第18話、当たり前のことってのはそれだけ重要で大切って意味でもある。

 俺は救世の英雄、クリストフ・アルトマーレ。


 幼馴染で同部隊のアーノルドと魔王殺しに行って

 黒ずくめ(イメージ)の魔王の怪しげな心臓を目撃した。


 寝るのに夢中になっていた俺は、心臓に近付いてくるアーノルドに気付けなかった。俺はアーノルドの魔法を使用され、目が覚めたら・・・・


 身体が美少女になっていた!

 クリストフが生きていると奴らにバレたら

 また命を狙われ、周りの人間にも危害が及ぶ。


 ハゲの博士の助言で正体を隠すことにした俺は、名前を聞かれて、とっさにクリスと名乗り、アーノルドの情報を掴むために、歩いて旅をすることにした。


 たった一つの正義貫く見た目は美少女、心はボロボロ。

 その名は、魔法少女セイヴァー☆クリス♪


「――――で、どうでしょうか」

「うん、うち新聞社なんだわ」


◆◇◆

 五月三十日。エンリール社。

 イアル・ドレッドは編集長に新聞の記事を見せに行っていた。


「決め台詞は『月を呼び出しお仕置きよ』です」

「ツインテールしてそうだな」


 編集長は静かに目を閉じた。


「それで未来からきた金色のちんちんザウルスが進撃のヴァルキュリアでビタミンBを尻に突っ込んだ」

「せめて俺の分かる言語を使え」


 イアル・ドレッドは疲れていた。瞳には狂気が宿っていた。

 ――――単純に怖い。


「……」

「……」


 イアルと編集長の目と目が合う。ちょっとキモイ。

 編集長はコーヒーを錬成し、休憩室へイアルを連れて行った。


「にしても、救世の英雄ねぇ……今、どんな情報が集まってんだ?」

「色々ですね。戦時中は謙虚で礼儀正しい男性だ、と婦人方を騒がせてたみたいですが……で、今のところは……」


 イアルが手帳を開き、メモを読み上げる。


「十四歳の養女がいる」

「ふむふむ」


 イアルは手帳を仕舞った。


「終わり!?」

「はい」


 手掛かり:十四歳の養女。

 刑事ドラマの開始五分のような状況に困惑する編集長を他所にイアルは追加情報を入れる。


「名前はクリスティア・アルトマーレ。情報ではとても可愛らしいお嬢さんだそうですよ。それでは私は有給ですので、おやすみなさZzzz……」

「有給の取り方が斬新」


 寝始めたイアル。

 彼の漫画、魔法少女セイヴァー☆クリスが人気になるのはまた別の話。

◆◇◆

 クリストフ・アルトマーレ。彼の長い人類史において〝最も誠実な英雄〟として知られていた。


 彼の逸話の一つで有名なモノを紹介しよう。


 それは彼の戦闘の後の話だ。彼の部隊は魔族の襲撃を受けていた村に滞在し、一夜を過ごしていた。


 ――次の任務は……、どうかしたかな、お嬢さん

 ――あの、これ


 まだ幼く、十にもならないであろう少女は彼に花を渡した。

 少女は泥などで酷く汚れていたが、花だけは綺麗だった。


 ――これは……?

 ――お、お礼、です。守ってもらえて、それで……


 少女は服がボロボロで、ろくなお金も無かったのだろう。

 実際、この少女はこの村では、亜人奴隷として扱われていた。そんな彼女が花を用意するということが、どれだけ大変かは言うまでもない。


 ――や、っぱり……汚い、ですよね、ごめんな、さい

 ――いいや、そんなことないよ。


 クリスはポケットからハンカチを取り出すと、少女の頬を優しく拭う。


 ――とても嬉しい。ありがとう


 純粋に告げる言葉は誠実そのものであり、シンプルな言葉ゆえに真っ直ぐと気持ちが伝わる。


 ――ぇ、ぁ……ぁぅぅ。

 ――……?


 少女は頬を赤らめ嗚咽を漏らす。英雄は気付かない。


 ――あの、なん、で……私なんかに、お礼を


 英雄は少女が奴隷だと知っていた。花を捨てて嘲笑おうが非難されないことを知っていた。故に何故、と問いかける。


 ――奴隷なんかに、お礼したら、貴方の栄光?に、泥とか……

 ――……ふむ。


 英雄は少女の言葉に知識を照らし合わせる。

 彼女の考え方は所謂、カースト制度に囚われた典型的なパターンなのだろう。その考え方も特に珍しいものではない。


 奴隷は奴隷として地べたを這いずり、貴族は貴族として天上にてワインを嗜む。

 その考えとてクリスも知らないわけではない。だが、ゆえにこそ彼は礼を述べたのだ。


 ――英雄の称号など、汚しておけば良いのだよ。

 ――……?


 これは彼が、クリストフ・アルトマーレが謙虚とされる由縁。否、これは謙虚などでは無いのだろう。


 ――英雄の肩書など、君が花を渡してくれた勇気に比べれば週二で回収される燃えるゴミのようなものだよ。


 彼は心底己の称号を嫌っていた、己をどうでもよいとすら思っている。徹底して他者の光を奉じているのだ。


 ――お嬢さん、今日はもう遅いから眠りなさい。

 ――……です。

 ――?

 ――マリン、です。


 ――また隊長が女攻略してる。

 ――顔が良いことに加えてあの天然だからなぁ……

 ――隊長でしこるか。


◆◇◆

 五月二十九日。深夜。

 クリスティアは冒険者Aと村の宿屋で休んでいた。

 クリスティアは同室で構わないと言ったが、冒険者Aの配慮で個室二つで分かれていた。


「(……うん、準備は終わった)」


 クリスティアは服を整えて、部屋を出た。

 通気性の良い上着、旅用のブーツ、短パンニーソ。

 ――――コイツ、一人で旅に出る気である。


「(オジ様を巻き込みたくはないです……)」


 クリスティアは一人旅の理由を簡潔に思う。クリスティアは現在、あることに巻き込まれている。

 表面上は分からないが、間違いなく事態は悪い方へと向かっている。そう確信に近い予想をしていた。


「(コーネリア王女の性格からして、絶対に何かが送り込まれる……)」


 コーネリア・フォン・サージェント。存在自体は弩級の悪意を凝縮したような女性。この世全ては己を中心に回っていると傲岸不遜なまでに公言する王女である。


 これだけならば世の中を知らないお嬢様だと笑い飛ばせるのだが……コーネリアにはそれが出来ない要素があった。


「(彼女は見紛うことなき天才……魔法、知略、武術、計算、あらゆる分野で確実に爪痕を残す五千年に一人の逸材……私なんかとは比べ物ならない本物だ)」


 彼女の頭脳があれば、自らに向かっているヘイトを英雄へと向かわせることすら可能。常人では不可能なレベルの超速演算、それがクリスティアの警戒する理由だ。


「(英雄の養子なんて、彼女からしたら丁度良い素材でしょう……その過程でオジ様が死ぬルートが何通りあるか……)」


 ――――被害は少ない方が良い。言ってしまえばそれだけの話だ。

 クリスティアはコーネリアの【目的】に関する情報が無い。ゆえに可能な限り逃げるという選択しか取れないでいたのだ。


「(…………やはり、ですか)」


 村を出て、しばらく進んだところに騎士が数名ほど配置されていた。

 気配を殺し、こちらへの襲撃の期を伺っていた。


「(狙いは殺害か、誘拐か……どちらにしてもこの場を突破するしかないようですね)」


 指輪から、剣を取り出す。

 剣はミハルの里にて造られた物であり、クリスティアにも扱えるほどの重さの逸品である。


【刀/形状:脇差】

・重量軽減

・耐久上昇


「(……さて、どこまで抵抗できるか)」


 剣を取り出し、警戒が強まるのを感じる。

 一歩、また一歩とクリスティアは歩を進める。


「(……一、二、四、七。ふむ、七人ですか。

  前方十一時に三名、後方に四名)」


 歩みは先ほどと何も変わらず、けれども瞳に宿る感情だけは全くの別物だった。


「次の、次の、次の次の次の……いったいどれだけの次を重ねれば戦いは終わるのやら」


 自嘲気味に呟く声は諦観に満ちていた……次の瞬間。


「え……?」

「――――ひとり」


 重心移動による縮地。同時に生まれる運動エネルギーを一切殺さず袈裟斬りへと移動。

 それは何も特別な技術ではない、当たり前の動きである。しかし騎士はその動きを全く認識できなかった。


「っ!?」


 一人目を斬り捨てると同時に地へ屈み足払い。騎士は体勢を崩し、隣の騎士へともたれ掛かる――――刹那に。


「――――ふたり」

「ぎっ!?」


 騎士の太腿へと刺突。即座に引き抜き、剣に付いた血を払う動作と同時に三人目へ目潰し。

 そして放たれる逆袈裟は間違いなく武の極みに達していた。


「――――さんにん」


 クリスティアは騎士を三名、数秒もしない内に斬り捨てた。間違いなくステータスでは上位の騎士らを僅か数秒で斬り捨てた技術は全て、当たり前の技である。


 剣を振り、重心移動を行い、隙を見逃さない。言ってしまえばそれだけなのだ。


 ――――だが、だからこそクリスティアは純粋に強い・・・・・

 攻撃と移動の瞬間に生まれるであろう隙。だが彼女の動作には徹底して皆無。



「(次は後方)」


 当たり前を繰り返し、繰り返し、繰り返しては繰り返す。人の極致とも言える剣技は正真、熟練度の怪物。

 その結果生まれたのが無拍子の剣戟だ。何者だろうと反応できない、何者だろうと無為に終わる。ゆえ彼女の剣撃に騎士は当たり前に倒される。


「いい加減、殴られるのには飽きてきたところです」


 その強さは圧倒的で正に英雄と呼ぶに相応しい力だった。

 ポケ〇ンで例えるとオ〇チLv300である。


「(……ふむ)」


 当たり前の究極、ゆえに純粋な強さを放つ彼女は剣を仕舞う。

 その動作は以前とは全くの別人と言っていいほどだった。


「(彼女に、触れた影響でしょうか……)」


 クリスティア自身も己の変化に驚いていた。

 彼女は身体が女になった影響で、精神も引きずられていたのだ。

 ならばこの変化はなんだろうか? と考えた上でクリスティアが思い付いたのは夢である。


 クリスティアの固有魔法に内包された数千の魂、それを触れたことに彼女に影響があったのだろう。


「(……行くか)」


 歩を進ませたクリスティア。彼女の口調は少しだけ硬くなっていた。

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