パイいきねぇ」
「よく知らないんだけど……ブドウ酒って、そういう飲み方をするものだったっけ?」
アルドは二人を怪訝な顔で見つめる。
「飲む奴の好きなように飲む。ただし、呑まれてはいけない。大事なのはそれだけだ」
「拙者、もとより、呑み込むのは得意でござる」
「……そういうものなのか?」
アルドは戸惑いの表情を浮かべる。対称に、サイラスとザックは大いに笑い合う。
「よし、俺たちにも出来ることがあったら言ってくれ。なんでも手伝うよ」
「そうか?じゃあ、今日はみんなで土いじりとしゃれこもうか!」
三人共、畑仕事に勤しむ。
日暮れ時。
作業を終えた三人が休憩している。
「それにしてもザック。普段の姿からは想像つかないけれど、こう見ると、本当にワイナリーなんだなぁって実感するよ」
「土いじりが、ずいぶんとさまになっているでござるよ」
「村に居るときは、四六時中、ブドウ畑にかかりっきりだからな。さすがに慣れるものさ。少し前までは、まったく違う場所でまったく違う生活をしていたってのにな。運命ってのはわからねぇもんさ」
「未来世界では《ロックバンドのボーカリスト》とかいうモノだったんだろう?ミュージシャンだっけ?それは、もうやらないのか?」
「ロッカーねぇ……そんな頃もあったな……でも、今は農家が性に合ってるからなぁ……」
「アルド……人が選んだ道にとやかく言うのは無粋でござるよ」
「もちろん、強制するわけじゃないけどさ……次元戦艦に乗って未来世界のガルレア大陸にも行ったりするし……それこそ、サテラスタジアムに寄ったりもするけれど、見て見ぬふりというか、素通りしてやり過ごしている気がしてさ……もしかしたら、いまだに心残りがあるんじゃないか?」
「まぁ、否定はしないさ」
「戻ろうと思えば次元戦艦でひとっ飛びできるし、力になれることがあれば喜んでやらせてもらうよ」
「ありがとうよ、アルド。……いずれ、けじめはつけるつもりさ。……いずれ、な……」
三人はしんみりとした雰囲気で佇んでいた。
そんな時、村人の一人が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「魔物が出たー!村に魔物が入ってきたぞー!」
周囲に知らせるように叫びながら、村人に警戒するように伝えまわっている。
ザックが真剣な表情でピリピリと警戒感を露にする。
「魔物だって?くそっ!この村では、俺が好きには勝手させねぇ!……アルド!手伝ってくれ!魔物たちを追い払わなきゃならない!農家ロッカーの意地、見せてやるぜ」
「もちろん、俺も行くよ!ここは、農家ロッカーに乗っかろうか……」
「…………!」
サイラスが大きな口をあんぐりと開けて、アルドを凝視している。
「……サイラス?どうしたんだ?俺、何か変なこと言ったか?」
「……いや。ここでモノ申すのは無粋の極み。拙者からは何も言うまい……でござる……」
「そうか?一瞬、戸惑っていたみたいだからさ。イエスかノーか、可能か否なかどうかと思ったけれど、問題ないみたいだな!行こう!」
サイラスは更に大きく口を開けたまま動けないでいる。
アルドとザックは既に駆け出している。
一人だけ、その場に取り残されるサイラス。
「……アルド……問題、ありありでござる。……まさか《否か》も田舎とかかっているでござるか?……相当、重症でござる。……下戸下戸」
村の中央付近にたどり着いた三人。
そこにいたのは巨大なイノシシのような也をした魔物だった。
半壊した木造の建物の中に鼻を突っ込んで、無我夢中で荒らしまわっている。
「くそっ!食糧庫がやられてやがる!目当ては食い物ってわけか!」
「興奮していきりたっているでござる。不用意に近づくのは危険でござるよ」
「腹が減って山から下りて来たってところか!でも、村の人たちの食べ物をこれ以上、荒らさせるわけにはいかないんだ!」
三人は各々武器を手にして構える。
ザックが体でエイトビートを刻み始めた。戦いの際のルーティーン。これによって彼は戦闘意欲を高めていく。
「アルドよぉ。バトル中って、頭ん中で音楽が鳴ったりしねぇか?俺はガンガン鳴ってやがるぜ。やばい相手になればなるほど、いけてる曲がな!」
「奇遇だな。実は、おれもそうなんだ。みんなそうだったりするものなのか?」
「そうかもしれねぇ。よっしゃ、そういうことならホットにぶちかましてやろうぜ!」
火花散るバトルが繰り広げられる。
アルドたちは興奮した魔物を撃退することに成功した。
剣を収めるアルド。
「ふぅー。なんとか、魔物たちを退けることが出来たな」
「……」無言佇むザック。何やら神妙な面持ちで遠くを眺めている。
「ザック。どうしたんだ?」
「いや、ここに来たばかりのことを思い出しちまってな」
「未来世界からこの村に飛ばされてきた時の話か?」
「まぁな。あの時も、今みたいに魔物が村に襲来してきたんだよ」
「そういえば、その時の話は聞いたことがなかったっけ?」
「あの時の俺は荒んでたからな……まぁ、せっかくだ。聞いてくれるか?」
~ザックの回想~
未来世界のガルレア大陸にあるサテラスタジアム。
大勢の人たちが四人組のロックバンド《ザ・クロックス》のライブ演奏に酔いしれていた。
ライブは熱狂の内に終焉し、ボーカル兼ギターのザックは、楽屋で汗を拭きながら体を休めていた。
中央のテーブルにはケータリングとボトル類が散乱している。
メンバー間に会話は無く、各々が椅子に腰かけたままで、ほとんど動きもない。
中心メンバーのザックは、一人で何本もの酒のボトルを空にして、不機嫌そうにくだを巻いている。
「くそったれっ!いい加減うんざりだ!毎日毎日、思ってもいねぇことを歌わされて!てめぇらは毎回のように同じ演奏しかしやがらねぇ!観客たちは、中身のねぇものにぎゃぁぎゃぁ騒いでばかりだ!……何にも響きやしねぇ!こんなことを繰り返して、後に何が残る?」
新しいボトルを開け、喉の奥へと一気に流し込む。
「足りねぇ!なんも熱くならねぇ!満たされねぇ!何をしたって満たされねぇ!」
空になったボトルを振り回す。
「くそっ!手前ぇらもなんとか言えよ!」
周りにいるメンバーたちは顔を床に向けたまま、ピクリとも動かない。
「こんな酒……いくら飲みほしたところで、満たされやしねぇんだ!」
ボトルを壁に叩きつける。
バリン!と室内に破壊音が響き渡る。ボトルガラスがコナゴナに砕け散ったものの、気に留めるものは誰もいない。
《ザ・クロックス》の楽屋内で日常的に繰り返される光景。
ザックはどうしようもなく荒んでいた。
「くそっ!俺はいつだって孤独だ!誰も俺の気持なんかわかっちゃくれねぇんだ!」
再度、空になったボトルを壁に叩きつける。
しかし、今度はボトルの割れる音が聞こえてこない。
「……あ?なんだぁ?」
ザックは不振に思って、千鳥足でふらつきながらも、ボトルを投げつけた壁へと向かった。
そこには青い輝きを放っっている歪んだ空間が現れていた。
「なんだ、これはっ!引っ張られて……吸い込まれるっ!」
一気に酔いが覚め、下半身を踏ん張ってその場に留まろうとするものの、強烈な力に抗うことが出来ずに、一人穴の中へと呑み込まれてしまった。
それからどれくらいの時間が経ったのかはわからない。
目を覚ました時、ザックはどこか見知らぬ場所に放り出されていた。
「ここは、一体、どこだ?俺は、どうなっちまったんだ?」
周囲はうっそうとした木々が生い茂り、草葉の陰からは鳥や獣らしき生き物の動く音や鳴き声が聞こえてくる。
ザックにとって、まるで見覚えのない土地。足元は
足元は固く土が踏みしめられており、一本の道として、森を突っ切るようにして遠くまで伸びている。
「近くに人はいるってことか……とりあえず、道に沿って、歩いて行ってみるか」
そのとき、一人のクワを担いだお爺さんが道を通りがかった。
「お前さん、ここいらじゃ見ない顔じゃが、こんなところでどうしなすった?よく見ると、王都でも見かけんような、けったいな恰好しとるようじゃし、どうにも怪しい奴じゃのう?」
「あぁ?俺が怪しい奴だぁ?俺のビートはいつだってディストーションだぜぇ?」
「……痛たたたた……」
「…………」
「……ああ、お前さんのことじゃあないぞ。儂の腰が痛むんじゃよ」
「……まぁ、いいけどよ……」
「お前さんがどこから来たにせよ、こんなところにおってもしょうがないじゃろう?じきに日も暮れる。近くに儂の住んでおる村があるから、とりあえずそこまで来なせぇ」
ザックは言われるがままに、爺さんの後をついて歩いた。
たどり着いた所は現代世界の実りの村・ラクニバ。
行く当てもないザックは老人の家に住み着き、畑仕事を手伝うことになった。
ザックは老人からクワを手渡される。
「ほれ、儂の代わりじゃ。タッパはあるんじゃから、これくらい、楽にふるえるじゃろう?」
「くそっ!なんで俺がこんなことをしなきゃならねぇんだ!」
悪態を付きながらも、老人の言いつけには従う。
慣れない作業。クワを振り上げてはよろめき、振り下ろしては手が痺れてしまう。
「腰が入っておらんわ。こんなモウロクジジイに負けているようじゃ、大したことはないのう」
手の皮がズルズルと剥けて、クワを握りしめるたびにビリビリと痛みが走って仕方がない。
「くそっ!くそっ!くそっ!やってられっかよ!」
文句を垂れ流しながらも、必死に作業を続けた。
陽が傾き、その日の作業がようやく落ち着いた頃。
疲れ果てたザックは、大きな石にどっしりと腰かけたまま、座り込んでいた。
「ようやったの。ほれっ、ほうびじゃ」
お爺さんにトマトを一つ手渡される。
ザックは無言で真っ赤な果実にむしゃぶりついた。
「ほっ、ほっ、ほっ。うまかろう。もうひとつ、どうじゃ?」
「くだらねぇ。こんなもんで釣られると思うなよ」
その言葉とは裏腹に、再びトマトに夢中でむしゃぶりつく。
「食うために体を動かす。体を動かした後はうまい物を食べる。それだけじゃよ」
「俺に諭すんじゃぁねぇ。俺は、俺の好きにやらせてもらうぜ」
昼は農作業に出て、夜は疲れ果てて泥のように眠る。
なれない環境となれない仕事。それでも真面目に勤しむザック。
いつしか、溜まるストレスを酒場で発散するようになっていた。
「ういーー。もっと、酒持ってこいや!」
悪酔いしながら、くだを巻くザック。
「金も大して持ってないのに、まったくなんなんだろうね。爺さんの手前、よくしてやっているけど、本当ならば裸でほっぽり出してやりたいところだよ」
酒場の店主は、聞こえみよがしに文句を放り投げてくる。
「くそったれ!まずい酒しかねぇくせに、グダグダ言ってんじゃあねぇ!こちとら、好きでもねぇもんをわざわざ頼んでやってるんだ。感謝してほしいくらいだぜ!」
「のんべぇに出す酒なんか、そんなんで十分さ。あんた、今、何を飲んだところで美味く感じられないだろう?それは、酒のせいなんかじゃない。気持ちよく酔えないのは、自分自身の心のせいだろう?なにか別のことが、重くのしかかっているからさ」
「うるせぇ、うるせぇ、なんもわかってねぇくせに!誰も、俺の気持なんかわかってくれねぇんだ!」
「それに、あんた。また、畑の野菜を勝手にむしり取って食ったんだって?」
「はっ、こちとら汗水たらして働いてんだ!固ぇことぬかすな!」
「そんなことしてると、世話してくれてる爺さんからも見捨てられちまうよ?」
「こんなクソまずい酒ばかり飲んでいる連中には、俺の魂は理解できねぇさ」
「あんたの魂ってのはどこにあるんだい?どうしたいんだ?」
「決まってる!帰るんだよ!帰りさえすりゃ、俺のことを待ってる奴らが大勢いんだよ!俺は、大衆から求められてんだ!」
「私には、あんたの言葉が薄っぺらいものにしか感じられないんだけどねぇ。……あんたの目は綺麗なんだから、無理なんかしなきゃいいのさ。自分のやりたいこと……やるべきことを素直に見つめなおすことだね」
「くそっ!うるせぇ!知った口、聞いてんじゃねぇ!」
ザックは大声でわめきながらテーブルに突っ伏して、そのまま眠ってしまった。
その後の記憶はない。
ザックは泥酔したまま夜を明かし、気づいたときには次の日の昼間。太陽は空の高い所まで登っていた。
普段ならば同居しているお爺さんに早朝からたたき起こされているところだったが、その日は様子が違った。
村全体が騒然としていて、だれもザックのことを気に掛ける余裕はなかった。
「……なんだ?何かあったのか?」
ザックは二日酔いで重くなった頭を抱えながら、フラフラと村の中心部まで歩いていった。
村人たちが食糧庫を取り囲むように集まっている。
ザックが人の隙間を縫うようにすり抜け、集団の輪の中へと進んでいった。
「……これは……村の倉が……壊されている?」
大きな木製の倉が破壊され、中に保存してあった大量の食糧が荒らされて、そこら中にぶちまけられている。
ザックは状況を把握しようと、村人たちの会話に耳を傾けた。
《今年は、この辺りの気候が荒れていて、海の温度も上昇しているらしい》
《作物の生育状態が良くない。森の動物たちも食べ物を探すために村里へと降りてきているらしい》
《昨日、とうとう大きな魔物が襲来して、倉が襲われてしまったらしい》
「……俺が、のんきに眠っている間に……こんな、とんでもねぇことが起きていたのかよ……」
ザックの一人言。
同居人のお爺さんがその声を聞きつけて、ようやくザックが来ていたことに気が付いた。
「おお、ザック。来ていたか……すまないな、今、ちょっとばかし困った状況での、お前さんの相手をしてやれないでおった……」
お爺さんはザックを咎めない。
泥酔して、仕事をほっぽり出して、村が大変な時に眠りこけていたザックを責めることはなかった。
「なんだよ、それ……なんで、どならない?……マジでやばい状況だってのか?……それなのに、俺は、のうのうと……」
ザックは己の愚かさと無能さに辟易していた。
「おい!ジジィ!何が、あった?何を困ってんだ?」
「見てのとおりじゃ……村の倉が魔物に襲われて、保存しておった食糧が荒らされてしもうた」
「それだけじゃぁ、ねぇだろう?その必死さ。今、やらなきゃならないような……何か、困っていることがあるんだろう?」
「実は、今日、王都に納品するはずのブドウ酒がメチャクチャになってしまってな……」
見ると、倉の奥にはブドウ酒のタルが並べられており、ボトルが積まれていたであろう一角がある。今は、魔物に荒らされたせいで、メチャクチャに荒らされている。
「この酒……すげぇな。この村にもこんな酒があったのか?」
「ほとんどが王都へと送るようの酒じゃからな。村の中で飲む分ためのものではない」
「しかし、それらが荒らされてしまったってことは……」
「だから、途方に暮れているのじゃよ。無事な酒を寄り集めれば、今回送る分を確保することは可能じゃろうが、こうまで荒らされていると、質のいいものと悪いものをより分けるだけでも時間がかかってしまう。今日中には出発しなけりゃ、間に合わんというのに……」
ザックはお爺さんがしゃべり終わるまで、待っていられなかった。
スッと倉の奥へと進み、散らばったブドウ酒のボトルを掴み、ヒョイヒョイと手際よくより分けていく。
「そんなもん、質の良いものはこれとこれ。それに、これ。あとは、こっちのやつだな」
ビンの香りをかいで、より分けてゆく。
「ほう、お前、酒の良しあしが分かるのか?」
「さんざん、飲んだからなぁ。もっとも、大概は記憶が飛んじまって、覚えていないんだけどよ、なんだかんだ身についているもんなのかもしれねぇなぁ」
こうして、ザックのより分けたブドウ酒は、無事に王都へと送り届けられた。
この一件の後、ザックは農作業に対して、文句を言うことも無くなり、真剣に畑と向き合うようになっていた。
後日、お爺さんが村で王都の使者と対面した後、ザックを連れ立って、村の奥へと進んでゆく。
「あのとき、お前さんがより分けた酒があったじゃろう?王都では、いつもの酒よりも上等だったということで噂になっていてのう。もちろん、村のブドウの質はいつも通りだったはずなんじゃが、不思議なもんじゃのう?」
「ああ、それは、酒の質のわかる連中のところに良い酒が廻ったからじゃないか?逆に、町のごろつきみたいな奴らが上等な酒を飲んでも、いい酒かはわからねぇ。そういう奴らにはガブガブ呑めてガッツリ酔っぱらえる酒こそが丁度よかったりするんだろう」
「なるほど。お前さんの目利きがよかったんじゃのう。酒にはそれぞれ丁度いい場所があるってことじゃな」
「村の酒は元から上等だった。俺はほんの少し後押ししただけさ。まぁ、少しでも役に立てたなら、よかったよ」
「酒のボトル一瓶ごとに、一番活きる場所があるってことじゃな。そして、それは人も同じなのかもしれん」
そんな会話を交わしているうちに、二人は村の奥の拓けた場所へとたどり着いた。
そこには、見事なブドウ園が拡がっていた。
「こんな場所があったのかよ?」
「まぁ、村の奥の奥じゃからなぁ。儂の秘蔵の畑じゃ。どうじゃ?お前さん、ここを見てみんか?儂も齢じゃし、ここまで歩いてくるのもしんどくてのう。
お前、わしの手伝いをせんか?魔物の襲撃以来、脚がうまく動かなくなってしまってのう。お前さんなら、儂よりもうまいブドウが作れるかもしれん」
「俺がこの畑を?本当にいいのかよ?」
ザックはこの提案に、素直に驚いていた。
「酒にするブドウはそのまま食べても美味くはないからのぅ。お前さんが途中でつまみ食いする心配もないじゃろうて」
お爺さんは照れ隠しのように、そんな冗談も言ってのける。
「いや、食っても良さはわかると思うぜ。うめぇ葡萄酒の元みてぇな香りはガンガンしてくるからな」
「はっはっはっ!やっぱり、思った通りじゃな。ここは、お前さんが活きる場所。儂の目に狂いはなさそうじゃな」
こうして、ザックは自らのブドウ園を持ち、日々励んでゆくことになる。
~現在のラクニバ村~
長い回想話を終えたザック。
「なるほど、そんなことがあったんだな……」
「人に歴史あり、でござる」
アルドとサイラスが、それぞれ感慨深そうにつぶやいた。
「まぁ、そのあとは畑に通い詰めて同じことの繰り返し。でも、充実はしている」
「ここでの暮らしは上手くいっているようだな。でも、さっきも尋ねた話ではあるんだけどさ……未来に戻る気はないのか?」
「もちろん、正直なところ……そのことを考えない日は無い。しかし、もう少し考える時間がほしい。今は、そんな感じだな」
「まぁ、結論を急ぐこともないと思うけどさ……」
「……そうだな……いずれ、なんとかするさ……」
空を仰ぐザック。
緑の葉の間から見える空は澄み渡っていて晴れやかだった。
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