第19話、『古い制度はダメ』と言ってる奴は当然、古きモノを識る努力をしたのだろう?

◆◇◆

 べネスト砦。両脇に巨大な滝があり、通るには砦から掛かる橋を渡る他ないという特徴を持つ。

 その特徴から戦時中は難攻不落の要塞として知られていた、それが彼女の目の前にある砦の情報である。


「(……さて、どう突破したモノか)」


 六月一日。クリスティアは窮地に立たされていた。

 べネスト砦。普段は解放されているその場所はその日に限って検問が引かれていた。


「(通信用の魔道具かで騎士を潰したことが知られてる、と見るべきか。それとも杞憂か……)」


 実際に向かい、情報を集めようとするのは愚策である。仮にクリスティアを探しているならば即座に捕縛されるだろう。

 流石に二十以上の騎士を相手し逃げきる自身はクリスティアには無かった。


「(……だけど、アレを使えば行ける)」


 だが、クリスティアには秘技がある。それを発動すれば間違いなく砦の突破は可能だろう。

 ゆえに。


「……やるか」


 行動を開始した。



◆◇◆

 砦、橋の上にて。


「止まれ」


 兵士らは砦の橋を渡ろうとする者へ命令を飛ばした。渡ろうとする者は見たところ十代半ばほどの少女である。

 しかし彼らは警戒を最大限にまで高めている。


「情報と合致している、警戒しろよ」

「わーってるって、よゆーのよっちゃん永遠の軌跡を求めてⅡだぜ」

「最新作発売したのか?」

「ああ、すげーえろかった」


 彼らが警戒を高める理由。それは彼らが検問を張る理由は、彼女なのだ。


「……検問だ、名前、と……」

「こんにちは兵士さん、私はクリスティア。クリスティア・アルトマーレと申します」


 笑顔で近付き、可愛らしい声で寄る少女。名をクリスティア、クリストフの養子である。


「コイツだ! 捕まえ、ろ……」


 兵士は声を上げた――――刹那に。


「ひとり」


 重心移動による縮地、運動エネルギーを一切殺さず足の関節をバネとする。

 放たれる発勁は兵士の顎を伝い脳を揺さぶる。


「なっ!?」

「ふたり」


 十代の少女に、一瞬で意識を刈り取られた兵士。その光景に呆気を取られるのは仕方のないことだろう――――ゆえ、その虚を突かれるのは必然であった。


「(流石に行動が早いな)」


 二人を潰したところで自分が囲まれていることに気付く。

 四方八方に砦の兵士が現れ、クリスティアを囲まれている。絶体絶命、というものだ。ゆえに。


「(アレを呼び出すのは久しぶりだな)」


 兵士たちがじりじりと警戒しながら近寄る。あと数秒もしない内に飛びかかるだろう。


「今だ、一斉に掛かれ!!」

「うおおおおおおお!!」

「一斉に一戦を開始する」


 予定調和。清廉なる導き手の呼び声が響く。


【エル ノ 十八番 二 接続アクセス


 脳裏に響くは無機質な声色。今、この瞬間だけは世界が停止する。何者だろうと彼女の思考を止めるに能わず。


【――――】

 【――――】

  【――――】


 完成する祝詞。さあ絢爛たる輝きに、あらゆる生命は畏敬しろ。これこそが英雄の輝き、これこそが人を英雄たらしめる御業。

 固有魔法:顕現型。


「【魔装顕現】」


【親和性42% 魔装顕現 ニハ 親和性60% ガ 必要 デス】


「…………え?」


 クリスティアの顔面へ騎士の拳が飛んできた。

★★☆

 実家に帰ってきたクリスティア。彼女は意識が朦朧としているのを感じた。


「ったく、手古摺らせやがって……」

「なあ、この子って最悪生きてたら何しても良いんだよな?」

「ん? ああ、そうらしいな」


 兵士らは顔を合わせ、下卑た笑みを浮かべる。

 そして――――ノコギリを取り出した。


「ひっ」


 クリスティアは身を縮こませ、にじりと後退る。

 だが悲しいかな、背にあるのは石壁。彼女の逃げ道はなくなった。


「やだ、やだ……やだぁ゛!! ぃ゛ゃ゛ぁっ!」

「うるせえぞッ! 静かにしろッ!! 岩に染み入る蝉の声ッ!!」


 めりっ♡


「ひゅっ」


 標準装備腹パンが叩き込まれ、クリスティアは息を苦しそうに吐く。可愛い。


「っー……ぁっ、ッ、……っ、っ……」


 息を吐きだし、必死に息を取り込もうとするも上手くいかず。

 酷く切ない息遣いが牢に響くだけだった。


「おっ、これ使えんじゃね?」

「お前それww 木ぃ挟む奴じゃねえかww」


 兵士らは何処からか挟む道具クランプを取り出して、クリスティアの左腕へと近付ける。

 当然、抵抗もするがクリスティアの体力では殴られるのが関の山。


 バンッ♡ バンッ♡ めりっ゛♡ ごりっ♡


「ひぎぃ……っ、いやぁ゛、ごめ゛んっ、ぁ゛ざい゛ぃっ! 謝り゛まず、や、やだっ、いやぁ゛……っ、」

「おらっ、おらっ、腹パン百裂拳っ」


 足で強引にクリスティアの左腕を固定し、余った腕でクリスティアの顔面を殴り続ける。腹パンとは。


「じゃ、くるくるしちゃうね~♡ くるくるしてんじゃねぇよ殺すぞ!!」


 どっちだ。


「ネジ回すの逆だからってキレんなよww ……あ、やべ、失神してるわww」

「ウケるww まあ、泣き喚く ことも無くなり ホトトギス」

「あー、バランス的に右足とかよくね? 二つとも小便ドレッシングにミキサー掛けて飲ませようやww」


 クリスティアは鼻血を出して気絶していた。

 そして身体欠損性愛アクロトモフィリアの二人は遊ぶ、色々と……


「……何を、している」

「クリスティアさん……」


 そんな彼女に救い? が訪れたのは三十分後のことだった。

◆◇◆

「ん、ゅ……」


 クリスティアは意識を取り戻した。


「(こ、こは……)」


 初めに彼女は、ここが牢屋ではないことに気が付いた。

 嗅覚、聴覚、触覚がそれを訴えたゆえだ。


 鼻に薫は医務室独特の香り、

 聴覚は耳鳴りがないことを知らせ、

 触角は布の優しさが伝わった。


「目が、覚めた……か」

「……っ」


「…………」


 声が、聞こえた。

 クリスティアは首を微かに動かし、声の主を視界に入れる。


「ルバート、さん。マリン、さん」


 ナニータの現領主、ルバート。

 ミハルの里、里長、マリン。

 ルバートは悲痛に顔を歪めて、マリンは顔を歪めて顔を逸らした。


「クリスティアちゃん、落ち着いて聞いてほしい」

「……? はい、なんでしょう」


 ルバートが口を開く。声は悲痛と苦しさを感じさせた。


「君の、状態だが……っ、左手と、右脚が……切断、されている」

「………………」

「四肢欠損を治癒できる人は、君を除いていない……聖女様も先月、亡くなったそうだ」


 ――――つまり、クリスティアの手と足は治癒できない。ということだ。

 なら別の人に頼ればよいのではないか、という話になるがそれも否。


「騎士の身に戻って分かったのだが、昨今の世では『宗教なんかもう古い』という声が高まっているらしい……もし、このまま行けば」

「………………」


 クリスティアは、自分の左手を挙げてみた。

 腕はあった、だが手首から先は――――


「………………」

「……クリスティア、さん」


 右足を動かそうとするも、残っているのは太腿のみであり動かない。膝から先が残ってないのだ。


「………………」


 クリスティアは、包帯塗れの左腕で顔を隠す。


「………………少し、だけ」


 彼女は声を頑張って……本当に頑張って、絞り出す。とても、とても小さな声だった。


「…………少し、だけ……一人に、なれる場所を、ください」


 泣きそうなのを悟られないように健気に声を装っているのが分かる。分かってしまう。


「……この場所を、使うといい。マリン嬢、出よう」

「……っ、…………は、い」


 どうしてマリンがここにいるのか。

 どうしてルバートがここにいるのか。

 そのことに意識を向けられるほどの心は、今のクリスティアには残ってなかった。


◆◆◆


「………………」


 医務室に一人、クリスティアは天井を眺めていた。

 天井のシミは、歴史を感じさせる。


「………………………」


 医務室に一人、クリスティアは枕元側のタンスに簡装機があるのに気が付いた。

 少しだけ手を伸ばす。


「……………………ぁっ」


 ベットから落ちる。膝から先が無い右の太腿が視界に入る。

 彼女は瞳の奥から、熱いものが出てこようとするのを感じた。


「………………れんしゅう、すれば、だいじょぶ……だいじょぶ、だい、じょぶ……」


 ベットの淵に手を掛けて、よじ登ろうとする。

 太腿を上げて登ろうとしているが、全く上手くいかなかった。


 『だいじょぶ、だいじょぶ』と呟く彼女は、酷く弱り切っていた。

 その姿はあまりにも憐れで、あまりにも可哀想すぎた。


「……………………ぁ、っ」


 ベットの淵に引っ掛けていた左腕が外れ、再び床に投げ出される。

 こてん、という擬音が聞こえてきそうな転びようは、見ているだけで同情を禁じ得ない。


「…………ぅ、ぅっ……ぁぁ、ぅ、ぅぁ、ぁ、っ……」


 医務室に一人ぼっち、クリスティアは頬に雫が流す。

 ポロポロと出る涙は、止まってくれなかった。不憫すぎる彼女に、涙を止めよと言えるものは……いなかった。


「もう、やだ……やだ、よ……なんで、わたし、ばっかり……っ」


 彼女はこの旅で一度も涙を流していなかった。

 涙を堪えて、立ちあがってきた。


「っ、っ……ぅ、ぅぁ、っぁ。ぅ、ぁぁぁ。

 ぁ、ぁぁっぁああ、ぁっ、ぅっ」


 決壊する一線――――彼女は泣きだした。


「あああああああああああああああっぁっぁぁぁぁぁぁぁ!! うぁぁぁああああああああっぁぁぁああああっ!!

 ぁあああぁぁあああああああぁ、ぁあぐっ、えぐっ、ゃ、ぁあああぁぁぁーーーーーー!!」


 可哀想で、悲しくて、胸が苦しくなる……切ない泣き声。幼女のように泣きじゃくる様を諫めることなど、誰が出来るだろうか。


「もうやだぁ……もうやらぁ…っ、いつも、なんで、わたし、だけっ、こんな、めにあう゛の?

 かみざまのいじわ゛う゛!! だがらモ゛テな゛ぃ゛ん゛だよ゛! ばか! ばかばかばかばか!! …………もう、いや、だ……こんなの、もう、やだぁ……」


 嘆きは酷く稚拙なもの。彼女も自分が何を言ってるのか気付いていない。


「英雄英雄英雄英雄ッ! 英雄なんてどうだっていいのにッ!! 私は英雄とやらになるために戦ってなんかいないのに……どうして……

 英雄の栄光なんて知らない……

 英雄になっても常識的に考えれば死ぬ戦場に送られるだけじゃん……

 兵士10人で魔族千人殺せってどういう意味なの……?

 10人中9人が戦闘訓練もしたことない貴族の子供ってどういう意味……?

 というか護衛の騎士見たことあると思ったらこの前新聞のインタビューとかで『英雄の功績は半分ぐらい自分のおかげ』とか言ってた人じゃん……

 実質私一人じゃん……というかむしろマイナス10じゃん……

 分かんない分かんない何にも分かりたくないよぅ……もう、やだよ……」


 本当に最悪な思い出しかない栄光(笑)

 溢れ出る酷い過去たち。本当に理不尽な環境で過ごした英雄(笑)時代に涙する。


 ただ、もう何もかもが嫌だと泣きだして、

 それでも狂ってしまいそうな気持ちが全然晴れなくて、


「ぇぐっ、ぁぅっ、ぁ、ぁぁぁ……!

 ぁっけほっ、げほっ…っッ、っぁ、ぁーぁぁっぁぁああ゛あ゛あ゛っ!!!!  ――――――――――――――――!

 ゃ、ぁぁぁあ! もうやらぁ゛! ぃぁ゛ら゛! いだぃのは…ぃゃ゛ぁ……ぃゃな、の…………保育園おちた、神さま死ね……」


 ――――泣いた。神様死ねと叫びたい気持ちしかない。

 泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いた。


 全然気持ちが晴れない。ぐちゃぐちゃの心は全然晴れてくれない。だが泣いた。

 そして、眠った。




「……そろそろ、でしょうか」


 数時間後、マリンはクリスティアの泣き声が終わったの知り医務室の扉を開けようとした――――しかし。


「……開けるな」

「ルバートさん?」


 マリンの肩が掴まれる。強く、強く。

 マリンは少しだけ顔を歪めるが、ルバートの顔を見て怒りを収める。


「女の涙と男の涙は、意味が違う。だから開けるな」


 ――――酷く、怒気の籠った瞳だった。

 それは殺意とすら思えるほどの熱量。マリンはその瞳に圧倒され、呼吸を忘れた。

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