第15話、常識をしっかり深掘りすると案外面白いことに気付く。
◆◇◆
五月二十日。辺境の街ナニータにて。
「いや~相変わらずクリスティアちゃんの祝福は凄いな~。この後、オッサン(28歳)と食事でもどうかな?」
「はい、どこに行きますか?」
「(驚´・ω・`) エッ」
二日前からクリスティアによる祝福祭りが始まっていた。
本当に気紛れ程度のものである。彼女がここに留まる理由も旅立つ理由も存在しない。
「(明日辺りに旅を再開しますか)」
「クリスティアっ♪ 今なにしてるし?」
「ニーナさん、少し考え事をしていただけですよ」
クリスティアは自らに声を掛けてきた少女へ目を向ける。
少女の名はニーナ。このギルドの職員であり、クリスティアの自称友人である。
「ねーねー、クリスティア~アンタさ、ルバート様に家貰ったってマ?」
「……? 家は貰っていませんよ(お借りしているだけですが……)」
「家〝は〟ねぇ~」
ニーナはクリスティアの持つ指輪をチラリと見る。それはクリスティアがマリンから受け取った品(指輪型アイテムボックス)であり、現在はクリスティアの左手薬指に嵌められていた。
「ねえ、クリスティアって既婚者~?」
「いいえ、結婚はしていませんよ。まだ」
クリスティアとて左手薬指に指輪をはめる意味が分からないわけではない。
だが、それは対策なのだ。クリスティアは今まで、男性関連で大体酷い目に遭っている。
ゆえにその対策としてアドバイスされたのがこれだ。
「(アンナさんの〝既婚者アピール作戦〟ですが、顔見知りには嘘はつきたくありませんからね……)」
発案:ギルド職員アンナ
作戦名:既婚者アピール作戦
効果:少なくとも処〇厨は諦める。
「ふーん、まだ、かあ」
「はい。まだ、です(結婚相手を探す旅をしていますが……今はまだ考えられないですよ、流石に……)」
クリスティアは男関連で大体酷い目に遭っている。ゆえにこの判断は必然だった。
「じゃあね。ちょっといい話聞けたわ~♡」
「……? ならよかったです」
クリスティアはその日の作業を終えると昼食をいつもは行かないお店で摂った。
その後、手紙を認めて祝福を行い、必要最低限の挨拶を行った。
「防犯グッズはいらんかね~はぁ……売れねーなぁ……今の時代じゃなぁ」
「…………すみません、これはいくらですか」
◆◇◆
翌日。クリスティアは旅の準備を終えて街を出ようとした。が、早朝にクリスティアの借りている家を訪ねた人がいた。
「はい、どちらさまでしょうか」
クリスティアは扉を開ける。すると険しい顔をした女が三人いた。
耳にピアス、頬にタトゥーなどを付けている少女ら。その中にクリスティアが見覚えある人物が一人いた。
「? ニーナさん?」
「ねえ、アンタさ。いい加減止めてくれない?」
ニーナから出される声は酷く冷たいものだった。その言葉に一瞬、クリスティアは呆気を取るもすぐに気を取り直す。
「止める、とは何のことでしょうか」
「自分の胸に手を当ててごらんなさいよ」
クリスティアは自分の胸に手を当てる。僅かな膨らみを感じる、だがそれだけである。
「申し訳ございません、特に心当たりがありません」
パシィンッ。頬を引っ叩かれる。予想はしていたが、ここで避ければ面倒であるとクリスティア自身の経験が言っているゆえそのまま受ける。
「ルバート様、迷惑がってたの、分かんない?」
「ルバート様、もう嫌だ、と言っていたわよ」「本当にこの子、常識ってものが無いのかしら?」
彼女らは次々とクリスティアへ罵倒を浴びせる。
次に彼女らが取った行動は、あまりにも常識外れなモノだった。
「ちょ、やめてください……っ」
取り巻きの少女がクリスティアの肩を掴み、逃げられないようにする。クリスティアが旅で手に入れた筋力では倒すとまでは行かなくとも抵抗は出来た……が。
「包帯なんか巻いてルバート様の気を引いて……わざとらしいのよねえ?」
「ほんとよね」「ニーナ、やっちゃいなさいよ」
ニーナの手にある、ハサミを目にして抵抗をする気は削がれた。
彼女は過去、腹部にナイフを刺された経験から刃物を向けられると恐怖するようになっていたのだ。
「ゃ、やだ……よ。もう、いや……」
「はーい、お洋服とはバイバイしちゃおうね~」
「うはは。ニーナの家は床屋でしょww」「ニーナ、ひっどーいw」
チョキチョキチョキ。ニーナはクリスティアの服を切り裂いて、腹部を露出させた。
腹部には清潔な包帯が巻かれている……
「こんな、もので! 気ィ、引こうとしてんじゃないわよこの売女!!」
「ぐ……っっ」
「ちょ、ニーナ……皮膚、傷付けちゃ不味いって」「い、いっかい落ち着いて。これでこいつも分かったっしょ」
包帯をハサミを切り裂くと同時。クリスティアの腹部に大きな切り傷が出来てしまった。
だが同時に、クリスティアの未だ治っていない患部が露わになる。
「なにこれ……シール?」
クリスティアの患部に貼られているもの、それはシール型の魔道具である。
完全止血、自動治癒の効果が付与されている魔道具。それを使用することにより、傷跡がきれいさっぱり消えるのだ。
当然、糸で塗った方が完治は早い。だがクリスティアの事情を鑑みてマリンが気を利かせたのだろう。
「これ、あれでしょ? 治療用とか言っておいて傷が無いのを見られたくないだけなんでしょ、バレないと思った?」
「ち、が……っ」
「どーれ~っ」
ぺりぺりぺ――――ぴゅっ(血が飛び散り、ニーナの頬に掛かる音)
「……え?」
傷口が開く、あと一週間程度で治っていたであろう傷が、血が飛ぶと同時に開き始める。
「がっ……! ぁ、ぁぐぅ……っ、ゃ、ゃだ、ぁ……もう、いたいの、やだよ、ぅ……っ」
「……っちが! ちがうもん!! わたし、しらない、しらない!」
「わ、わたし、なんもやってないかんね!」「い、いこっ!」
ニーナを含めた三人は怖くなって逃げるように去っていった……クリスティアは、周囲を血塗れにしながらも、震える手で魔道具を貼りなおす。
「ぁぁっ……も、すこし……あと、すこ…し…ひぅっ、」
なんとか、本当になんとか貼り直し、同時にその場に倒れた。
血が飛び散り、貧血状態に陥ったのだろう。加え、死を回避したため疲労を一気に自覚し、倒れたのだ。
「(…………もう、ここを出ましょう)」
早朝、朝日に包まれながら彼女は決意した。
その後、ニーナはというと……
「あの女が悪い、あの女が悪い……私は悪くない、悪くない……だっておかしいじゃない。あんな傷、普通ならすぐ祝福で自分の傷ぐらい治すじゃん、治さないあいつが悪いんだ……絶対そうだ」
「…………ニーナ、仕事中に何を言ってるの」
「アンナ、パイセン……?」
「何の話か、初めから聞いていなかったから分からないけど……祝福で自分の傷を治すってアンタ……一般常識だよ? 祝福は自分の・・・・・・傷を治せない・・・・・・ってことぐらい」
「……えっ」
初めて、自分が常識さえ知らないと自覚した。
◆◇◆
「英雄クリストフ殿の情報を探している! 情報提供者に相応の待遇を――」
「知らないでござんす」「でゅふふ、知らないでござりちょふ」「君、よく見たら可愛い顔してるね♂」
五月二十五日、昼過ぎのことであった。
「相棒、ありゃなんだ?」
「お国の騎士様やろ。大戦の英雄を探してるんだとよ」
「大戦の英雄……クリストフ・アルトマーレのことか」
現在、辺境の街ナニータでは一つの騒ぎのようなモノが起こっていた。
広場の中心にて煌びやかな甲冑を纏った騎士が声高々に演説をしていた。
曰く、英雄クリストフを探している。
曰く、これは王命である。
曰く、お前らが我ら貴族に貢献できるのだから喜べ。
「戦争終わったってのに大変だなぁ……アーノルドの被害者とその関係者がガチギレしてるんだろ……?」
「ああ……戦争一歩手前までいったらしいぜ……アーノルドの元嫁の中に隣国の王女もいたらしいからなぁ……」
冒険者はコソコソと話を始める。それはこの国でつい最近あったことである。
五月十七日。その日に人類アーノルドの催眠術から解放された。
その結果、起こったのが各地での阿鼻叫喚。アーノルドに妻を奪われたもの、アーノルドに孕まされたもの、アーノルドに新生児を奪われたもの。
総じてアーノルドの被害が、一気に明るみに出たのだ。
「この辺は影響少ないが、王都ではやべー騒ぎになってるらしい」
「王侯貴族のほとんどが被害に遭ってるらしいからなぁ」
冒険者はチラリと騎士へ目を向ける。クリストフクリストフと言っている男の眼には酷い隈が宿っていた。
「クリストフ様の情報があれば、すぐに言えよ! 分かったな」
「「「えー」」」
「えーじゃねえ! ってか馴れ馴れしい!!」
冒険者の一人が手を上げた。その辺の椅子にだらしなく座っている。
「そういや騎士さん、今、何日目の徹夜?」
「現在四徹を迎えている……じゃなくて!!」
冒険者はポーションを手渡した。冒険者らはサムズアップをした。
「ほれ、エナジーポーションやるよ」
「え、ありがとう……嬉しい、じゃなくて!!」
冒険者はビールを手渡した。馴れ馴れしく肩を組んでくる。
「酒代奢ってやるよ、まあ飲め」
「え、何だこの街優しっ。…………じゃなくて!! 僕、仕事中!! 酒だめなの!!」
「「「えー」」」
「えーじゃないわ!!」
騎士はまだ若いのだろう。見たところ十代後半程度であった。ゆえに弄られる。
「……なんか、ほのぼのするな」「ああ」
辺境の街ナニータ。割と平和であった。
一通りほのぼのした彼らは話題を変える。
「ってかクリストフ・アルトマーレだっけ? 名前がクリスティアちゃんに激似だけど、なんか関係あんのかねえ?」
「知らね。ってかクリストフって今年28だろ? 14歳のクリスティアとどんな関係だよ」
それは数日前にこの街から去った少女の話題である。
クリスティア・アルトマーレ。英雄と酷似した名を持つ少女。
――――彼女と英雄は何らかの関係があるのではないか? という酒の肴程度の話題である。
「そうだよなぁ……夫婦でも歳の差が大きすぎる。子供にしても十四歳に妊娠したことになるし……あるとすれば、兄妹、か?」
「英雄に妹いるなんて話、聞いたことねーぞ。ってかクリストフって元は孤児じゃなかったか?」
けれど所詮は酒の肴である。言葉に信憑性はなく、本当に〝面白そうだから〟という程度の気分で繰り広げられていた。
「おい猿、今のを聞かせろ」
「……え?」
冒険者が黒焦げにされた。
「ぎゃああああああああああああああああああああ!!」「ジャックーーーーーーー!!」「ジャックが死んだ!!」「ジャック、いいやつだったのにッッ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます