女体化した英雄の受難 クリス『あの、え…? ちょっ、まっ、ひぎぃっ! がぁ゛ッ、も゛、殴らぇ゛ゅの゛っ、やだよぉ…っ』
第12話、怪我した時、世界中探した上で誰も頼れる奴がいないと痛みが認識できなくなる。
第12話、怪我した時、世界中探した上で誰も頼れる奴がいないと痛みが認識できなくなる。
前書きーーーーーーーーーーーーーー
何が言いたいかっていうとクリスティアは、心の底では誰も信用してないってこと。
本文ーーーーーーーーーーーーーー
◆◇◆
――――五月一日。
クリスティアが眠り始めて三日が経った。頃である。
「(ん……こ、こ…は……)」
朧げにクリスティアは意識を取り戻す。
「(……いい、かおり……き、かな)」
次に感じたのは木の香り。それはクリスティアが里滞在から二日目に感じた匂いだ。
「(ふわふわで、やわやわで、すっきりしたにおい……)」
次に感じたのは柔らかいもの。手で触れてそのぬくもりを感じ取る。
同時に感じる女の子の匂いがクリスティアを包み込む。
「(やわやわ……ふわふわ、いいにおい……)」
クリスティアは感想を復唱して、一つの可能性に辿り着いてしまった。
「(……! もし、かして……私が今、揉んでいるもの、って……)」
――――枕である。
クリスティアは目を開けて自分の揉んでいる枕を視界に入れる。
「………………………………」
「……? あ、ばばぁー。ねーちゃん目が覚めたーー」
――――枕である。
「………………………………」
「?? ねーちゃん、なんで泣きそうな顔してんの? 生理が第二形態になったん?」
――――枕である。
逆説的に述べるならばこうだ――――おっぱいと枕の区別が出来てない。
そして童貞でも枕とおっぱいの違いぐらいは分かる。
「いえ、私もまだまだ未熟だな、と思っただけですよ」
「???????」
ガラガラガラッ! という喧しい音と同時にマリンが入室する。
「はぁ……はぁ……クリスティア、さん……目が、覚めたんですね」
「はい、ご迷惑おかけしました」
クリスティアは心配、という言葉ではなく迷惑、という言葉を使った。
本来ならば里の責任であるにも関わらず、だ。
その些細な一言の意味。それに引っ掛かりを覚えることが出来たのなら、クリスティア・アルトマーレという少女の心が抱えるソレに気付けたかもしれないだろう。
「ああ、起きないでください……! 今、起きたら、本当に死にかねません」
しかしマリンにはそんなことに意識を割く時間はない。
起き上がろうとするクリスティアを止めることで精一杯であった。
「(……これは)」
マリンの必死さからクリスティアは自分の身体を調べてみる。
「(確かに……これは動かない方が良いみたいです)」
その結果、分かり易いぐらいに満身創痍であることが分かったのだ。
まず右腕に大きなギブス、一月はマトモに動かさない方がよいだろう。
次に腹部。ナイフが刺さっていた場所には何かが貼られており、その上から包帯でぐるぐる巻きにされていることが分かる。
歯形の付いた部分や打撲傷には、包帯やガーゼによる治療が施されていた。
「はい……分かりました……」
クリスティアは素直に身体を休めることにした。それを見てマリンは安堵し、傍らに正座する。
「…………」
「…………クリスティアさん」
改まった表情を携え、正座する姿。クリスティアは静かに瞠目す。
「この度は誠に申し訳ございませんでした」
土下座。それは真正面からの誠実な謝罪。まずは謝る、自らの非を認める。
「私どもの不手際でクリスティアさんには多くの被害を与えてしまいました」
クリスティアは礼儀を重んじ、真摯な言葉を好んで使う少女だ。
ゆえに謝罪するならば相手の矜持を尊重する、それがマリンの取った行動だ。
「こちらはクリスティアさんに対する不徳、その謝意の表れとし受け取って頂けると助かります」
マリンは小さな包みを取り出し、中から銀色の腕輪を取り出した。
特殊な装飾はない。腕輪の表面に線が刻まれているシンプルなデザインだ。
「里の盟友。その中でも限られた方にのみお渡しできる魔道具です。
効果は【収納】【自動修復】【浄化】【形状変化】です。
分かり易く言うならば人間の作ったアイテムボックスの上位互換、ということになります」
マリンは腕輪の効果を簡潔に答える。
あえて腕輪を渡す、と答えたのはクリスティアならば〝怒っていない〟と答えるだろうと予想していたからである。
――――そしてその予想はほぼ当たっている。
「…………」
クリスティアはしばし瞠目する。その反応はマリンと出会った日にした反応と酷似していた。そして。
「はい、謝罪を受け入れます」
柔らかに微笑みながら答えた。
クリスティアは怒っていない、怒るということが分からない。
ゆえにクリスティアは他者マリンを優先した。
即ち謝罪の受け入れ。その道具を有難く貰うと言ったのだ。
「それでその腕輪がアイテムボックスの上位互換、というのはどういうことでしょうか。説明を頂けると助かります」
「はい、分かりました。この腕輪と人間のアイテムボックスの一番の違いは【容量】と【サイズによる制限の有無】になります」
クリスティアもアイテムボックスを持っている。それは人間の街で購入したものだ。
彼女の持つアイテムボックスは入り口に入るサイズの物のみが入るというモノ。ゆえに食材を入れるのに使用していた。
――――だが、この腕輪ならばサイズなどは関係ないのだ。
「例え屋敷だろうとこの腕輪は収納が出来ます。加えて形状などの変化が出来ますので指輪としてカモフラージュも可能です」
「(……それはすごい。人間の技術では難しい品です)」
同時にこの腕輪には食料や服といった物資が入っている。里の亜人が満場一致で差し出すとした品々である。
クリスティアはその道具の性能と有用性を理解し、その上で。
「ありがとうございます。これですぐに旅に出れそうです」
「――――は?」
◇◆◇
「あの……本当に止めませんか……?」
翌日。クリスティアは里の出入り口に来ていた。彼女の左腕には腕輪アイテムボックスが嵌められ杖が握られている。
結論から言おう――――コイツ、旅に出る気である。
「一週間の約束でしたので」
はっきりと告げる。確かにその通り、クリスティアはこの里に一週間滞在する、と告げたのは確かだ。
だが現状で――――日常生活も大変であろう状態で旅をするのは危険すぎるだろう。
「(……里が迷惑かけた手前、引き留めるのを無理強いは出来ない……けど、これは流石に予想外すぎる……)」
クリスティアの提案を聞き、初めに驚いたのは当然マリンだ。
怪我の状態から最低でも二週間は里に滞在するのだと思っていたのだ。それが蓋を開けてみればどうだろうか、クリスティアは翌日には旅をしようとしているのだ。
「お世話になりました」
「はい、いつでも来てくださいね」
そう告げてからマリンは里長としての言葉を続けた。
「こちらこそ、沢山の恩恵を頂き感謝しています。次来た際は里の全員で歓迎いたします(里のみんなは残念がるだろうな……)」
それは建前でも虚飾でもない、里の全員は間違いなくそのように行動するだろう。マリンはその予想は限りなく真実であると確信している。
マリンは脳裏に思い浮かべる。それはクリスティアの治療を終えた翌日のこと。
『……と、いうわけでクリスティアさんに一ヶ月ほど滞在の許可をしたいと私は考えています……異論とか、は……』
マリンの言葉が広場に響く。それはクリスティアが巻き込まれた事件と、今後の方針についての会議であった。
『あるわけがないさ……! 俺は全力で歓迎するぞ』
そう答えるのは傷を治してもらい、服職人として復職した男性。
『ええ、薬が必要なら言ってちょうだい。赤字覚悟で送ってあげるわ』
『僕のとこの魔道具で必要なのがあれば何でも言ってくれ……収納の腕輪とかは素材がないから数は限られるけど』
『儂も股間が復活したぞ……で? だから何?』
男性を筆頭に声を上げる住民たち。それはクリスティアの数日の行動が生んだ確かな絆繋がりの表れだった。
――――で、現在。
「マリンさん。里の方々に秘密にしてくださり、ありがとうございます」
「いえ……当然の配慮です」
クリスティアを襲った人物、ジークは里の皆からの信頼が厚い男だった。
里に来る前は何をしていたか、誰にも話そうとしなかったが普段の行動から信頼を着実に得ていたのだ。
――――ようは疑心暗鬼に近い状態なのだ。
「さようなら。マリンさん」
「また会いましょう、クリスティアさん。貴女の旅に黄金の加護があらんことを」
◆◇◆
旅の記録。
日付:皐月五月五日。
場所:ナニータ領の端に位置する草原。
天気:晴れ。
里を出て北西に進んで三日が経過しました。
里を北に進めばナニータ。今まで二つの土地を回りましたが、女の子の大変さを思い知るばかりです。
「(……♪)」
ですが私は今、とても順調に旅を進めています。
理由としては二つ。
「(この調子なら予定より早く着きます……♪)」
一つは里から譲って頂いた魔道具のおかげです。
正式名称【簡易亜空間生成装置:一番機】と言うそうですが長いので簡装機カンソウキと呼んでいます。
一文でまとめます――――荷物を持たなくて良くなりました!
「っ……(転ぶとは……まだ杖の練習が不足していましたか……!)」
二つ目、それは私の服についてです。
「(うん、汚れてない。【浄化】が効いています)」
里の方が用意してくれた服は全てに【浄化】と【自己修復】の魔法が付与されていました。
お詫びの品なので、素直に喜んでよいのか分かりませんが、とても有難いです。
「(……正午ぐらいかな)」
昼食には昨日の残りの食パンを食べました。
簡装機に入れれば食材が腐らないので、昨日の状態で保存されています。
「(いただきます……うん、美味しい。ふわふわです)」
最近、小食になりました。
身体が変わった影響でしょう。昼食も食パン一切れの半分でもうお腹いっぱいです。
「(ごちそうさまでした……。
この調子ならあの塔に辿り着くのは五日後になりそうですね)」
北西の方角には中継地点の【黒色の塔】が見えます。
大昔から存在したとされる黒色の塔。塔の頑丈さから戦争時に避難場所としても使われた旧暦の遺跡。実際に見るのは初めてです。
いきなり拒否権無しで始まった旅でしたが、観光気分で過ごしてみると案外悪くないのかもしれません。
◆◇◆
五月十日。黒色の塔前。
「(これが黒色の塔……高さすら不明とされるだけありますね……)」
黒色の塔。そのシンプルな名前の由来は何も分からないから・・・・・・・・・とされている。
いつから存在するのか分からない。
何のためにあるのかも分からない。
誰が建てたのかも分からない。
「お嬢さん。黒色饅頭はいかが? 中身は二種類あるよ~チーズとクリームチーズな」
「むぅ……ではチーズを二つ、いただけますか?(一つはアイテムボックスに)」
黒色の塔は全てが謎に包まれている。
黒くて頑丈である、と言うこと以外は何も分からない。
高さも不明。確認されているだけでも二百階層は存在しているがどこまであるのかも分からない。
「毎度ありぃ! 可愛いからクリームチーズ味を十二個ダースでオマケしとくね」
「お気持ちだけいただきます」
だが歴史的価値のあるものであることには変わりなく、加えて謎を明かした者には高額の懸賞金が与えられることになっている。
ゆえ必然的に学者や冒険家が集まり、塔の周辺には大規模な街が築かれるに至っていた。
「あちゅっ……」
片手に黒色饅頭を持ちながら歩く。言うまでもなくトロトロなチーズがクリスティアを襲う。
――周囲の視線が危なくなる。
「……可愛いな、どっかの王族がお忍びで来てんのかね?」
「多分な。全然隠しきれてないの気付いてんのかな?」
「…………(´・ω・`)ウメェ」
当然である。クリスティアはそこにいるだけで周囲の目を引く傾城の美少女(本人は不本意)。
視界に入れば二度見からのガン見。傍を歩くだけで雌フェロモンにやられて恋に落ちる(そのせいで毎回酷い目に遭ってる)
単純な話こうだ――――驚いた時の声、可愛すぎん?
「(…………美味しい……これは当たりですね)」
黒色饅頭、名前だけで判断するならば甘い菓子と思うだろう。
しかし実際は違う。
「(これは主食の類でしたか……美味しい)」
――――黒色饅頭は肉まんの亜種であった。
黒色饅頭の中にあるチーズ。彼の者はチーズの中でも味が濃い部類。即ちチェダー族の者だったのだ。
シャ〇チキ、ファミ〇キ、チーズ〇ごはん――即ちチェダーチーズ。
それを満喫しながらクリスティアは歩を進めた――――刹那に。
「今年こそ勝って彼女に結婚を申し込むんだ!! 火の魔弾ファイアバレット!」
「お! あの威力ならやったか!?」
「(あれが黒色の塔、名物の魔力試しですか……!)」
黒色の塔の特徴を生かした名物。
黒色の塔で分かっていることは二つ。黒いこととひたすら頑丈であること。
過去に高名な魔術師が『ワシなら黒色の塔の壁だろうが破壊できるしwwwよゆーよゆーww』と言ったのが始まりである。
簡単な話こうだ――――力試しに塔の壁を壊してみようぜ!
恐ろしく単純な名物であるが、ド派手な魔法や高名な魔法使いが見れるということもあり人気の名物なのだ。
「ぐわああああああああああああああああああああああああああ!!」
「知ってた」
「ってかお前、彼女の方から結婚申し込まれてもう結婚してたよな?」
だが結果は魔法使いの惨敗だ。黒色の塔が持つ連勝記録は未だ更新され続けている。
「……男ならさ、自分から好きだって言いたいやん? そのためにこの塔と毎年戦ってだな……」
「お前めんどくさ」
「なんで頭悪い理由で魔法使ってる奴が王宮魔法士になれちゃうんだろうな……」
クリスティアは周囲の観客に紛れて遠目に眺めていた。
「(次はどんなものが出るのでしょうか……!)」
やはり彼女は元男。必殺技や改造人間にロマンを感じるタイプの人種なのだ。
ゆえに次の挑戦者に自然と期待を寄せていた……刹那に。
「(……?)」
一つの、違和感を覚えた。
視線の先。名物の魔力試しを行っている中で一人の男に視線が固定された。
別段、珍しい容姿をしているわけではない。
狐目に茶髪。容姿からして二十代の半ばであることが予想できる。
だが、クリスティアはどうしてか男に違和感を覚えていた。そして数秒の思考の末、気が付いた。
「(…………誰も、気付いていない)」
魔力試しの最中、黒色の塔から歩いて出てきた男性。
魔法を撃っている中で、当たり前のように歩いている男性。
そして誰もが自然と魔法をそちらへ向けない。
「今夜は肉じゃがかな~。フィーちゃんの大好物~」
頭が緩くなりそうな鼻歌を歌いながら歩く男性。しかし誰も彼を見ない。
クリスティアだけが彼の存在を認識していた。ならばどうなるのかなど、言うまでもなく。
「? あれ、君、もしかして見えてる?」
――――バレた。
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